【原作が先か、映画が先か】原作者と映画監督の意図の違いを理解する
小説と映画。同じ物語でも、その表現方法は大きく異なる。原作者と映画監督は、それぞれどのような意図を持って作品を創り上げているのでしょうか。本記事では、両者の視点の違いを探ります。
原作者と映画監督は、同じ物語を異なるメディアで表現するクリエイターとして、それぞれ独自の意図や視点を持っている。注目したいのは、小説と映画における表現手法の違い、強調したい箇所の違い、時代背景の反映である。それぞれのメディアの特性を活かした創作方法は、作品の印象に大きな影響を与える。早速見ていこう。
✴︎表現手法の違い
小説家は言葉で読者の想像力を刺激し、監督は視覚と音声で直接的な体験を創造する。新海誠監督は小説『秒速5センチメートル』の後書きで次のようなことを書いている。《映像で表現できることと、文章で表現できることは違う。表現としては映像(と音楽)の方が手っ取り早いことも多いけれど、映像なんかは必要としない心情、というものもある。》映像と文章の表現の違いを認識しつつ、両者を行き来しながら創作活動を行う新海監督ならではの言葉だと思う。
✴︎強調したい箇所の違い
原作者と監督が作品の異なる側面に重点を置くことがある。『ブレードランナー』(原作タイトル『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』)では、原作者のフィリップ・K・ディックは、「人間と人工知能を区別するのは何か」という哲学的な問いに焦点を当てる。小説では、主人公リック・デッカードの内面的な葛藤や、レプリカント(遺伝子工学技術が生み出したロボットに代わる人造人間)たちの感情の発達過程が詳細に描かれている。一方、監督のリドリー・スコットは未来都市の雰囲気やビジュアルに重点を置いている。ネオン輝く雨の降る街並みや、巨大な広告塔など、視覚的に印象的な未来世界は印象的である。監督は映画の弱点を認識しつつ、視覚でしか表現できない強みを最大に活かしたと言える。両者のアプローチの違いを理解することで、物語の多様な表現を楽しむことができる。
✴︎時代背景の反映
原作と映画化の間に時間が経過している場合、社会的文脈の変化が作品に反映されることがある。『プラダを着た悪魔』の映画版では、実は原作よりもファッション業界のデジタル化が進んだ時代を反映している。これは、2003年に出版された原作小説と、2006年に公開された映画版の間には、ファッション業界に大きな変化があったからだ。原作小説の時代、ファッション雑誌はまだ印刷媒体が主流であった。しかし、映画が製作された2000年代中頃には、デジタルメディアの台頭が顕著になっていたのである。映画版では、この変化を反映し、主人公アンドレアがデジタルカメラを使用したり、オンラインコンテンツについて言及したりする場面が追加されている。また、映画の視覚的特性を活かし、最新技術を用いた業界の華やかさを表現することで作品の魅力を高める意図もあったようだ。また、このような時代背景の反映は、単に作品を「アップデート」するだけでなく、ファッション業界の変容と、それに伴う人々の価値観や行動様式の変化を浮き彫りにしている。原作と映画版を比較することで、私たちは社会変化の速さと影響力を実感することができるだろう。
これらの違いを理解し、それぞれのクリエイターの意図を尊重することで、芸術表現の多様性を楽しむことができると考える。
最後に、小説と映画の違いをより楽しむための具体的なアイデアをピックアップしよう。
◆その1:キャラクターの描写の違いを楽しむ
小説では内面描写が詳細である一方、映画では俳優の演技や表情で表現される。例えば、小説『レ・ミゼラブル』では、ジャン・バルジャンの内面の葛藤が小説では長い独白で描かれるが、映画ではヒュー・ジャックマンの表情や歌唱で表現されている。この違いを意識的に観察し、それぞれの表現方法の特徴を掴むこともそれぞれの醍醐味である。
◆その2:時間の扱い方を観察してみる
小説では自由に時間を操作できるが、映画では限られた上映時間内で物語を展開する必要がある。『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズでは、小説で数ページにわたって描かれる冒険の旅が、映画では数分のモンタージュシーンにまとめられている。この圧縮された時間表現を、映画ならではの技法として解釈すると、少しは受け入れられるのではなかろうか。
◆その3:ナレーションに耳を傾けてみる
小説では語り手の声が物語を導くが、映画ではナレーションの有無や使い方が作品によって異なる。『羊たちの沈黙』では、小説のクラリス・スターリングの一人称のモノローグが、映画では客観的なカメラワークに置き換えられている。この違いが物語の印象にどのような影響を与えるか、比較して楽しむのも面白い。余談だが、近年の日本のドラマや映画では、この傾向に変化が見られる。小説で多用されていたナレーション技法が、映像作品でも積極的に取り入れられるようになってきたのである。ぜひナレーションの表現にも注目して見てほしい。特に、映像作品でナレーションが入った部分は、監督の何かしらの意図である可能性が高い。
✴︎まとめ
原作と映像化作品の違いを理解することは、単に両者を比較するだけでなく、物語そのものの魅力を再発見する機会となる。それぞれのメディアの特性を活かした表現方法の違いを認識し、楽しむことで、私たちは作品への理解を高めることができるのである。
もしお気に入りの小説が映画化された際、あるいは映画の原作小説を読む際に、この分析で紹介した視点を意識していただけたら幸いです。メディアの垣根を越えて物語を楽しむ姿勢が、より豊かな文化体験につながることを願っています。
✴︎おすすめ本
フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は、SF小説の中でも屈指の名作だと思う。2024年に読んでもいまだに色褪せない、ディックの未来を透視したしたかのような想像力と考察力には脱帽する。ChatGPTなどAIの進化が目まぐるしい時代だからこそ本書を読んで、人とAIの共生について考えるきっかけにしてほしい。
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