ドッペルさんと、葬送
気付けば、海にいた。
本物じゃなくて、擬似的な海。
ここは、僕の頭の中。
僕とドッペルさんが、同時に存在する世界。
ドッペルさんは、波打ち際にいる。
一艘の舟に寄り添っている。
僕(以下、I):ドッペルさん。
ドッペルさん(以下、D):……。
I:何してるの。
D:わからない?
I:わかる。だから、僕は言いたくない。ドッペルさんから聞きたい。
D:これ、舟だよ。
I:わかってる。
D:ボクが乗るための。
I:……何で。
D:「舟に乗る」って、そんなにめずらしい?
I:「舟に乗る」の?
D:「舟は乗る」ものだよ?
I:僕には、それが棺にしか見えない。
D:……。
I:ドッペルさん。君は、何をしようとしてるの?
D:キミには、棺に見えるんだね。そうだよね。ボクは、これを棺だと思ってるんだから。
I:僕、死ぬの?
D:そうなの?
I:僕が死ぬときは、ドッペルさんも死ぬ。ドッペルゲンガーだから。でも、
D:ボクが死んでも、キミは死なないよ。ドッペルゲンガーだから。
I:死なないでよ。
D:一度、死ぬ必要があるんじゃないかと思ってね。
I:何だよ、それ。それに、死ぬのは一度しかできないよ。
D:さあ、どうだろ? ボクは、あくまでドッペルゲンガーだからね。気付けば、また現れるかもね。
I:……。
D:そんな顔しないでよ。
I:そんな顔にもなるよ。
D:ねえ、お願いがあるんだ。
I:舟を流すんだろ。
D:よくわかったね。
I:これが棺なら、ドッペルさんは舟を操れないだろ。沖まで流すには、僕が手伝うしかないだろ。
D:さすが、ボクの本体だね。
I:……僕とドッペルさんは、表裏一体なんじゃないの。
D:表と裏は分離することもあるよ。それが、今だ。
ドッペルさんは、舟の中に横たわった。
今まで見た中で、一番安らいだ顔をしていた。
I:なんか、本当に死んじゃったみたいだ。
D:もともと、ボクはキミにしか見えないよ。
I:でも、キミは生きてるよ。これからも、ずっと。
D:……間違っても、キミが嫌になったわけじゃないよ。
I:一人にしてほしいんだよね。なんとなく、わかるよ。
D:……。
I:いつか、戻ってくる?
D:これは、本物の海じゃないからね。ここは、ボクとキミの世界。世界がそれを許すなら、いつか。
I:ドッペルさん。
D:何?
I:今までありがとう。……どうか、これからも。
D:うん。……じゃあ、さようなら。
I:さようなら。
そして、ドッペルさんは旅立った。
僕は、もう一人の僕を見送った。
彼は、本当に死ぬんだろうか。
それとも、生きたままなんだろうか。
僕が。
僕が生きている限りは、きっと。
僕は、舟が見えなくなるまで、その場に佇んでいた。