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小説「りんご白書」Vol.4 ハチマキ姿のアトム親方と寝癖のアトムくん
桜の花は散ったというのに、いまだ木造校舎のなかに新しい風が吹いてこない。鮎川君は、遅刻もせずに迷うことなく1年3組の教室にたどりつき、自分のイスに腰かけ、教室の窓からさしこむ穏やかな陽をまとう。だが、おちつかない。何かをしたいのだが、何をしたいのか、わからない。もどかしい。(落ち着きなはれ、とおいちゃん)
理科の授業がはじまった。あまり興味がなかったが、意外な切り口にそそられる。「物理・化学・生物・地学」のそれぞれの科目の説明が2週にわたってあるはずだが、本題に入るまえに枕話で授業が終わるのだ。
担当は島崎聡先生。外見に似合わず、変わった人だった。いでたちはまじめを絵にかいたような7・3分けの髪型の下に黒縁メガネ。首から下は白いボタンダウンシャツに赤とネイビーのレジメンタルタイ(斜めのストライプのネクタイ)に三つボタンの紺色のブレザー、そしてズボンはベイジュ色のコットンパンツとおきまりのアイビールックに身をつつみ、もちろん靴はローファだ。
ただ黒縁メガネのせいだろうか、笑っているときは20代にみえるが、考えこんでいるようなときは50代後半にみえる、年齢不詳だ。しかし話しは面白い。理路整然と淀みなく語る口調だが、情景が頭に浮かぶ。枕話は映画の話だ。鮎川君は島崎先生のことを「年齢不詳のアイビールック」と名付ける。
1週目の枕は、SF映画「ミクロの決死圏」の話しだった。人間の体内のようすが、目を見はるばかりに美しくダイナミックに映しだされているという。バレーボールぐらいの大きさの赤い柔らかそうな赤血球がたくさん流れている血管のなかを潜水艇にのった医療チームが潜航するという。
メガネのフレームをつまみながら島崎先生は「この映画は、4年前(1966年)に撮影された作品なんですが、いま見てもまったく色あせていない。ぜひ君たちに見てもらいたいんだ。君たちは、自分の体のなかには入って身体のなかを覗いたことはないだろう。あたりまえですがね。医学者や科学者たちは、むかしから、この身体のなかを覗きたいという強い願望があったんですね。最近は胃カメラというのがあってね。こんな細いチューブの先にね、小さな小さなカメラがとりつけられているんです。」映画の話しの前の枕もながい。
「その小さなチューブカメラを口から注入されるんですが、麻酔薬を飲んでいても、ゲボゲボ吐きそうになるんですよ。つらいですよ。その難関をのりこえるとモニターに食道の肉トンネルが写しだされて調査がはじまるんです。胃カメラがさらに奥へ進むと胃袋の洞窟に到達する。チョとした冒険ですが、きれいなもんですよ」と満足げな島崎先生。
「ここまでが、現代医学の医療器具の最先端ですね(21世紀はもっと進んでいるヨとおっちゃんが囁く)。ミクロの決死圏ではね、手術では不可能と診断された国家の要人の悪性腫瘍を取りのぞくために医療チームが結成されるんですね。その術式が奇想天外、医療スタッフも潜水艇も血管の中を自由に潜航できるミクロのサイズにまで特殊な装置で縮小されちゃうんだ。そのミクロのメンバーが悪性腫瘍をめざして体内を冒険するんですが、トラブルに見舞われたり、裏切りがあったり、さんざん苦労して腫瘍を見つけレーザー光線で取り除くというストーリーなんですが」と自慢げな顔つきの島崎先生。
「君たちは、そんなこと出来るはずがないよなと思っているでしょ?確に人間をミクロまで縮小するのは無理があるかもしれないけど、機械ならどうだろう。科学と技術は日進月歩だよ。僕はそう遠くない未来に血管の中を自由に動くロボットが開発される気がするんです。そのロボットが難病のがん細胞を見つけてレーザー光線でやっつけるということを夢みてしまう。
例えばだよ、手塚治虫先生の名作「鉄腕アトム」。横山光輝先生の鉄人28号は巨大で、トランシーバーで操縦されている。しかし鉄腕アトムは違う。人型ロボットで自分の頭で判断して悪者をやっつける。この人工頭脳で動く人型鉄腕アトムを縮小すれば、可能なんじゃないか、マンガで想像したものは実現しているからね」と島崎先生の妄想は止まらない。
