ゲキ怖。絶対に検索しない方がいい 『ポニイテイル』★23★
「1000人の中の12人!」
「でもなんでだろ。 レエさんのドコが良かったんだ?」
「コラッ! 手下のブンザイで失礼なヤツだな!」
「それはあたしにもわからない。鈴原社長のカンかな?」
「カン?」
「書類のあとはいきなり最終試験。周りを見ると負けちゃいそうだから、あたし、ずっと下を向いていた。だってみんなはきれいなスーツを着てたけど、あたしだけ呪われたようなドレスだったんだから。そう、今日と同じ、この格好。でね、採用試験の課題が出されたんだ。1つ目はこの図書館に名前をつけてください。2つ目は好きなように物語を書いてください。制限時間は8時間。どっちからやってもいい」
「8時間! メッチャ長い!」
「おなかも空くよ。キツかった。まあ、部屋を自由に出入りしてもいいんだけど」
レエはそう言って立ち上がると、枝からリンゴを3つもいだ。
「食べる?」
「ええ! それ、ホンモノのリンゴですか?」
「ナイフがないから、このままかじって」
「うまい!」
「おまえ! いただきますくらい言えよ!」
「いただいてます!」
「そのテストのとき途中からあたし、ずっとリンゴのことを考えていたの。ちょうどリンゴジュースのペットボトルを持っていたから。図書館の名前はともかく、まずは物語をなんとかしなくちゃ……ノドがかわいて。何度も何度もそのリンゴジュースを飲んだ」
「リンゴ、好きなんですか?」
「ダリだったかな、リンゴをじっくり見ながらそっくり細かく描こうとすると、どんどんまずそうなリンゴの絵になるって。物語なんて生まれてから1回も書いたことなかったから、最初は超アセったし、何を書いても作りごとっぽくしか見えない。見るからに不味そうな話になる」
ファンタジーや物語に興味ゼロのマカムラは冷静に指摘する。
「実際作り話ですもんね、物語って」
「まあ、そうだけどね。でも書くからには本当にあった事っぽく書かなくちゃいけないのかなって、最初の1時間くらいは勝手に思ってて。けど途中で気づいた。ダリみたいに現実離れした世界を書こう、リアリティとか考えないで、歌詞を書くときみたいに、迷いなくのびのび書こうって。そこからは一気。自分でもびっくりなんだけれど。長いのは飽きちゃうから、短編にしようと思って、自分の受験番号だった12という数を使って。それなら1月生まれから12月生まれの子1人につき1つ、12人の、12歳へ贈る、12篇の物語を書いてみようって思いついたら、あとはほぼひと筆書き」
「うおお! 物語をひと筆書きって! マジかッ!」
「すごーい!」
「書いたのは確かにあたしなんだけど、物語を生んだのはあたしの力じゃない。昔、棒を持って、知らない歌とメロディが自分の内側から来た日以来のミラクル。スペシャルな超常現象」
「すげぇ! 初めて書いたのに?」
「ダリに感謝してる。ダリじゃないかもしれないけど、とにかくその名言に。もちろんそれからリンゴも大好きになった」
ハムスタが鼻をひくひく動かしながらたずねた。
「あの、ダジャレ覚悟でいいますけど、ダリって誰ですか?」
「あそこのあの絵が、ダリの絵」
城主は壁に映る、1枚の額の画像を指さした。絵の中には1頭の白い馬がいた。その馬の足下に裸で倒れた人間が横たわり、上方では太陽ではなく雲から光が放たれている。白馬のひたいからは長くて立派な角が1本生えていて、その角は空中に浮かぶレンガの壁の穴を貫通している。赤茶色のレンガの壁は、固そうなのにグニャグニャとうねっていて、壁の中央には、ハートのような形の穴が開いていて、そこから血がドロリと垂れていた。夢に出そうというか、もはや誰かの夢の映像。いや、単なる夢っていうか、うなされた夜に見た悪夢を、そのままそっくり絵に描いたみたいだ。
レエは悪魔的に鋭い視線をハムスタに向ける。
「ああいう奇妙な絵、あどちゃんならきっと解る、というのがふうちゃんの意見。どうかな? ちなみにあたしの人生で、ダリの絵を好きっていう友だち1人もいないけど」
「イイです。超イイです!」
「マカムラくんは、どう?」
「ええと……オレ的には、正直すっげー気持ち悪いけど、まあ、花園には合ってると思います。メチャクチャなとこが」
「ウチがメチャクチャ?」
「でね、課題の物語を書き終えたところで残り時間はわずか。あとは図書館の名前を考えなくちゃいけなかった。あたしが館長になるとしたらどんな図書館? ぜんぜん思いつかなくて。なのに時間はどんどんなくなって。で、とりあえず自分の名前をつけてみた。レエ図書館」
「あは! レエさん、それって風太郎レベルじゃないですか!」
「オマエ、失礼だろ」
「ふふふ。で、ホント、レエ図書館だと明らかにマヌケだし……焦ったけど、土壇場、残り数秒でイキナリ思いついた」
城主はユニコーンの角をうっとり眺めた。
「あたしと名前が同じ、ジル・ド・レエって人のお城の名前。ティフォージュ城」
「ジルドレエ?」
「またあなたたちが怖がっちゃうから、どんな人かは言わないでいてあげる」
「そんなに、怖い人?」
「ゲキ怖。絶対に検索しない方がいいよ。でもね、人を寄せ付けない会員システムとか、実験的なところが、この図書館の方向性にあってるかなと思ってティフォージュ城と名付けて、12の物語と一緒に出してみたら……城主になれた」
