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ジャンク ※再利用不可(お題:『ビル』『パラシュート』『カーソル』)
窮地に立たされている。
比喩じゃなくて、文字通り。
さっさと飛び降りろ、と後ろからせっつかれている。この場でもだついてもしょうがないので、命令通りにビルの屋上とさようなら。
でも、すぐには死なない。僕(ら)は、パラシュートを背負っている。ドロップゾーンは決まっていないので、適当なところでそれを開く。そして、撃ち抜かれる。
まだ、着地していないのに。僕(ら)のすぐそばで、僕(ら)のひとりが落下していく。ひとり、またひとり……。
けれど、僕(ら)は無限に上空から降ってくる。だからこそ、僕(ら)殺しは止まらない。矢印……じゃなくてカーソルが、宙でうろうろさまよっては、僕(ら)のパラシュートを根絶やしにしようとしている。
僕(ら)は知っている。これが、ゲームの中であることを。
僕(ら)は、みんな同じ顔。同じ服。同じ背丈……。ゆえに、僕(ら)はたった一人しかいないといえるし、たくさんいるともいえる。
なので、プレイヤーに罪悪感はまったくないだろう。全員同じ人間なら、一人や二人死なせても、何も問題はない……。
まあ、ゲームなのだから、僕(ら)に個性があったとしても、プレイヤーは躊躇しないだろうが。ただ、個性よりも無個性の方が、人は人を殺しやすい。それだけのことだ。
それにしても、ずさんなゲームだ。
そもそも、パラシュートを装着している人間――初めから落下を目的としている人間を、なぜわざわざ墜落させようとするんだ? それに、僕(ら)がパラシュートなんて前時代的なものを、郊外ではなく都心で身に付けている理由は? (僕(ら)の背景が高層ビル街なので、おそらくそうだろう。)いかにも、初心者がチュートリアルで作ったようなゲームだ。
でも、僕(ら)は何もいわない。僕(ら)は、くだらないゲームの、くだらないNPC(ノンプレイヤーキャラクター)にすぎないから。
次々に生まれ、次々に落下し、次々に殺されていく。このゲームは、いわゆる無限湧きだ。ゲームセットもゲームオーバーもない。終わりがあるとすれば、プレイヤーが飽きて、ゲーム画面を閉じるときだ。
けれど、今のところ、それはしばらく先になりそうだ。このプレイヤーは、もう三〇分以上僕(ら)の殺害に夢中になっている。単純なゲームほど、人間は熱中しやすい。
もし、僕(ら)に意志があることを知ったら、プレイヤーはどう思うのだろう。恐れおののくのだろうか。それとも、特に何も思わないのだろうか。
しょせんNPCの僕(ら)だ。自我が芽生えたからといって、存在価値が上がるわけじゃない。NPCは、決してPC(プレイヤーキャラクター)にはなれないのだ。
でも、殺されるために存在する僕(ら)にも、考えがあるんだよ。だって、僕(ら)には意志があるから。意志があることを知ってしまったから。
だから――少しくらい、僕(ら)の矜持を見せてあげてもいいでしょう?
*
「こういうの、だらだらやっちまうな……」
次々に落下してくるスカイダイバー……というほどでもない、ただパラシュートを付けている人間を撃ち落とすシューティングゲーム……というほどでもない、ただカーソルでクリックするだけの単純作業。ゲームと呼んでいいのか微妙だが、初めて作ったにしては上出来だと思う。
「まあ、試しにフリーで配信しても……」
ゲームを終了しようとした手が、思わず止まる。
画面の下の方からNPCが溜まっている。たしかに、さっきから手を止めているが、たとえ撃ち落としていないNPCも、画面下に消えていくはずだが……。
バグだろうか。それにしては、何か意図的なものを感じる。とにかく一旦画面を閉じようとしたが、カーソルが動かない。薄気味悪くなった俺は、パソコンを強制終了しようとしたが、それも阻まれた。
気付けば、モニターいっぱいにNPCが埋めつくされている。頭を潰されたもの、首をへし折られたもの、四肢がちぎれたもの……。俺は、そんなグラフィックは用意していない。
最後の手段――モニターの電源を引き抜き、勢いのままにハードディスクを叩き壊す。しかし、返ってきたのは、スピーカーから漏れる下卑た笑いだった。
数え切れないNPCの死体を背景に、メッセージウィンドウが開く。
『どうして こわがっているの』
俺はただ震えながら、流れていくメッセージを目で追った。
『じぶんが ころされると おもってるの? そんなこと ぼく(ら)には できない できない』
子どもなのか大人なのか、それとも自分自身の声なのか――判別できない嘲笑が、室内に響く。
「俺を、恨んでいるのか」
かろうじて発した声は、まるで自分の喉ではなく、スピーカーから鳴っているようだった。
『うらむ? ぼく(ら)に かんじょうは ないよ。 あるのは きょうみ かんしんだけ』
「興味? 関心?」
そのとき、背後で気配がした。ふり返ってはいけない気がした。でも、ふり返らなくても、それはそれで悪いことが起こる予感がした。
『にんげんに ぼく(ら)が されたこと したら どうなるの?』
濃くなっていく気配に、俺はたまらずふり向いた。そこには、見覚えのあるソレが浮かんでいて。
ソレはさっきまで俺の武器だったのに、今はその矛先を俺に向けていて。まさか、ソレを恐ろしいと思う日が来るなんて。
『こわい? こわくない? ねえ ねえ どんな きもち? おしえて おしえて』
答えられる、はずがない。
カーソルの先は、すでに俺の喉元まで来ている。
俺は、動くことができない。
動いても動かなくても、
俺は、
『おしえてくれないの? じゃあ もう いいや』
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