「ただ問題が二つありますね。一つは、裸眼では見つけられないほど鉄腕アトムが小さくなれば、医療に貢献するかもしれませんが、兵器に転用されればヤバいよね。敵の要人をたやすく暗殺できてしまう。さらにだよ、そこまでの科学技術が発達していれば、兵器用の鉄腕アトムがとっくに開発されていてもおかしくないよね。御茶ノ水博士は抵抗できるかな?」
「もう一つの問題はなんですか?」と秀才の誉れたかき田崎京介君が話のさきを促す。
「もう一つの問題はね。君たちの将来に多いに関係する話しなんですね。その人型ロボットの鉄腕アトムくんですが、兵器用ではなくて民生用に大量生産されるようになったら、どうなると思います?」
「そりゃ~ァ、便利だよな」「人間は楽ができるよな」などなどクラスメートは口にしていたが、秀才くんは「そのためには、アトムが、軍事転用されないよう規制すべきだよ」と正論を吐く。
「そうだよね。でも、鉄腕アトムくんが大量生産されたら、君たちの将来の仕事は優秀な鉄腕アトムくんがほとんどこなしてしまうと思わないですか?単純な仕事や力仕事ばかりじゃないよ。高度で複雑な仕事をこなしてしまう。むしろ高度で複雑な仕事ほどお得意かもしれない。
例えば、お医者さんの仕事もDr.アトムがこなしてしまうよ。すべての医療知識とカルテを電子頭脳にインプットして、最先端の手術のテクニックも完全に模倣できる白衣のDr.アトムの誕生だよ。弁護士だって分厚い六法全書も全ての裁判判例も難しい手続きも丸暗記の弁護士・アトムのほうが優秀だよ。旅客機もパイロット・アトムが活躍さ。空中で事故がおきてもアトムくんなら機長の制服をぬいで飛びだし、修理してしまう。燃料がもれてもアトムくんがささえて無事飛行場まで誘導できるかもしれない。建設現場では、設計図の図面ひきから施工まで土建屋のアトム親方で完結するね。通訳の仕事も世界中の言葉を話せるオシャベリ・アトムが登場するだろう。人間のできる仕事のほとんどは万能鉄腕アトムがやってしまうよ。さあ、君たちの未来の仕事はどうなるかな?」とニヤリと笑って20代の顔つきになる島崎先生。
「ラッダイト運動(産業革命時代のイギリスの機械打ち壊し運動)でもはじめるかい?今日はここまで、よく考えてね」と煽るだけあおって嬉しそうに島崎先生は教室をあとにした。(性格悪いなとおっちゃん。おっ、その声が聞こえたのか、島崎先生が教室に戻ってきた)
使わずじまいの教科書を左の小脇にかかえたまま、右手の人差し指でメガネの傾きを気にしながら「ただね、鉄腕アトムにも苦手な分野があるんだな。肝心な人間的なことがうまく理解できないんですね。人間の感情は複雑ですから、データで簡単に処理できないんですね。たとえば愛情ね。そういう僕だって間違ってばかりですよ(わいもやと、おっちゃん)。あと感性ね。これも一筋ならではいかないですよ。人間はわがままですからね。その人のひごろからのデータ分析で次の信号で右に曲がるはずなのに、きょうは天気がいいからと急に左に曲がったとしても不思議じゃない。
おそらく鉄腕アトムくんの辞書にはわがままという文字はない。理路整然としているからね。せいぜい、確率論的にはずれを予測することは可能だとは思いますが。つまり、面倒くさい人間様にどこまで鉄腕アトムくんはつきあえるか。それが一言いいたかった。じゃあね。」(言いっぱなしか、とおっちゃん)
すると、またまた、おっちゃんの声が聞こえたのか、後ろ髪をひかれるように教室に戻ってきた島崎先生「鉄腕アトムの大量生産に関する社会問題はですね。つぎの授業の社会科の田中先生に質問したらどうかな?僕は専門じゃないですからね」と逃げを打つ。(なかなか芸が細かいのォとおっちゃん)
つぎの授業がはじまる。社会の田中祐三先生が入ってくる。理科の島崎先生とは違い服装にはあまりこだわりがなさそうで、上下のグレーのトレーナーにベイジュ色のジャケットをはおっている。ジャケットの胸ポケットにはなぜか扇子をたてており、アクセントになっている。髪の毛は一人暮らしを匂わせる寝癖がついたままだ。もしかして、上下のトレーナーはパジャマ替わりじゃないかと疑わせる。となると、胸ポケットの扇子はあわてて櫛とまちがえたのか?
