![_僕の名前は___2_](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/10344053/rectangle_large_type_2_e37cc5b41167c93f73efdf57d2c82635.png?width=1200)
歩いた昼の夢
たぶん、いろいろ理由はあったはずだ。このままだとこごえてしまうとか、放っておけないとか、そういう。でも最たる理由は、なつかしい匂いがしたからだ。
だから、うずくまっていたその子の手を引いたのだと思う。
その子は、ほこり除け用としか思えない薄っぺらい布をまとっているだけの、みすぼらしい格好をしていた。肌着を何枚も着こんでいる僕でさえ震えているほどの寒さなのに、その子はそんな素ぶりを少しも見せなかった。ただ、僕のことをまっすぐ見つめていた。
まるで、薪を集めていた僕に拾われて燃やされるのを待っていたみたいだ。燃やすつもりなんて、ないけど。
僕は火をおこしながら、ひとに会うのはひさしぶりだ、と思っていた。
山をひとつ越え、ふたつ越え、そしてみっつ目の途中、まさかこんなところで。女の子がどこからやって来たのか、詮索するつもりはないけど。
ふいに、僕の手にずしりと重いものが乗せられた。なにかと思えば、缶づめだ。
外装はほとんど剥がれていて、むき出しになったスチールの部分は錆びついている。かろうじて残っている外装の部分を見るに、なにかのスープらしい。頭文字のところは、削れてしまって読めない。
「くれるの?」
女の子は僕の手に握らせたそれを、さらに指で包みこませた。僕はどうしようか迷ったけど、結局夕食が増えることになった。
湯を沸かして缶づめを温めている間に、昼間のうちに取っておいた木の実を、女の子の手に握らせた。女の子は僕と同じように、ひとつずつ大事そうに食べた。
ひとつをしばらく噛み続け、ゆっくりと飲みこんでから次を食べる。いつもはひもじさをまぎらわせる行いが、なんだかうれしかった。
温まったスープを皿にあけると、知らない匂いが立ち上った。それなのに、とてもなつかしく思った。少し粉の匂いもする。かき混ぜてみると、白身魚の欠片が入っていた。
あれだけ錆びた缶のなかに沈んでいたのに、スープはとてもおいしく、かじかんでいた手がほどけていくようだった。
スープは女の子とふたりで分けて食べた。女の子は、僕にあげたものだからと、自分が食べることをためらったけど、僕が一緒に食べたいのだと言うと、目を伏せながら、分けられたスープを啜った。
焚き火が下火になったところで、すっかり陽が暮れていたことに気が付いた。薪がはぜる音だけが、静かに響いている。
女の子は、もともと伏せがちだった目を閉じて、僕にもたれかかって寝入っていた。
か細い体はひどく頼りないけど、とてもあたたかい。火にあたったことで、少しはあたたまってくれたのだろうか。
僕の上にも、少しずつ眠気が降り積もってきた。眠ってしまうことが、少しだけ惜しかった。
目を覚ましたら、きっとこの子はいなくなっている。
そんな気がしたし、それはきっと間違いではないのだろう。引きとめることは、しないけど。
ふいに、頭の上で音がした。星が流れた音だろうか。
あらためて満天を見上げると、流れている星はなく、それぞれの場所にとどまり、またたいている星ばかりだった。まだ生きているのか、すでに死んでしまっているのか、どちらにせよ、こちらからはみな、同じようにまたたいている。
僕は女の子の手に、自分の荒れた手をそっと重ねた。女の子の手は、ひどく冷えていた。ひさしぶりにさわる人の手としては、冷たすぎるのかもしれないけど、僕には充分だった。
そうか、と僕は思った。
ずっと、そばにいてくれていたんだな。
また、頭の上で音がした。今度こそ星が流れたのだろうか。
これが夜であるうちは、夢であるうちは、そうでありますように。
祈りが空に広がっていくのを感じながら、意識を手放した。なつかしい匂いが、僕を包んだ。
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