見出し画像

今夜殺す子どものリスト 『ポニイテイル』★16★

花園あど(ハナゾノ アド)
真神村流輝(マカムラ リュウキ)

「ドクターペッパーしかないけど」

スチールテーブルにグラスが2つ並べられ、炭酸飲料が注がれる。

魔女が差し出したタブレットには2人の名前が表示されていた。

「ウチらの名前!」

「なんでオレたちの?」

「これはね、あたしが――」

魔女は安どした2人をじっと見つめて、ジュースより冷たく言い放った。

「今夜殺す子どものリスト」

「きゃああ!」

「ウソウソ。もう、怖がりなんだから」

魔女はにっこり笑うが、少女と少年は笑えない。

「だ、だって」

マカムラは若干涙目で抗議する。

「初対面で、しかもそんな姿で、ギャグかまされても――」

ハロウィンでもここまで本格的な魔女はいない。

「さっきお嬢さまからメールがあったの。例の子たちが後をつけてきてるから、メチャクチャ怖がらせといてって」

「お嬢さまって……もしかして、ふうちゃん?」

「そう。ゴメンね、やり過ぎたかな」

「カンペキにやり過ぎです!」

「オレら驚かすために、わざわざ着替えたんですか?」

「ん? ああこれ? これは私服」

「仕事中じゃないんですか」

「そうよ。今日は午前0時まで」

「いつも、そんな格好なんですか」

「好きな服以外着られない」

「くそ、リンリンにはウチらの尾行バレていたのか」

「ああ! もう、わけわかんねぇよ。なんだコノ状況は」

「そうだ……ウワサと病気の調査だった! ええとまず、ふうちゃんは、ホントにお嬢さま?」

魔女はモニタの1つを指さした。カメラは鈴原風をとらえている。パソコンに向かって何か文字を打っている。エレベーターなどについている監視カメラとは違い、フルカラーの高画質で、すぐそこでキーを叩いているように見えるし、音声もクリアで、風がよくやる手の骨を鳴らす音も拾っていた。

「彼女は、この図書館を建てた、鈴原社長のお嬢さま」

「鈴原社長? っていうか、ここ、図書館なんスか!」

「入口は? ふうちゃんはどこから入ったんですか?」

「正面の壁にカードの差し込み口があるの。そこにカードを入れれば、すっと開く場所がある」

普通の図書館みたいにしていると、みんな入ってきちゃうから、わざと壁みたいな入口にしているそうだ。

「あの、ええと、魔女さま」

「魔女さま? あ、あたしのこと?」

「名前がわからないから」

「あ、ゴメン。あたしはレエ」

「レエさん、ええと、何から聞けばいいのかわからないけど……ココはふうちゃんの家なんですか?」

「家ではないけど、家みたいなものかな。だって彼女のお父さんが建てたんだからね。住むこともできるし、ときどき泊まってる。昨日も泊まったね。昨日というか今日は……朝までお菓子作り」

「ジャマイカクッキーか!」

「鈴原が大金持ちの娘ってウワサは本当だったか。なるほど、やっぱり師匠の言うとおりウワサはきっちり確かめてみるもんだな」

「そっか、ふうちゃん、塾行かないでここで遊んでるんだ」

「そりゃ、学校もサボりたくなるな」

「子どもの利用者はお嬢さまだけ」

レエはタブレットを手に取り、すばやく手を動かした。

「これを見て。ここの図書館は会員専用で、お客様には専用ブースが用意されるの。これが全体図」

タブレットに設計図のような画像が表示される。

「うおおおおお! スゲえ! 宇宙ステーションみたいだ!」

建物のメイン部分はクリスマスツリーのような形になっていて、それを四角い箱のような外壁がすっぽり覆うような構造になっていた。ツリーの幹の部分がエレベーターとらせん階段、枝の部分が通路で、枝先に大小さまざまなサイズのブースがあり、そのブースの中で利用客は読書をしたりパソコンで作業をする。そんな巨大ツリーをすっぽり覆っている壁の外側には、大理石のようなパネルが貼られていて外界から完全に遮断されているが、最上面のあたりはガラス張りで空がのぞく。ツリーのてっぺんはウッドデッキの展望台になっていて、エレベータでそこまで上がると見晴らしがいいとレエはツバメのようにスイスイと説明してくれた。

そして最大の特徴は、図書館なのに書棚がないこと。本はすべて電子書籍として、読みたい本がブースのPCとタブレットへ送信される。さらにそれを追って、読みたい本と関連性の強い書籍、最新研究データ、関連サイト、ホットな人物の名前が参考資料としてすぐさまブースへ配信されるという。レエの長い爪はタブレットをタッチするのに邪魔かと思ったが、小指をコンパスのような形にして、巧みに操作した。

「すごい。何だココは」

「うーん。何だろうね、ココ」

「ズルっ! 毎日こんなとこを使えるとか!」

「パソコンもやり放題?」

「それはもちろん」

「オレみたいな、小学生でも使えるんですか」

「月額利用料をお支払いいただければ」

「ちなみに、それっていくらですか?」

魔女は指をパーの形に開いた。

「五千円? 高っ!」

レエは首をふる。

「え? ま、まさか、五万?」

「ううん、五十万」

「ぐはっ! 月に五十万円?!」

「審査に通った人間だけが入館を許される」

「うおおお!」

「へぇ、すごいなぁ! こんな場所がすぐそばにあったんだ」

「でもここだけの話、ふうちゃんはね――」

いつもはお嬢さまではなく、ふうちゃんって言ってるんだけどね、と魔女は小さく首をかしげた。さらっと揺れるその長い黒髪は、あどに、妖しい物語にでも出てきそうな、黒い滝を思わせた。