「社会の田中といいます。よろしく、じゃあ授業をはじめよか」と田中先生がぶっきらぼうに口火をきると、秀才君がすかさず「先生、質問があります。」と手をあげる。すると「アトムか、鉄腕アトムの量産の話なんやろ」とすぐさま打ち返す田中先生。
「僕な、北九州生まれの関西育ちなんや。そやからな、言葉がな、おかしいねん。理科の島崎先生は大学の先輩でな、いいとこの坊ちゃんでな、僕のことをな、何かにつけバカにする癖があるんや。そんでな、厄介な問題を僕に振ってくるんや。なるべく相手にせんようしてんるんやけど、島崎先生はな、わざと生徒に質問させて、僕を逃げれんように仕掛けてくるわけ。わかる?わからんよな。」と一息ついて、田中ワールドがはじまる。
鮎川君は田中先生を「寝癖のアトムくん」と名付ける。
「しゃあないな、いうで、大事な話しやけん耳の穴かっぽじって聞いとけや、確かなことはいわんけどな(どっちやねん、とおっちゃん)。細かいことは言わんで、細かいこと言うといくら時間があってもたらへんからな。大雑把な話しやで、いいか、鉄腕アトムが将来量産されて、君たちの仕事がなくなるかどうか、未来はな」(未来は?とおっちゃんも身を乗りだす)「未来はな、未来のことは、わからへん!」(なんやねん、とおっちゃん)ガックリというか、あきれる生徒たち。
「感動したんか?しゃあないな。もう少しハッキリいうとな、未来は君たちが創るんや。未来の社会がどうなるかは、君たちの双肩にかかってるんや。どや、明るい未来が見えてきたやろ」と得意そうな笑みを浮かべ、話しをつづける田中先生。
「さて、その未来を創るためには何が必要かわかるか?未来を創る材料、つまり今の社会の仕組みを最低限知っておく必要があるんやな。これが社会科のお勉強の本道ね。今日は出血特別大サービスで社会の先生ぽく、ごくごく簡単に説明しておくからね。題して『サルでもわかる日本の社会のしくみ。15分講座』。(俺たちサルかよ、とおっちゃん)
まず、君たちや日本の国民の胃袋を満たしてくれる経済の話し。衣・食・住の大元だね。日本の経済の土台は資本主義だよね。でも、裸のまま資本をほっておくと利潤第一、金もうけ第一、とにかく資本が巨大になることが最大優先事項になるんや。鉄腕アトムが利益をもたらすと資本が判断したら、デカイ工場をつくってオートメーションの生産ラインをこしらえて鉄腕アトムの大量生産に資本を投下する。これが民間資本の正しい行動パターン。すると街中、アトムくんだらけになる可能性があるわな。
松下電器(パナソニックの前身)がアトムを量産しはじめると、日立も三菱も俺も俺もとあとをおう。街はアトムくんの兄弟、親戚だらけであふれる。ついには人間は仕事をおわれ、さらにはアトムくんも作りすぎて路上生活のアトムくんがでてきてしまうかもしれない。産業革命時代は仕事をおわれた労働者による機械打ちこわし運動(ラッダイト運動)が起きたが、いずれにしても無策にほっておくと失業や恐慌など社会不安がはびこり、国力が疲弊してしまう。ヤバいよね。
資本は欲望の塊。欲望のためなら24時間なんでもする働きもの。すごい力のある暴れん坊なんやねん。
そこで、近代の資本主義は、資本を裸のままにしないで、賃金や労働時間などの労働環境の改善や貧困格差の是正や社会福祉の充実、公害規制などいろいろな規制の服をきせたりして、暴走しないよう工夫してきたんや。
