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ありがとう。ぼくを選んでくれて『ポニイテイル』★70★

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目の前に大きな水たまりがあり、道をふさいでいるのです。それは少年が今までに見た水たまりの中で、もっとも大きな水たまりです。ここ数日晴天だったのに、なぜ水たまりがあるのでしょう。ちょっとした池のようでした。もしかしたら本当に池なのかもしれません。地下水がどこからかしみだして、くぼみにたまっているのでしょうか。ハレーはミヤコの背中の上でスニーカーをぬいで、草むらに思い切り放り投げました。スニーカーはそれほど遠くまで届きませんでした。少年はミヤコから飛びおり、水たまりに足を入れました。水面がひざのあたりでゆれています。思ったよりずいぶん深い水たまりでした。

「ミヤコ! 気持ちいいよ、ほら、キミも入りなよ!」

ミヤコは水をこわがっているようで、その場から動きません。
両手で水をすくってミヤコにかけました。

「はやく来なよ。ほら!」

ミヤコは水たまりに、足をそろりと踏み入れました。
ところがです! 
ミヤコが足を踏み入れたとたんミヤコの胴体がずぶずぶと水の中に沈んでいくではありませんか! あっという間に水面はミヤコの顔のあたりまで来ています。

「助けて~!」
「わわわ!」

ハレーがあわてて水をはね上げミヤコの方へ寄っていくと、ミヤコは少年の頭の中で「フフフ」と笑いました。ミヤコは水の中で足を曲げていただけでした。おぼれるふりをして、からかったのです。

水たまりのど真ん中に、大きな石があったので、少年はそこに腰をかけました。ミヤコは水がきらいどころか大好きなようで、少年のそばで気持ちよさそうに体をぺたんと水の中に沈め、クビと背中の上の方と、おしりだけ水上に出していました。おしりは湖に浮かぶ無人島のようでした。少年はミヤコに1つ質問しました。

「どうしてシンボルをわたす子に、ぼくを選んだの?」
「ええと、あの……それはちょっと……いいづらいです」
「いいよ、ヘンなことでも。ぼくはあまり傷つかない方だから」

ブラウニー図書館にある分厚い『生物大図鑑』によると、架空動物とそのシンボルをもらう子の間には、必ず、何らかの共通点があるそうです。ミヤコと自分の間にどのような共通点があるのか興味があったのですが、ミヤコの答えは予想外でした。

「じつは、誰でもよかったんです」

ミヤコの銅色のひとみは、水面にひろがる波紋を、じっと追っていました。

「わたしにこれといったシンボルがないのは、わたしの種族が、まだほんとうの意味で架空動物ではないからだと思うんです」
「ほんとうの意味での架空動物?」
「はい。昔からたくさんの伝説があるユニコーンやペガサスとちがって、わたしの種族は、地上のふつうの動物なんです。しかもその数はこの星にいる仲間をぜんぶあわせても、数えるほどしかいません。この仲間がぜんぶ死ねば、わたしたちは地上から完全に消えて、空想の世界にだけ生きる、ほんとうの架空動物になるでしょう。わたしの種族はもう半分、架空動物になりかけているのです。その結果、わたしはふつうの動物としてではなく、生まれながらの架空動物として生を受けました」
「……」
「もとがふつうの動物だから、とくに何か、すばらしいシンボルを持っていないのです。このしっぽを使えば、仲間の絶滅の危機を救えるなんてこともないでしょう。渡すべきシンボルもないのに、いったいどんな顔をして子どもの前に現れなくちゃいけないのか、ぼくはとてもこまって滝にでも飛び込んで死んじゃいたい気分でした」

ミヤコは目をとじて、何かをふりはらうかのように、クビをぶるんぶるんとふりました。

「でも……ですね、動物ではなく、架空動物として生まれたからには、子どもに何かシンボルをわたさなくちゃと思ったんです。結局誰にも何も受け取ってもらえずに、消えてしまうのかもしれない。子どもに何かをわたしても、いいことなんて何ひとつ起きないかもしれない……でも、勇気を出さなくちゃって思ったんです。そうしないと、わたしたちの種族は、空想の世界でも絶滅してしまいます。そうなったら、わたしたちは完全に消えてしまいます——」

ハレー少年は水面にゆれるミヤコのしっぽをすくって、手のひらにのせました。水をふくんだしっぽに、月と星の光がさまざまな角度で反射しています。

「そんなぼくを見て、同じ誕生日のユニコーンが、あなたを紹介してくれたんです。毎晩、星をながめながらすてきな空想をめぐらせている子がいるよ、その子は本気で宇宙に行く気なんだって。ペガサスのペガも背中を押してくれました。おい楽しみだな、大人になるってどんな感じだろうな。一緒に地上へ行こうぜって誘うんです」

ミヤコはクビをまっすぐにのばして、フォンと一つ大きな息をつきました。
少年もふぅ、と一つ息をつきました。

「ありがとう。ぼくを選んでくれて。せめて宇宙に1番近いところで、キミのシンボルを受け取りたいな」

ミヤコは少年の体をぐうんと持ち上げ、ふたたび背中にのせてくれました。ミヤコの二つの耳がピンと立っています。ハレー少年はミヤコのクビをぱんぱん、と二度たたきました。

「行こう、ブラウニー図書館へ! あそこは星を見るのに最高の場所なんだ」


『ポニイテイル』★71★へつづく

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Jの先生 / 藍澤誠
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