レエは、人間なんか誰も住んでいない、遥か遠くの世界の、永遠のように静かな森にいる獣みたいに、誰の目を気にするでもなく強烈にリンゴにかぶりついた。
マカムラは今まで見た中で1番きれいな人が、真っ赤なリンゴを丸かじりするというバランスの悪い光景を目の前にして、この世界がパッと明るくなったような気がした。その感謝のような決意のような気分は、あどじゃないけど言葉にするのは難しく、ホントは祈るしか手段はないのかもしれないが、それでもマカムラは口に出す。遥か遠くの世界の、永遠のように静かな森に向けて。
「なんか……世界はつながってるんですね。過去も今も未来も」
あどはリンゴの、最後のひとかけらを飲み込んだ。
「ごちそうさま。ありがとう」
ハムスタはウルウルした目でレエにお礼をした。レエは花園あどの髪の毛をやさしくなでる。
「あたしもホントにそう思う、マカムラ君。この世界はあまりにつながりすぎていて、ホントにすべてがつながり過ぎていて、もう過去が先か未来が先なのか、偶然なのか運命なのか、現実なのか物語なのか、見わけがつかなくてクラクラしちゃう」
あどは、よしっ、とレエを真似てガッツポーズをした。
「ウチ、書いてみる! 何から書こうかな」
「じゃあさ、ひとまず出だしは今日の戦利品、そのユニコーンの角のことを書けばいいんじゃね? あそこのダリの絵もそう言ってるし」
リンゴを食べるのが遅い助手は、もごもごとアドバイスした。あどは再びダリの絵の画像に目をやる。ダリのユニコーンの角は、あどが手に入れた角よりもずっと長く、それはユニコーン自身よりも長い。となるとあどの持っている角は、子どものユニコーンの角かもしれない。
「うーん。書けるかな。子どものユニコーンの角かぁ」
「今日あったいろんなことを順番に、あの絵みたいに、少しずつズラして奇妙に書けばいいじゃん。そうするだけで物語になるんじゃね? おお、それならけっこう簡単そうだぞ。オレでも書けるかも」
「読んでみたいな、マカムラ君の物語」
「お、そうですか?」
「コラッ! 割り込まないでよ。今日はウチが書くの。マカムラッチは巨大クッキーでも作ってなよ。じゃあええと、スタートは角として、登場人物はウチらってこと?」
「あ、オレは出さなくていいぞ。すぐ殺されそうだし」
「うん。敵キャラで出すね。ふうちゃんはどうしよう。何役にしようか?」
「家来でいんじゃね?」
「ダメだよ、これふうちゃんの誕生日プレゼントだよ。リンリンが1番いい思いをしなくっちゃ」
ここでアドリブ書きの黒い先輩が助言をし、ハードルを上げた。
「あ、そうそう、物語はキャラクターの名前も重要だと思う。しっかり考えて、覚えやすくて愛される名前を与えてあげてね」
「砂漠の話はララでしたよね。あれは何でララなんですか? たしかに覚えやすいし、いい感じの名前ですね。さすがレエさん」
「ああ、あれは……ええと、ラクダのラから付けたんだけど」
「超テキトーじゃないですか!」
「テスト中で追い込まれてたから」
「ふうちゃんだから、ふうとかそのままじゃダメかな」
「うーん。ダメじゃないと思うけど、名前にひねりあれば、なんていうか物語にちょこんとカワイイしっぽがついて……ストーリーが勝手に動き出すんじゃないのかな。よくわからないけど」
「あはは! テキトーすぎるアドバイス!」
マカムラは笑うがあどは必死だ。
「じゃあ、ええと……子でもつけて……あ! プーコはどうですか?」
「プーコ、うん、いいね、音の響きもいいし、怒るとプーっとなっちゃう子、みたいなストーリーも浮かぶ!」
「ブーコでもいいんじゃない? すぐにブーブーいうキャラ」
「でもレエさん、あと一つ、巨大な問題が……」
「巨大な問題?」
「ウチ、文字を書くのが超スローなんです。1行に5分はかかるかもしれない」
「ふふ。こんなときのために、あたなには家来がいるんじゃないの?」
レエの紅い爪が流輝を指す。
「うぉ! オレ?」
「速いそうね、書くの」
レエの黒い唇が流輝を物語へと誘う。
「いい! 聞いた言葉を文字に書くの?」
「学校でもそうだったじゃん」
「あれは違うよ。感想文だろ。文を考えるのはオレだったけど、物語は無理。聞いたのをそのまま書くんだろ。字とか間違いまくるよ」
「さあ、はじめよう! マカムラくんはペンと原稿用紙。あどちゃんはこれを握って」
「え?」
ハムスタは金色のユニコーンの角をマイクのように握らされた。
「細かいところはあとで直せばいいから。まずはあどちゃん、浮かんできた物語を、ゆっくり、はっきりと言って」
「コエぇな、どんな話になるんだ」
「ウチ、大丈夫かな? ドキドキする。なんか……ウチの中にあるもの……ちゃんと外に出てきてくれるかな。思いっきり空っぽだったりして」
「あたしがあの木のマイクを手にしたとき、どんどんイメージがあふれて止まらなかった。だからあどちゃんも大丈夫。しかもあどちゃんの角は——」
レエは闇のような黒髪をかき上げた。
「ピカピカの、金色なんだから」
「は、はい!」
「じゃあ、行ってらっしゃい!」
花園あどは目を閉じた。真神村流輝はペンを構える。レエが部屋の照明を弱めると、金色のユニコーンの角に力が宿った。
ポニイのテイル★23★ 私の就職活動
タイトル絵、またまたみんなのギャラリーにあったTome館長のイラストを使わせていただきました。ありがとうございました。館長の絵、大好きです。そしてダリの絵、私の部屋にも飾り付けて欲しい!
