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【小説】雨音と私の家

空に浮かぶのは厚い雲ばかり。その先のあるであろう星々を見ることができない。私の目が悪いわけではなく、この空にはいつからかはれない雲が覆っている。太陽からの光を奪い、太陽の光を浴びた月さえも見ることができない。どうしてこんなことになったのか。どうしてこんなことになっているのか。
厚い雲は雨を降らす。恵の雨。そう言ったものだけれど、何事にも限度というものはある。毎日毎日、降り続けば迷惑の雨となる。生まれてから一度も青空というものを見たことがない。何十年かに一度ほど、雲間の隙間から青い空が見えるという。それを見ることができたのならば、幸運に恵まれると言われている。
いつか、私も見ることができるんだろうか。

雨音で目が覚めた。昨日は夜更かしをしてしまい、本当はもっと寝ていたかった私は再び目を閉じてもう一度寝ようと試みる。目を閉じると、寝ていたい私の気持ちとは裏腹に耳が雨音を拾ってくる。

ぽつり、ぽつっ。
ぽつっ、ぽつり。

葉を伝った雫がぽつり、と地面に落ちる。目にしなくとも、そんな情景が頭に浮かぶ。布団の中で小さくため息を吐いた私は、のそりと起き上がった。カーテンを開ければ、やっぱりと言うか雨が降っていた。そこまでヒドイ雨ではないというのに、どうして私の耳はこうも小さな雨音さえも拾ってきてしまうのだろう。

空から落ちる雨粒が地面を濡らしている。ぼんやりと外を見ていれば、次第に雨が強くなっていく。面倒だなあ、と思うけれど仕方がない。私は小さく伸びをするとのそりとベッドを降りた。

ぱちりと電気をつければ、一人暮らしの私の小さな部屋の中をぼんやりと照らす。強い光は好きじゃない。このくらいの、ぼんやりと照らすくらいで丁度良い。これが不思議と落ち着く明るさだ。もっと強い光が欲しい、という人もいるみたいだけれど、そういう人はもうこの辺りには住んではいない。

「あれ?」

除湿器の電気がついていないことに気が付いた。何度か電源ボタンを押してみる。しかし、なにも反応がない。私は小さくため息を吐いた。道理で朝から家の中の湿気がひどいなと思っていた。気のせいかと思っていたけれど、これで謎が解けた。

「困るなあ……」

コンコンと扉をノックするように除湿器をノックする。何も反応はない。私は深く長いため息を吐いた。

私は手早く朝ごはんを食べると、外出着に着替えた。そして、玄関の扉を開ける。朝、起きた時よりも雨は強くなっている。私は少し考えて傘とカッパを取り出した。レインブーツを履くと「よしっ」と小さく声を出して、自分に活を入れる。今度こそ玄関の扉を開けて外に出た。

傘を開くとポンッと音がして花柄の傘が広がる。最近、買ったお気に入りの傘だ。花柄を見て、思わずにんまりを笑う。そして、雨がひどくならない内に帰ってきたい私は足早に歩き始めた。少し歩くと、声が聞こえた。

「こんな早くからどうしたんだ?」

窓から顔を出したおじさんが、私に声をかける。近所に住むおじさんだ。たまに外で会うとあいさつをするくらいだけれど、朝に外出する私が珍しかったのだろう。

「除湿器が壊れちゃって」

おじさんはそれを聞くと「それは災難だなあ」と言うと、ちょっと待ってろ、と言って窓際から姿を消した。雨がこれ以上強くならない内に買い物を終えたい私は、今日はツいてないのかも、と心の中で呟いてため息を吐いた。

「これやるよ」

いつの間にか窓際に戻っていたおじさんが紙をくれた。福引券だった。

「近くに電気屋ができたの知ってるか? あそこで買い物してもらったんだよ。期限が今日までだから使ってくれ」

気を付けてな、とおじさん見送られて私は福引券を手に歩き出した。

「新しい電気屋さん、出来てたんだ」

家からあまり出ないので、全く知らなかった。しかも、行こうといていたところよりも近い。半分の距離にあると気が付いて、足取りが軽くなる。そんなに大きくはなさそうだけれど、スーパーの家電売り場に行こうとしていたのだから、そこよりもきっと良いものが見つかりそうな気がした。

「あ」

なんとなく福引券の裏側を見て、思わず声をあげた。二等に除湿器がある。しかも、しゃべるタイプ。型式を見るに最新のひとつかふたつ前のものだと思う。これを福引の商品にするとは、なんとも太っ腹なんだろう。

いつもの私なら「当たる訳ないのに、福引やるなんてばかみたい」と思うだろう。けれど、今日の私はいつもと違う。タダで福引券を手に入れた私はきっとツいているんだと思う。意気揚々と私は新しくできた電気屋に向かった。

新しくできた電気屋には開店と同時くらいに到着した。まっすぐ福引の場所に向かう。少し濡れてしまってふやけた福引券を一枚、渡した。

「一回どうぞ」

そう言われて、抽選機をゆっくりと回した。出てきた玉は白だった。残念ながら参加賞のティッシュだった。なんとなく、そんな気はしてた。していたけれど、今日の私なら何か当たるかと思っていただけにショックだ。小さくため息を吐いた私は大人しく家電売り場へ向かった。