中でもな日本の資本主義は、逆にね、民間資本がお金がかかりすぎて手を出しそうもない、たいして儲からないけど便利で必要だと思える、たとえば全国にくまなく鉄道を敷いたり、日本中に通信網を広げたり、そのために鉄道や通信などは資本主義とは対極の国有化にして税金で社会インフラを充実させたんやね。(いまは国鉄はJR、電電公社はNTTに民営化、とおっちゃん)それが日本全体の経済を活発化させたんや。
あるいはね、民間資本ではまだ手が出せないが、これから時代に必要な産業や技術を援助したり、民間資本では思いつかいない世界経済・日本経済を大所高所にわたって政府が資本主義を修正コントロールしてきたんだ。これが大成功したんやね。世界をビックリさせた戦後の「奇跡の復活」の礎になったんだな。これを修正資本主義というんや。(むかしは、優秀な人材が官僚機構に集まって切磋琢磨していたんじゃ、とおっちゃん)
これが、日本の土台ね。鉄腕アトムくんの技術は、技術立国日本の象徴になるかもね。僕が通産省のトップだったら『鉄腕アトムくんプロジェクト』を立ち上げて、研究開発に取り組むがね。時間はかかるが、その過程で新しい技術がたくさん生まれるよ」と田中先生。
「そして、もう一つの社会の柱が、民主主義だ。日本の政治の土台は、議院内閣制民主主義なんだよね。中学校で習ったよね。これから、ちょっとむずかしくなっちゃうけど、ついてこれるかな?黙ってついてこれる人は、サルから人間になれるかもよ。(黙っとこと、おっちゃん)」
「先生むずかしいわ。サルも木から落ちそうや」と人気者の丹波弘くん。
「そうか、まあむずかしたったら、寝とき。サル者を追わずじゃ。(ダジャレか、とおっちゃん)でも、耳の穴はあけておいてや。特売品の言葉を流しこむかもしれんからな。」と田中先生。
「いいか戦後日本は、主権在民の国になった。これが戦前と戦後の大きなちがいやね。女性に選挙権が与えられたのは、戦後になってからだ。戦前は一部の男性国民にしか選挙権はなかったんだよ。女性や貧乏人には、選挙権ば無かったんだ。敗戦後の1945年にいまの憲法が制定されてはじめて、20歳以上のすべての国民に平等に選挙権が与えられた。(いまは、18歳からね、とおっちゃん)
そして、いまの憲法は「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」の三原則から成り立っているんだ。ここ大切ね。なぜ大切かというとね。すべての法律も政府の行政も経済活動も政治活動も社会活動もこの憲法の三原則を犯してはいけなし、発展させるように努力しなくちゃいけないからなんだ。」下手な字で、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義と黒板に書く田中先生。
「そこでだ。アトムくん問題をどうするか、ここに解決する糸口があるんだね。アトムくんは有能だけどアトムくんの大量生産が「国民主権」を脅かすのか、守るのか。「基本的人権の尊重」を踏みにじっていないか、発展させるのか。「平和主義」に反しないか、貢献するのか。うまい解決策はあるのか。どう判断するかは、君たちの考え次第なんだよ。頭つかうだろう?最低限の知識と教養が必要だろ?