「遊んでいるわけじゃない。毎日がんばってる。ああいうことは、ホントは大人が向き合うべきことなんだけど。さっきも帰るなりすぐにモニタの前に直行。誕生日なのに、そんな気分じゃないって」

「ああいうこと? ああいうことって何ですか?」

同性だからか、魔女にあどはハムスタのようにすっかりなついてユルユルだが、やせパンダはレエの顔がうまく見られない。周りの女性をすべて敵に回してボコされそうだが、こんなキレイな人、見たことがない。もったいないからまとめて拝んどけって話なのかもしれないが、マカムラはよくてチラ見、目を合わせるなんてムリ。そんな石化寸前な流輝へ、レエはその野生の猫のような眼を、スナイパーがターゲットに照準をあわせるかのように鋭く向け続ける。

「それぞれのブースで一人一人が何をやっているかは、この部屋からすべて確認可能。たとえばA1ブースの彼が今あそこでやっている作業は――コレ」

リモコンのボタンを押すと、6つならぶモニタの一番左端に、掲示板が表示された。A1のブースにいるのはサラリーマン風の、メガネをかけたもの静かそうなおじさん。おじさんは猛烈な勢いで画面に字を並べている。

「これは……東京の水の将来についてかな」

「あの……レエさん、いいんですか? こんなことして」

「こんなこと?」

「盗撮っていうか、盗聴って言うか。そのダブルか」

「おもしろ!」

「おもしろい? は? 花園、頭ダイジョウブか?」

やせパンダはタレ目を吊り上げた。

「向こうがやっていることを全部見ちゃって。オレ、メッチャ気分悪い。今すぐあのモニタをブッ壊したいくらい」

「レエさん、すみません、パンダのくせにデリケートなんです。尾行くらいでキレたり、カルシウム不足ってヤツですね。明日から牛乳、10倍飲ませます」

「うるせえ」

「ええとね、ここに来ている人はふうちゃんも含めて、あたしにすべてを見られることは了承済みなの」

「了承済み?」

「作業中の自分のパソコンの画面やブースの様子を、あたしがいつでも見てるって……それを前提に向こうは作業してるの。あたしに見られて困るようなことは、利用者が避けるから大丈夫。というよりね、誰かに見られている感を持って作業できることが、この図書館の特徴であり最大のセールスポイント。だからあたしは――」

魔女は眼を光らせる。

「みんなを、ここで見続けなくてはいけない」


ポニイテイル★17★へつづく

→ポニイテイル★最初のページ★へ

ポニイのテイル★16★

★noteでフォローしたたくさんの人たちのタイムラインをぼんやり本気で眺めていると、なんとなく管理人レエさんのような『ここで見続けなくてはいけないような感情』になります。逆にこうして書くときは、ぼんやり本気な視線、レエさんが言うところの『見られている感』を強く持つことができ、そのおかげで更新できているのかもしれない。

★塾を始めたばかりのときは、生徒がいなくて困っていたけれど、安定してくると今度は、伸びていく人数に対応しきれなくなった。『レトロ教室』時代は、自分1人に対して60人。自分のキャパがわからず仕事を引き受け、さすがに多すぎで、何か月もぜんぜん休めないし、やることが山積しすぎて過労で倒れる寸前だったし、10分の道のりを歩けずタクシーにのったり、授業中にトイレで吐いたり。だからわざと『図書館みたいにしていない図書館』があるのはわかるし、今の私の『秘密基地教室』は生徒数は半分、こっそりやっている。ありがたいことに健康で毎日楽しくやれているが、手放しで良いこととは思えない。

★18年もやっているのだから、飽きていないはずはない。新しいことができそうでできないのが不満でもある。休まずにただ在り続け、身近な人と幸せな時間を感じられていることは、本当に幸せなことだが、飽きと不満をやり過ごせない。そのくせ『新しいこと』に対して、自分がどのくらいの時間とエネルギーを割けるか想像がつかなかった。

★今日は近所にできたばかりの新しいプール施設に行って、午前中はさんざん泳いできた。スポーツの中で泳ぐのが1番嫌いで、高校卒業後は、遊び以外で2度とプールに入るかと思っていたのに、去年の3月からときどき子どもとトレーニングの一環で入っている。50m泳ぐことでどのくらい疲れるか、何秒かかるかなんて想像もつかなかったが、ようやくちょっとつかめてきた。一緒に始めた頃は25mも泳げなかった息子だったが、今日は500mも足をつかずに泳ぎ切っていた。

★チャレンジしたいんだったら、時間とエネルギーの見積もりを見誤らないようにしなくちゃ。そのために少しのことを細かく続けていこう。この手に入れ自分のブースで、ツリーを建てられる技術と精確さと根気を養おう。たくさんの姿をしっかり見ながら。誰かにどこかで見てもらいながら。

読後📗あなたにプチミラクルが起きますように🙏 定額マガジンの読者も募集中です🚩