私も就職試験を1度だけ受けたことがあります。大学の連絡や説明会なんて全無視、部活にもサークルにも入っていなかったし、学内に友だちも全然いなかったので、そもそも就職活動自体がどんなものかも知らなかった。
親が「卒業後はどうするのか?」と聞いてきたので、しかたがないので、ひとまず(そしてこれが唯一の就職活動になるのですが)通信教育で有名な会社の就職試験を受けました。
指定された会場に行くと、みんなリクルートスーツ(※リクルートスーツという言葉を知らなかった)。私はジャケットすら着ていなくて、シャツはポールスミスのさわやなかブルー。ネクタイは(たまたまだけど)していた。会場につくとみんなが私を見ていて、隣のヤツにいたっては初対面なのに上からの口調で、
「おい、上着、着ろよ」
と言ってきました。私は当然、
「持ってないよ」
と不機嫌に返答。
「なんで持ってないんだよ?」
「は? 暑いからに決まってんだろ」
「バカか?」
別にヘンな自分を正当化するわけではないのですが、強制もされていないのに、それぞれが好きな色のシャツを着ない、ましてやメチャクチャ暑い日なのに、そこにいるすべての人がそろいもそろって黒い上着を着ているのには本当にびっくりした。正直言って、今もびっくりしています。だからヴィンセント・海馬くんが、素でオレンジジャージを着てきちゃった気持ち、わかります。
個性的である自分ツエーとか、そういうことでは本当にぜんぜんなくて、これから仕事をしていくのに、自分の好きな服を自分で決められないということにまず心底驚いたし、なぜかわからないけれど、その後、静岡の三島本社の試験まで残ったのですが、作文を書いたり、長い話を聞かされたり、囲まれて面接をされたりして疲れ切ったあと、最後に言うことはないかと聞かれて
「さきほど後日、合宿があるって、おっしゃってましたが——」
「はい」
「それって、行かない方法はありますか?」
といってチーン。私としては、合宿が嫌いだし、大学のゼミ合宿もその空気に耐えられず途中で帰った経験から、自分には合宿はたぶん無理と判断、他に選考方法はないのか相談したつもりだったのに、
「ウチの会社、入るつもりあるの?」
と怒らせてしまいました。帰りの新幹線でぼんやり、でもはっきり確信しました。
「もう、いいや。小説家かサッカージャーナリストになろう」
しかしどうやって作家やサッカージャーナリストになるのかもわからず(※真面目に考える力がなかった)就職活動を一切しないままだらだらと大学を卒業。働かなくてはしかたないので、結局、不本意ながらも大手進学塾の塾講師のアルバイトに応募し、そこでも大小さまざまな息苦しさを覚え、周りの人に文句を言うくらいなら自分で全部やれって話だよなと気づき、2000年に独立、今に至るわけです。
幸い、良い生徒たちに恵まれ、塾も毎日たのしくやれているし、文章もずっと書き続けてこられている。なんだか自分の人生、夢なのか現実なのかわからない。あまりに都合よすぎる部分がある。
この世界はあまりにつながりすぎていて、ホントにすべてがつながり過ぎていて、もう過去が先か未来が先なのか、偶然なのか運命なのか、現実なのか物語なのか、見わけがつかなくてクラクラしちゃう
レエ館長、その通りだと思う。クラクラしながらも、そのときどきに抱いたビジョンやアイディアを、1つ1つ形にしていけばいいんだと思う。
迷いなく。表現のもつパワーを、物語のエネルギーを、ユニコーンの角のミラクルを信じて。
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