自分の判断が正しいかどうかをいつも振り返る、検証する。その冷静さと知性がこの国の未来を決めるんだな。お勉強は大切でしょ。教育はこの国の未来を育てる土台なんだよ。
さて、君たち主権者の国民の考えは、選挙を通して国に反映される。
でもな、その選挙権が悩ましい問題をかかえているんだな。なーんも考えないあほ・バカでも20歳になったら、選挙権がもれなくもらえるんだ。これが、最先端の男女平等の民主主義なんだ。大学の先生であろうが、ノーベル賞受賞者の学者先生であろうが、善人であろうが、悪人であろうが、だます人もだまされる人も、あほ・バカであろうが、同じ一票なんだよ。万が一、あほ・バカが多数派を占めることにでもなったら、日本は滅びるよね。怖いだろう。
そこで、間接民主主義、議院内閣制民主主義の出番なんだな。あほ・バカじゃなくて知性と教養と人間性が豊かで能力のある代議士、政治家を選挙で選んで国会に送りだそうというのがこのシステムの趣旨というわけ。
それと独裁政権のように結論を急がず、いろいろ意見を出し合って議会で充分議論して、見落としがないか深く考えて政策を決めようねという意味も含まれているけどね。
そのためには公明・公正な選挙が大切になる。これに反した行為が蔓延すると国民主権は絵にかいた餅になる。民主主義が奪われる結果になる。つまり、戦前回帰だね。そして、また過ちを犯す。『歴史は繰り返す』と誰かがいってたよな。
最後になるけど、これは僕のな、考えなんやけどな、修正資本主義は、戦前の西欧の帝国主義をまねて他国を植民地化しようと中国・朝鮮に侵略した反省をこめて内需中心でも充分に経済発展できるし、その技術と製品で世界に貢献できる。それを証明した経済政策の表明やと思う。
それと平和憲法と議院内閣制民主主義は、戦前のように独裁政権にならないという誓いと二度とあやまちを犯しませんという宣言を世界にアピールしたものやと思うんねん。」と田中ワールドの幕を閉じる。(やっと終わったと、おっちゃん。国連の日本に対する敵国条項をはやくはずしてほしいとおっちゃん)
人気者の丹波くんが手をあげる「先生、話し飛びすぎやがな、それに青いな。先生は選挙を知らんでしょ。現場は全然ちがうで、サルに木登りやがな。」と、おもしろくなったとクラスメート。
「すまん、教えてくるくれるか?」と田中先生。
「しゃあないな。先生に頭下げられると断れへんがな(おまえも関西弁か、とおっちゃん)。いいか、今月の頭に県会議員選挙があったやろ、僕な同級生の県会議員の息子にたのまれてな、選挙運動手伝ったんや。そりゃあ豪勢だったで。まずな、選挙事務所には、おにぎりとぬか漬け(北九州の漬物)がぎょうさん並べられているがな、地元のおじいちゃんやおばあちゃんがつめかけていっぱいやがな。(昭和やな、とおっちゃん)
なかでも有力者にわたすおにぎりは別格でな、北九州ではめずらしい紅鮭(べにじゃけ)のおにぎりや。ただな、中にはなラップで小さくつつまれた5000円札が入っているんや。おもては紅鮭やけど、中身はゼニ鮭や。ゼニ鮭もらったおっちゃん連中はな、候補者先生がいかにすばらしいか、相手候補がいかにダメかをおじちゃん、おばちゃんに話しはるんやな。この話がなかなかうまくてな、あることないこと言い放題で大盛り上がりや。とくに相手候補の悪口はすぐに広まるんやな。(21世紀はゼニ鮭の代わりにあることないことはSNSでちらかしてフォロアー増やしてゼニ稼ぎや、とおっちゃん)
そんでな、おいらたちの仕事はな、本番前にな街中に張られた相手候補者のポスターはがしや。電柱上ってポスター剝がしていたら、パトカーにつかまってな、しょっ引かれたがな、ビビったけど、お姉さんが菓子折りもって警察署にきて、釈放や。選挙中の夜はな、いろいろな飲み会でな学ランきてな、おじさんたちにお酌やがな。当選したら高校生がキャバレー貸し切りで大騒ぎや。先生、これが公明・公正な選挙やで」(おお昭和全開やな、とおっちゃん)
「おお、そうか。いい体験しとるな。大したもんや。でも、その話しここだけの話しにしときや、他でしゃべるなよ。それらの行為をな、法律用語ではな、買収いうねん。捕まるで。これから厳しくなるから気い付けや。」と田中先生がいうと、人気者の丹波君がえへへと頭をかく。
「まあ、経済は一流になったが、民主主義はまだ二流三流ってこっちゃ。でもな、日本の周りの国々を見てみな、中国、ソビエト、北朝鮮は共産党一党支配の独裁政権や。おとなりの韓国は軍事政権や、アジアの国々も独裁政権や専制政権がほとんどや。民主主義なんてあらへんがな。