着いた瞬間に私は思わず足を止めた。スーパーの家電売り場とは全く違う品揃え。当たり前だ、と言われればそうなんだけれど。こんなにも違うのか、と圧倒された。取り合えず家電の海を歩いてみる。きょろきょろと見回してしまう。しばらく歩いて除湿器のコーナーを見つけた。

「うわ」

思わず声が出た。種類が多すぎる。こんなに種類があったっけ?と誰かに聞いてみたい衝動にかられた。ネットでもっと下調べをしてくれば良かったかも、と激しく後悔した。「今まで家にあったものに近いのでいいだろう」そんな軽い気持ちでいたのだが。困った。大変困った。

しばらくその場で考えこんでいた私は「値段で決めよう」と決めた。潤沢に資金がある訳ではないので、前回購入した値段と同じでいいかと思ったからだ。あれこれ悩んで時間を浪費するよりも自分の判断を信じることにする。それに、今は開店直後だから人がそんなに多くないが、時間が過ぎれば過ぎるほど人は多くなると予想される。そんな中で自分で買い物できる気がしない。人酔いすることだろう。絶対に。

除湿器コーナーを値段だけを見て一周した。

「特別大特価」という張り紙を見つけた。「特別」「大特価」という言葉に惹かれて思わず引き寄せられるように、その除湿器の元へ行った。なんだか見た記憶のある除湿器だ。とは言っても今使っている物ではない。スマホを取り出して型番を調べてようやく思い出した。

しゃべるタイプの除湿器を出しているメーカーが恐らくお遊びで売り出した、よくしゃべるタイプの除湿器だ。発売当初は、話し相手に丁度いい、と言われていたが、逆に相手が話していなくても勝手に話し出すので「しゃべりすぎて煩い」と言われる可哀そうな除湿器だった。一応、しゃべる機能を止めることも出来る。止めたら意味ないよね、と思うがそれほど煩いのかと気になった除湿器だった。

「これにしよう」

煩かったら、しゃべる機能を止めたらいいんだし。と私は特別大特価の除湿器を購入することに決めた。購入したら開店サービスで無料配送をしてくれるというので、有難くお願いすることにした。意気揚々と店を後にした私は久々に外に出たのだから、とお昼ご飯を買って帰ることにした。

「あのフルーツサンドのお店は!」

SNSで見かけたフルーツたっぷりのフルーツサンドの店だった。少し列ができているけれど、このくらいの列だったら並ぶのは苦ではない。私は久しぶりに列に並ぶということをした。

外に出ることはあまり好きではないけれど、たまにだったらいいかも。気分の高揚した私は自然とそう思っていた。

「つ、つかれた……」

はしゃいだ結果、家に着くなり倒れるように床に座り込んだ。いつの間にかお昼も過ぎている。思った以上に外にいたようだ。これで、しばらくは外出はいいかな、と思った。呼び鈴が鳴った。通販で何も買っていないので思いつくものはないな、と思ったところで気が付いた。今日、除湿器を買ったことを。今日買った除湿器がもう届いた。早すぎじゃないだろうか。

買って来たものを玄関に置きっぱなしに、私はいそいそと除湿器を開封した。電源コードを差してボダンを押す。ふっと電子で表示された目が現れた。ぱちくり、と可愛らしく瞬きをした。

「これから、よろしくね」
『はい! よろしくされました!』

元気いっぱいに返事をしてくれた。言葉使いがなんか変なのでは、と思ったけれどなんだか面白いので良しとした。

『あー、この部屋の湿度やばいですね! わたしにお任せしてください!』

そう言って勝手に除湿をし始めた。除湿器に表示されている湿度が徐々に下がっていく。新しい除湿器はすごいなと思わず感嘆の声をあげると、そんな私に気がついた除湿器がなんだか照れたように『えへへっ』と声を出した。なんとも間味のある除湿器だろう。

『お部屋の中みてみてー!』

その声につられて除湿器から視線を外せば、水の玉が浮いていた。何が起こったのか理解できなくて一瞬固まった。そして、はっと気が付いた。バブルだ。湿気を集めて水にして特殊なバブル液で閉じ込めてシャボン玉のようにすることが出来る仕様。そういう特殊仕様のついた種類で、そのバブル液がちょっと割高でそこまでの人気が出ずにシリーズ化しなかったものだ。今更ながらズルズルと芋づる式に知識が出てきた。

「まあ、いっか」

部屋の中で水の入ったシャボン玉が浮いてるなんて、なんとも幻想的な光景だろう。この光景が好きでインテリアにしてる、なんて話も聞く。それもいいかもなあ、と思った。が、なんだかシャボン玉が増えている気がする。前の除湿器が壊れてから余程この部屋の湿度が高くなっていたせいだろう。シャボン玉の数がえげつない量になって部屋の中を埋め尽くしていく。慌てて私は窓を開けた。

「外に出してっ」
『いいよー!』

えいえい、と声を出しながら、どういう理屈かはわからないが窓の外へシャボン玉を出していく。外に出たシャボン玉は、雨に濡れて地面に落ちるとただの水となっていく。不思議なものだ。

『うんうん、いい感じー♪ あと少しで過ごしやすい湿度になるよ!』

少し弾んだ声でそう言うと、次々とシャボン玉を作り出していく。

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