Crack(お題:破魔矢、お人好し、倒れてきそうな大型テレビ)
僕は死んだ。
正確には、まだ死んでないけど、死にかけてはいる。
たぶん、このまま時間が進めば、頭の上の方で倒れかかっている大型テレビの下敷きになる。
テレビは、僕の身長くらいある。これが4K? 大した重さはなさそうだけど、高さが高さだから……。このまま行けば、ゲームオーバー。このまま、時間が進めば。
時間が止まっている。
バカでかいディスプレイが、目と鼻の先にある。その場から離れてみる。もっと、もっと離れてみる。AV機器コーナーから離れ、終いには店から離れる。
時間は止まったまま。世界も、僕以外の人間も。動いているのは、僕だけだ。
「『やり残したことをやれ』とか、そういうことかな」
鉄板だな。でも、やり残したこと……。何だろ、仕事とか? 納期が今週末のアレ、まだ終わってないんだよな。でも、たぶんそういうことじゃないよな。
*
「『いい人』ほど、早く亡くなるよね」
と、昨日上司は言った。
求められているリアクションがわからず、僕は「はあ」と肯くしかなかった。
「ところで、○○君は『いい人』だよね。お人好しというか、何というか」
「はあ。ありがとうございます……?」
「だから、」
彼は、ははっと軽く笑った。
「死なない程度に、よろしくね」
そして僕は、納期まで余裕が無さすぎる仕事を任されたのだった。
*
「アレ、『死ね』って言われたようなもんだよな」
仕事の納期より、自分の死期の方が迫っている僕は、店の辺りをぶらついていた。店に戻ったら、今度こそ死ぬんだろうと思っていた。
この時間は、最期に与えられた自由時間なんだ。とはいえ、何かしてやろうとか、そんな気にはならなかった。そもそも、思い付かないし。
「やっぱり、お祈りとかかな」
と思ったので、たまたま見かけた神社に参ることにした。
賽銭を投げ入れて、鈴をじゃらんじゃらんと鳴らして、そして――僕は、何を祈ればいいんだろう? あと少しで、死んでしまうのに。
死後の安寧? それなら、神社じゃなくて寺の方がよかったかな。死後のことなら、寺に、
「僕、本当に死ぬんだな」
そして三十分後。
僕は、AV機器コーナーにいた。
不自然な角度で止まっているテレビは、僕を圧死させようとスタンバイ中。このまま戻らなければ僕は死なないままだけど、時間が止まった世界で生きることは、きっと死ぬのと変わらないから。
僕は、自分が本来いるべき場所に戻ってきた。つまり、このテレビの下に。
その瞬間、時間が動き出すのがわかった。不自然に傾いていたテレビが、僕の頭めがけて倒れ込んでくるのも。数メートル先にいる店員が、悲鳴を上げるのも。
父さん、母さん。先立つ不孝をお許しください――。
「と、思ったんだけどね」
僕は、頭上に向かって右手を突き上げた。さっき立ち寄った神社で買った破魔矢を握って。
右手はディスプレイを突き抜け、手の平や甲に破片がたくさん突き刺さった。めちゃくちゃ痛いけど、死ぬほどじゃない。
「丁度いいのがあったんだもん。……そりゃ、死にたくなくなるよ」
破魔矢は、見事にぽっきり折れていた。
僕は、ははっと軽く笑った。
*
お題提供者:山出和仁さん(@lurci_icrul)