落ちているものや浮かんでいるものは、ひとまず拾うことにしています 『ポニイテイル』★24★
* * *
彼女たちの住む町のはずれには、黒い水が落ちる大きな滝があります。
通称ブラックフォール。
プーコによると、この滝はとてもくさい匂いがして、うっかり近づくと黒竜が現れて、子どもを捕まえて食べてしまうという話でした。黒竜は長くて鋭いその牙で子どもを震え上がらせ、身動きできなくなったところでガブリと噛みつき、丸のみして跡形もなく消化してしまうそうです。
「ブラックフォールのほとりの草むらにはね、子どもたちのランドセルやクツがたくさん落ちているんだって。あどちゃん、ゼッタイに行っちゃダメだから」
その話をあどが聞いたのはだいぶ前のことで、あどはすぐさま滝に行ってみたいと思ったのですが、何日かたつと、ウワサはなんだか全体的にウソっぽく思えたし、町はずれまで歩いていくのも面倒なので(あどは自転車に乗れないのです)ブラックフォールや黒竜のことは忘れることにしました。嫌なことや怖いことをきれいさっぱりと忘れてしまうのは、あどの数少ない特技の1つなのです。
ところが誕生日が迫って来た日曜日、7月4日の朝のことです。
あどは目を覚ますと、なぜだか突然、
「今すぐブラックフォールに行きたい!」
という気持ちにかられました。これほど今すぐどこかへ行きたいと思ったことは、今すぐトイレに行きたいと思ったときを除くと、一度もありませんでした。
「ひょっとして、これは黒竜がウチを誘っているのかも!」
運命を感じたあどはさっそく冒険の支度を整えて、張り切って家を出ました。久しぶりに血迷って顔を洗っちゃったくらいです。防水のデジカメもちゃんと首からぶらさげました。
とちゅう3回くらいしか休けいしないで、あどはひとり、7月の暑い一本道を歩きつづけ、ついに町はずれのブラックフォールにつきました。あどはまず、ブラックフォールのてっぺんに行って、高いガケの上から真下を見おろしました。滝の水はたしかに黒いけれど、くさくはありませんでした。くさいどころか、あまい黒みつみたいなにおいがしました。手にすくってみると、ベトベトしていて、なめるとあまくて、冷たいお茶が飲みたくなり、とてもこまりました。
このブラックフォールのてっぺんから下をながめると「誰でも黒竜にさそわれて、滝へ飛びおりたくなる」なんてウワサでしたが、そんなことはぜんぜんありませんでした。あどはためしに、そばに落ちていた大きな石を持ち上げて、滝の下にエイッと投げ落としてみました。石はみるみる小さくなって水の中に消えてしまいました。
「黒竜、いるの! いたら3秒くらいでいいからその顔を見せて!」
さけんでみましたが、黒竜のかわりに、そばにいたセグロセキレイたちがチチチとかわいらしい声で鳴くばかりです。頭上にひろがる空はマヌケなほど青く「もうすぐ夏休みだよう!」とうかれているような明るさでした。いくらレアな黒竜にたのまれても、こんなに高いガケから、しかも意外とのどかで気持ちよいところから、飛びおりる気にはなれません。
そのあとあどはガケ下へおり、滝のほとりの草むらに行きました。
『立入禁止』『あぶない!』という大きな看板はあったけれど、プーコへのおみやげにしようとたくらんでいた『子どもたちのクツ』や『ランドセル』なんて、ひとつもありませんでした。
しかたがないのであどは竜を撮るつもりのカメラで、あたりに落ちていた石ころの写真を撮っていました。石ころの中には人や動物の顔に見えるものもあって、そこそこおもしろいからです。プーコにそっくりな石もあって笑えました。
とはいえ、石ころの写真撮影なんて、4ギガを使いきるほど夢中になれるおもしろさではありません。あどはとちゅうから撮影がつらくなってきて、最後の1枚の石ころの写真を撮り終えたとき、すっかりイヤケがさしていました。
もう石ころなんて見たくない。竜が見たかっただけなのに。最後に写真を撮った自分の顔にそっくりの石は、滝へ思い切り投げつけました。日曜日が完全にムダになったと思いました。
そのときです。
滝つぼのふちに、何か、金色のぼうのようなものが浮かんでいるではありませんか! あどは落ちているものや浮かんでいるものは、ひとまず拾うことにしています。それが金色だったらなおさらです! 金色のぼうはエンピツくらいの長さで、まき貝のように、ぐるぐると先たんにむけて細くなっていました。絵本でさんざん見たことがあったから、これが何かは一発でわかりました。
「こ、これは……」
それはさわらないときは金色なのに、手に持って空にかざすと、とうめいになります。
「ユニコーンの角!」
ベタベタの水に浮かんでいたはずなのに、ちっともよごれていません。特別な材質なのでしょうか。ユニコーンの角はきれいなだけではありません。角を手にしていると、頭のおくの方から、とても気持ちよい波が押しよせてくるのです! その波につつまれていると、なんというか……自分の頭がとてもよくなったような感じがするのです。
あどは急いで一度も休まずに家に帰ると、なんでもノートをひっぱり出し、左手にユニコーンの角を持ちながら、右手にペンを持って動かしてみました。
するとどうでしょう! 文章がスラスラと書けるのです!
