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Crack(お題:破魔矢、お人好し、倒れてきそうな大型テレビ)

僕は死んだ。


正確には、まだ死んでないけど、死にかけてはいる。


たぶん、このまま時間が進めば、頭の上の方で倒れかかっている大型テレビの下敷きになる。


テレビは、僕の身長くらいある。これが4K? 大した重さはなさそうだけど、高さが高さだから……。このまま行けば、ゲームオーバー。このまま、時間が進めば。


時間が止まっている。


バカでかいディスプレイが、目と鼻の先にある。その場から離れてみる。もっと、もっと離れてみる。AV機器コーナーから離れ、終いには店から離れる。


時間は止まったまま。世界も、僕以外の人間も。動いているのは、僕だけだ。


「『やり残したことをやれ』とか、そういうことかな」


鉄板だな。でも、やり残したこと……。何だろ、仕事とか? 納期が今週末のアレ、まだ終わってないんだよな。でも、たぶんそういうことじゃないよな。





「『いい人』ほど、早く亡くなるよね」


と、昨日上司は言った。


求められているリアクションがわからず、僕は「はあ」と肯くしかなかった。


「ところで、○○君は『いい人』だよね。お人好しというか、何というか」

「はあ。ありがとうございます……?」

「だから、」


彼は、ははっと軽く笑った。


「死なない程度に、よろしくね」


そして僕は、納期まで余裕が無さすぎる仕事を任されたのだった。





「アレ、『死ね』って言われたようなもんだよな」


仕事の納期より、自分の死期の方が迫っている僕は、店の辺りをぶらついていた。店に戻ったら、今度こそ死ぬんだろうと思っていた。


この時間は、最期に与えられた自由時間なんだ。とはいえ、何かしてやろうとか、そんな気にはならなかった。そもそも、思い付かないし。


「やっぱり、お祈りとかかな」


と思ったので、たまたま見かけた神社に参ることにした。


賽銭を投げ入れて、鈴をじゃらんじゃらんと鳴らして、そして――僕は、何を祈ればいいんだろう? あと少しで、死んでしまうのに。


死後の安寧? それなら、神社じゃなくて寺の方がよかったかな。死後のことなら、寺に、


「僕、本当に死ぬんだな」


そして三十分後。


僕は、AV機器コーナーにいた。


不自然な角度で止まっているテレビは、僕を圧死させようとスタンバイ中。このまま戻らなければ僕は死なないままだけど、時間が止まった世界で生きることは、きっと死ぬのと変わらないから。


僕は、自分が本来いるべき場所に戻ってきた。つまり、このテレビの下に。


その瞬間、時間が動き出すのがわかった。不自然に傾いていたテレビが、僕の頭めがけて倒れ込んでくるのも。数メートル先にいる店員が、悲鳴を上げるのも。


父さん、母さん。先立つ不孝をお許しください――。


「と、思ったんだけどね」


僕は、頭上に向かって右手を突き上げた。さっき立ち寄った神社で買った破魔矢を握って。


右手はディスプレイを突き抜け、手の平や甲に破片がたくさん突き刺さった。めちゃくちゃ痛いけど、死ぬほどじゃない。


「丁度いいのがあったんだもん。……そりゃ、死にたくなくなるよ」


破魔矢は、見事にぽっきり折れていた。


僕は、ははっと軽く笑った。



お題提供者:山出和仁さん(@lurci_icrul)

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