それは物語の約束事なのです『ポニイテイル』★74★
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「わあ! なにそれ! おもしろい!」
「これは詩です」
「詩? ねぇ、その詩、今思いついたの?」
「はい」
「ウチにも詩、つくれる?」
「もちろん。だってあどちゃんはあのお母さんのパワーを継いでいるじゃない」
「お母さんのパワー?」
「あどちゃんのお母さんは、すばらしく勇気のある詩人だったから」
「詩人?! ウチのお母さんが詩人?」
「架空動物の子どもたちの間では、大人気だよ。たくさんの面白くてかわいくて素敵な仲間をしっかりくっきり思い描いてくれる。現実革命からこの世界を守ってくれるスーパースター」
「ウチのお母さんが、スーパースター?」
あどは、生まれてから一度も会ったことのない母親を想像して空を見上げました。そこにはたべすぎたあとのあどのような、スーパームーンが優しく現実世界を照らしていました。
「追いかけましょう、あどちゃんは屋上でペガからあの翼をもらうんです」
「でも、どうやって屋上へ行くの? もしかしてユニも空を飛べるの?」
「飛べません」
「じゃあ、どうやって」
「あどちゃんはチョコレート好き?」
「もちろん! チョコレートがきらいな子なんているわけないじゃない!」
「そこのカベの、いちばんきれいなところをペロってなめるのです」
「どこを?」
「そこを。予習したデータによると、そこをなめれば屋上の入り口に行けます」
「おーっと。ふふふ。あぶないあぶない。まただまされるところだったよ。ユニ、どうせ、なめるとさっきの金色スープみたいにマズイんでしょう。ああ、思い出しただけでマズイよう」
「あれほどマズくはないでしょう。よく見てください、そのおいしそうな色」
ブラウンに甘く光る図書館の壁は、たしかにおいしそうです。
しかもあどは長い時間何も食べていません。
「ここをなめると、上にいけるの?」
「はい。スペシャルな仕組みです」
「うそじゃない? おいしい?」
「ほら、いそがないと、おいてかれるよ」
あどは、目をつぶってペロッと壁をなめました。
「マズーーーーイ!」
あどの叫び声を地上に残して、少女とユニはまとめて、ブラウニー図書館の屋上にひっぱり上げられました。引き上げてくれたのはもちろん——生まれつき鼻の長い、本物のハナロングロングゾウです!
あどとユニコーンがすごい速さで引き上げられた一方で、プーコとペガはゆったりと星空を舞い上がっていました。
「すごい! ペガ、ほんとうに飛べるんだ!」
「少しは見直した?」
「少しどころじゃないよ、すごい! すてき!」
「ボクと空を飛んだこと、ちゃんと忘れずに自慢するんだよ!」
「うん! 幸せ! 夢みたい」
「良かった。喜んでもらえて。あ、喜ばせなくちゃいけないのは、プーコじゃないほうか」
プーコは昨日の夜に『ポニイテイル』で読んだばかりの、いくつもの悲しい場面とペガのセリフを重ねてしまいました。どのお話でも、ポニイと出会えた幸せな少年、少女はみんな、すてきな時間をすごします。いつも空想していた世界が、ほんとうにほんとうの現実になったのですから幸せにきまってます!
でも最後に必ずポニイたちは子どもたちとお別れをしなくちゃいけません。それは物語の約束事なのです……。
窓から現れた銀色のポニイ。もうすぐお別れしなくちゃいけない。おとなになったポニイは、『記憶のすべてをすっかり忘れてしまう』そうです。じゃあポニイと出会った子どもたちのほうも、楽しかった記憶を、何もかもきれいさっぱり忘れてしまうの?
「今日のこと、大人になってもぜったいに忘れない。ありがとう、ペガ。最後の力をふりしぼってくれて……」
空から見下ろした自分たちの育った町。
こんなに美しかったでしょうか。あどちゃんとたくさんの時間を過ごした学校のバルコニーが、月明かりに照らされています。
「べつにこれは最後の力じゃないよ。オレ様はね、このあとおとなになったら、どこかに国を作るんだ。何て言うの? お前こそが王様です的な運命が待っているんだろうね」
「へえ! 国を作るとかすごいね。どんな国かな?」
「そんなのわかんないよ、作ってみないと」
「それはそうね。がんばってね」
「がんばらないよ。ああ、あまりがんばんなくてもいい国がいいな!」
「じゃあ、わたしもその国へ行く!」
「うん! そのときはケライとしてそばにおいてあげる!」
金の角と銀の翼を持つポニイが、少年の待つ屋上にやってきました。クラスメートのあどちゃんとプーコもいっしょです。ミヤコがハレーの頭の中でそっとささやきました。
「わたし、今思ったんですけど、あのふたりにお願いしたらどうですか?」
「何を?」
「わかっているくせに」
「わからない。何を——」
「ほら、親友になってほしいってお願いするんです。ハレー少年と宇宙へ行くのはあの二人がぴったり。調べましたよ。三人は転校しないで、あなたと同じ、人間と動物が自由に通える学校に行っていたんでしょう。人間のほとんどがやめた学校なのに、あなたは最後までやめなかった」
「それは誤解だよ。ぼくは小学校なんかぜんぜん行っていなかったんだよ。正直、休んでもおこられないラッキーな学校だと思ってたくらいなんだ。学校へ行ったときだってわざとひとりになろうとしたし……それを自分がテストだから、お願い、親友になってくれだなんて、ずうずうしい気がする。いや、気がするじゃなくてずうずうしい」
「ずうずうしくてもいいと思います。お願いすべきです」
ミヤコはきっぱりと主張しました。
「わたしだって、手ぶらでずうずうしく押しかけました。あなたはそれを受け止めてくれました。それにハレー少年には、ぜったいに実現しなくちゃいけないことがあるでしょう。毎晩、うまくいくように祈っていたじゃない」
ミヤコは銅のひとみをくりくりさせていいました。
「空からでも、この星の子どもたちのことはよく見えます」
架空動物は西の空高くにすんでいるのだそうです。
「ましてや宇宙からなんて、あなたの姿はきっとよく見えているでしょう」
「キミは——ぼくの両親のこと、知っているんだね」
「たくさんの不思議と秘密を知っているユニコーンが、そっと教えてくれました」
「宇宙からじゃ、ぼくらなんて小さすぎて見えないよ、きっと」
「そこはハレー少年らしくたしかめてみるといいです」
ミヤコは銅色の瞳を静かに閉じて、かたくてつやつやした鼻をハレー少年のほほへそっとこすりつけてきました。
「親友と確かめてきてください。宇宙からこの星がどう見えるか」