この日本に生まれてきたことを君たちは感謝せなあかんで、幸運の星のもとに生まれたんや。だから、このチャンスを逃がしたらあかんで。世界中でこんなに恵まれた人生に会うことは、ある意味奇跡や。民主主義を守って、育ててや。
ベトナムではいまだに生死をかけた戦争が続いているんやで。君たちと同じ年ごろの若者たちが戦争のど真ん中や。」と格調高くなったところで時間切れ。(チャンスにめぐまれた生徒諸君、がんばれとおっちゃん)
2週目の島崎先生の授業がはじまった。「社会の田中先生の話しはどうでしたかな。つまらなかったかな。僕は細かいことが気になる性格なんだが、田中先生は大雑把な性格なんですよ。だから水と油の関係でね、あまり関わらないようにしているんですけどね。後輩だから、つい気になるんですね。
あるとき、そんな妙な関係を取り上げた映画に出くわしましてね。サスペンス映画ですが題名は『さらば友よ』です。この映画はアラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンの」と話しはじめると秀才くんが「先生、その映画はサスペンス映画ですよね、僕は見てないけど、科学とは関係ないですよね。」と意義を申し立てる。いいね。
「いい質問だね。まあ、聞きたまえ、世紀の美男子、フランスの色男アラン・ドロンとアメリカの炭鉱夫あがりの肉体派、どちらかといえば醜男のチャールズ・ブロンソンとの共演が、この映画の全てです。まるで僕と田中先生との関係みたいな映画なんです。(あ、アラン・ドロンは島崎先生でブロンソンは、田中先生といいたいのか、とおっちゃん)このキャスティングが、化学反応を起こすんです。どんな化学変化がおきるのかが、この映画の見どころなんですよ」(おお、島崎先生にかかっては、すべての映画は科学映画になるな、とおっちゃん)
「くわしい内容はいわないよ。サスペンス映画だから、ストーリーがわかってしまうと面白くないからね。色男のドロンからしたら、ブロンソンなんて話しもしたくもないし、ブロンソンからしたら生意気そうなドロンなんか気に食わない関係なんですね。ところがヒョンなことから、この二人が同じ銀行強盗になるんです。そして、なぜか閉じ込められて、金庫のまえで一晩一夜を明かす羽目に。金庫のなかは酸素も薄く蒸し暑い。シャツをぬいで肉体美をさらけ出しながら、お互いの身の上話もつもり、ドロンの男気にブロンソンがドロンを見直すんです。そして明けがた、金庫を開けることに成功するが中身は空っぽ。だまされたことに気づくが時おそし、踏み込んできた警察に連行されるんです。
ここから問題のシーンがはじまるんです。いいですか、二人は偶然に金庫に閉じ込められたと主張し、強盗の意思なしという。そしてお互いまったく知らない人間だといいはる。もし、知り合いの仲間であれば、共犯が疑われ、金庫破りの嫌疑がかけられるますからね。
刑事は首実検にかけようとそれぞれの取調室から二人をだして、ドロンは部屋のまえで待たせ、ブロンソンをドロンが立っている部屋の前へと廊下を歩かせる。ブロンソンは火のついていないくわえタバコのいでたちでドロンの前を歩く。その瞬間にドロンがある行為をする。これが、ドロンのブロンソンに対するの友情の証ですが、刑事には悟られたくない。ドロンはいったいなにをしたか?これが今日のクイズです。分かる人!」と島崎先生が問いかける。
「クイズかよ?」とブーイングが飛ぶ。「さあさあっ」と煽り立てる島崎先生。考えこむクラスメート。鮎川君がいつものようにしびれを切らせて手をあげる。「ドロンが、ライターでブロンソンのくわえタバコに火をつける」と鮎川君。島崎先生「当たり!」と鮎川君に指さす。クラスメートがお~、と声をあげる。島崎先生「鮎川君、ドロンだね。でも、ライターじゃないんだな、マッチなんだ。でも正解。
ドロンはブロンソンと目もあわせず、前を向いたまま、マッチに火をつけ不愛想に、右手をのばしてブロンソンの口元のタバコにさっとつき出すんですな。ブロンソンは、こいつ誰じゃと言わんばかりに迷惑そうに眼を飛ばしてタバコに火をつける。このシーンが、カッコいい。この映画のすべてです。」
それ以来、鮎川君はアラン・ドロンに親近感を抱く。(まずいな、とおっちゃん)
つづく VeL.5 ガリレオの涙と恐怖のさけび
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