SS×イラスト④ りんによる前編
「吹くからに
秋の草木のしをるれば
むべ山風を
嵐といふらむ」
「どした、急に」
小倉百人一首の22番、六歌仙にも数えられる文屋康秀が詠んだ歌で、古今和歌集に収録されている作品。
恋人が突然口にするには、あまりにも唐突な言葉の羅列に、A太は歩みを止めて振り返る。
「百人一首、最初に習ったのって中学んときだったよね」
彼の言葉に答えているようで、答えていないK子。
「むべ、って面白いなぁって。そんとき思ったんだよね。なるほど、と、むべ、全然語感違うじゃん。なんてゆーかさ、むべ、のが、納得感強い感じ」
「ごめん、俺にはよくわかんない。中学んときに百人一首暗記させられたけど、もはやなーんも覚えてないし。ってか、さっきの、どういう意味?」
立ち止まって、向き合っているはずなのに、A太とK子には、違う世界が見えているかのようだった。2人に当たる風は、方や追い風、方や向かい風。
長い髪が翳りになり、K子の表情はよく見えない。
「吹くやいなや、山の草木が萎れてしまうから、なるほど、山風を嵐と言うのだろう」
「現代語訳されてもよーわからんね」
「山から吹き降ろす冷たい風のこと、漢字の嵐と掛けてて、だから、なるほどって深い納得観があるように聞こえんのかな、わたしには。むべ、が。」
「うん、それで、なんで突然百人一首?」
「私もね、腑に落ちたからかな。崩れるって漢字の成り立ち」
「とりあえず、さ、歩こ。歩きながら聞くから」
向かい風を受けて、前髪がすっかりオールバックになっているA太は、踵を返して再び歩き始める。K子が着いてくることを疑わずに。
「崩れるって漢字の朋ってね、もともと鳳って意味なんだって」
「……え」
「鳳は凡とも通じていてね、ほとんど全部とか広がりとか、そんな感じで」
「……うん」
「アレのせいで、山が形を失ってバラバラに広がって散る様子、むべ、崩れるって感じ」
動揺を打ち消すように、ひたすら歩を進めるA太の足元は、既に形を失い破れ散ったように【崩れた】スニーカー。赤黒いのは、泥と混じった血が固まったのだろう。
「おい、ちゃんと歩いてるか?シェルター、もうすぐだから」
「私、もう歩けないから、先行ってて」
世界が突然形を変えた日から、人々はシェルターを作り、身を寄せて災厄に怯えている。
大きな翼をもつ、禍々しいナニカが次々と飛来した日から、何一つ納得できない理不尽に晒されている。
舞台を創ること以外にも創作がしたい、これまで舞台で表現してきた物語や世界をもっと知っていただきたい、楽しんでいただきたい……そんな思いから始めたnoteです。 細々と更新しておりますが、少しでも楽しいをお届けできていれば幸いです。 もしよろしければ、サポートよろしくお願いします!