頭でものを考えた瞬間、右手がノートの上をスルスルと竜のように動いて、空想の物語なんていくらでも書けるではありませんか。ユニコーンの角を手にして、気持ちをしずめてぐっと頭に力を入れればすぐにわかります。ぜんぜんちがう人の頭になった感じがするのです!
* * *
「ふぅ」
あどはユニコーンの角を丸太のテーブルへ置いた。続いてマカムラもペンを置く。
「あどちゃん、な、なに? 今の」
「ん? ええと……なんだっけ? そうそう『ポニイテイル』っていう物語」
「ポニイテイル?」
「ユニコーンが教えてくれた」
「全部、今、考えたの?」
「うん。そうです。でも考えたっていうか……」
「こんなに……長い話、しかもちゃんとした文章になってる!」
マカムラは薄暗い明かりの中、必死に書きつけた原稿用紙をめくる。
「なんかね、絵本みたいに絵がくっきり浮かんだ。知らない言葉も、ユニコーンの力がどんどん引っ張り出してくれる感じ。ウチはユニコーンの背中に乗ってるだけ。ああ、気持ちよかったなあ~」
「おい、なんで落ち着いてるんだよ。見ろよコレ」
やせパンダは原稿をハムスタの丸い鼻先に突きつける。
「おまえ、こんなに書いたんだぞ!」
「書いたのはマカムラッチでしょ」
「そうだけど、言ったのは花園だろ。すげえ!」
「だって、ウチの頭の中にあったものが、ただ外へ出ただけだよ」
「すごいよ! だってあどちゃん、全然文章書けなかったんでしょ」
「あ、はい」
「どうしたの? 嬉しくないの?」
「でも、ユニコーンの角の力って、最低この位はなくっちゃダメだと思います。そうじゃないと……スゴくない。レエさんの棒のマイクもこんなもんじゃなかったでしょ?!」
「え? どうだろう」
「なんつーか、花園は……もっと、ずっと信じてるのか? ユニコーンの角の力を」
「あは! 何をいまさら」
ハムスタはけらけらと笑った。
「マカムラッチ! ユニコーンの力はずっとスゴいはずでしょ。ウチごときが物語を書けるようになるくらいじゃ、ショボ過ぎるよ。でも、一応、ちょっとは書けてよかった。レエさんもホントにいろいろとありがとうございました! ひとまず今日誕生日だし、コレ、今、ふうちゃんに渡して来ます。今、リンリンは何してんのかな?」
レエのタブレットに、風のブースの様子が映し出される。
「んんん?」
「コレは完全に――ぐっスリープ」
「落ちてるな」
「朝までクッキーやってたから、疲れちゃったんだろうね」
「じゃあコレ、明日、学校で渡します。レエさん、明日もココに来ますね」
「うん。なら、下まで送るね」
「お願いします! あのキョーフの廊下、クモとか出たらヤバいし」
「あの裏口はあたしでも実はちょっとコワイ。帰りは正面から出なよ」
「おう、花園、それじゃあ、またな」
「は? マカムラッチは戻んないの?」
「オレはね、しばらくこの城で暮らすよ。おっし、調べまくるぞ!」
「ふーん。そっか。じゃあね」
「おう」
「でも学校は来てね。リンリンみたいにサボっちゃダメだからね」
「わかった。そのうち行くよ」
「そのうち? そんなこと言ってたら、マカムラッチも病気になって頭デカくなっちゃうよ?」
「オレはなんねーよ」
「ていうか、ブラさんと約束してたでしょ、明日がどーのって」
「あ、そうだった!」
「あと、寮長さんに心配かけるなって言われてたじゃん」
「んんん」
「ああ、でもなんだか今日一日でかなり……」
あどは真神村流輝の手にそっと触れた。
「ウチらのボッチ度、下がったね」
「……」
「マッキー、ウチの家来でしょ。やっぱ、いっしょに帰ろ」
真神村流輝はあどの手を強く握り返す。
あどのまるまるしたハムスタ的な12歳の手は、流輝のカッコつけた中学生みたいな手よりも、ずっとずっと小さかった。マカムラは、手首に巻かれている、自分のために自分で作ったミサンガをいきなり引きちぎった。
去年の誕生日とは違う。オレはガキじゃない。
ねぇちゃんと同い年なんだ。
