命、三つ時(1183字)
毎晩、丑三つ時に目を覚ます。まるで、目を逸らすなと警告されているように。
天井が、夜な夜な迫っている。
始めは、気のせいだと思っていた。本来、床から天井までの距離は二メートル以上あるはず。けれど、男ではなく天井に迫られ早一ヶ月。一昨日より昨日、昨日より今日、布団の上の私と天井の距離は確実に縮まっている。
しかし、天井は日の下に本性をさらしたくないのか、朝になれば元の高さに戻っていた。
「逃げ出せばいいものを」とお思いだろうか。全く以てその通りだけど、残念ながら、私の部屋は金縛りになりやすいらしい。
私は叔母の住まいであり、母の実家であり、ひいおじいちゃんが建てた家に居候している。さすが、「曰く付き」と近所から陰口を叩かれるだけある。毎晩妙な夢を見ることになるとは。そう、あれは夢だ。誰にも相談できない以上、夢だと思い込むしかなかった。
私は、叔母と折り合いが悪い。叔母は、姉である私の母と仲が良くなかった。母が亡くなり、他に身寄りのない私を引き取ってくれたのも、仕方なくといったところだ。
私に用意された部屋は元物置だった。部屋は暗く狭く、すっかり掃除したはずなのに、未だに埃臭い。他に行く当てのない私には、おあつらえ向きの部屋だ。
ある日、夜半に目を覚ますと、何かよくわからないものが目の前にあった。
当然ながらそれは天井だったのだけど、あまりにも近すぎて、目のピントが合わなかった。距離らしい距離は、ほとんどない。もし今、体の自由がきいても、布団から這い出すことはできないだろう――。
翌朝、私の鼻は痛んでいた。鏡を見ると、鼻の先は赤みを帯び、擦り傷までできていた。
仰ぎ見た天井は、変わらず二メートル上から私を見下ろしていた。
「逃げ出せばいいものを」とお思いだろうか。結末がわかっているのなら、なおさら。でも、その晩もいつもの部屋で、いつも通り丑三つ時に目を覚ましたのは、そういうことだ。
私の鼻は、ほとんど潰れていた。骨も折れているだろうに、痛みはまったくない。
私は、朝を迎えられないだろう。これから、顔も体もぺしゃんこになるのだから。
朝を迎えた叔母は、目も当てられない姿になった姪を見て、何を思うのだろう。悲しんでくれるだろうか。それとも、こっそり喜ぶだろうか。憎んでいた姉の娘が死んだことを。
「ごめんね、叔母さん」
発することもできなかった声が、たしかに天井に触れた。
「ごめんね」
そのとき、すぐ近くで泣き声がした。まるで、子どもが泣きじゃくっているような。この家に、子どもなんていないはずなのに。それなのに、どこか懐かしい――。
気付けば私は、朝に迎えられていた。
鼻はひどく痛み、鼻血まで出て、布団を汚していた。ふと見上げた天井には、真新しい染みができていた。私は叔母に、鼻を診てもらおうと思った。
それから私は、夜半に目を覚ますことも、天井に迫られることも、二度となかった。(了)
追記:
公募ガイドの『第74回 TO-BE小説工房』に応募したものです。(そして、落選したものです。)南無三。
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