真神村流輝はブラさんの言葉を思い出す。
「わかった。そっか。これがウワサの――」
「ウワサの?」
「――心のタイマツに火がともった感だな」
「あは!」
ハムスタは丸い鼻をゴシゴシこすってマカムラになすりつけた。
「うぉ! なんだよ! きたねぇな!」
花園あどはニタニタ笑って、ボッチ度が下がったマカムラへ告った。
「なんだかドキドキしてきたよ」
ポニイのテイル★24★ 花村萬月さん方式
今回のあどちゃんのように、私も物語をほぼ一筆書き、という経験があります。ポニイのテイル★2★(『ポニイテイル★02★』の編集後記)にも書きましたが、2011年2月末、私はとある文学新人賞に向けて小説を書いていました。
まるまる執筆のみに使えた3日間のうち、最初の1日は何を書こうか悩んでいるうちに時間を消費、1日目の終わりにようやく書き始めたものの、なかなか進まず2日目は一進一退。3日目に入り、締め切りまで残り6時間くらいになってしまったのに、ページ的にも物語のスケール的にも、おそらくまだ半分くらいの地点。物語の先がぜんぜん見えない。終わりどころか、まだ話は始まったばかりにすら思える。
もう投稿するのは無理だ。募集要項の原稿の枚数から計算すると・・・あと6時間で3万文字くらい書かなくてはいけない。
それまで物語を書き始めたのに最後までたどりつかなかった、締め切りに間に合わなかった経験は一度もなかったのですが、そのときは初めて書くことをあきらめました。
今までの人生で、あきらめた経験がなかったので、すごく新鮮で自分にびっくりして、笑っちゃったことをよく覚えています。「うわ、自分いま、心底あきらめたね」って。
そのとき、私はまる2日まともな物を食べていなかったのでコンビニへ行きました。そしてコンビニで会計をしてもらっているとき、ふと物語のラストシーンっぽいものが浮かびました。今の地点から、そのシーンにたどり着くまでには、果てしなく遠いことは感覚的にわかったのですが、もうラストが見えたので書けないわけではないはず。
文学賞の選考は締め切り厳守だという話だったので、ダッシュでパソコンの前に戻ると、6時間手をずっと動かしっぱなし。もう少しでも前に戻ったり躊躇したりするわけにはいかなかったので、頭に浮かんでいるものを描写し続け、物語の序盤あたりから後ろ、字数計算でいうとおよそ3万字を一筆書き、無事(?)投函しました。
そんな一筆書きが、文学新人賞の最終選考に残っていて、人が読んでもある程度意味を成している状態になっていたことに驚きました。
本当に物語は一筆書きで書けるんだ。
花村萬月さんがブビヲの部屋で「新人は物語を最初から最後まで、一文字も直さず書け」というアドバイスをされていて、その助言にしたがい短いのをいくつも書いていたので、このときが初めての一筆書きではなかったし、正確に言えば、まる2日悩んでいたので、全部を一筆書きしたのではなく、半分だけだけど、この経験は大きな自信になりました。こういうことがあるんだって。
連載を始めた海馬くんは、一筆書き方式のミニ版です。家事を2時間くらいしながら、忘れていた面白い夢を思い出す感覚で頭を働かせ、そこでは一切文字を打たず(上の文学賞に苦戦したときの初日、2日目状態)、くっきり見えた(思い出せた)場面をイラストにして(ここに時間がかかり過ぎるが、今は仕方がない)、あとはまとまった1時間を用意して、文字として出力という手順です。
『ポニイテイル』と『ヴィンセント・海馬くん』、アップが混ぜこぜになってしまいますが、もうちょっとしたら、出力1時間が定期的にできるので、そうすれば、それぞれを自分が決めた時間に、毎日アップできるのかな、と予想しています。
タイトルのイラストはみんなのフォトギャラリーからお借りしたTome館長の作品です。今日のも大好きです。ありがとうございます!
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