高原通信【修行編】6月
お客はわかってくれる(はず)
「負け犬になっちゃいけない」
農園主が私にいつも投げかけてくる言葉の一つ。
お客のことを考えず、農協の規格に通すだけの労力しかかけない作り手になってはいけないという戒めの言葉。
甘くて全身赤いサクランボを作るには。
この農園では、限界まで葉っぱを残してサクランボの熟成を促し(糖度20度以上)、苦労してシルバーシート(太陽の反射を利用する)を地面に張り巡らせて、葉っぱの影に隠れているサクランボにも全身の赤色化を促している。しかしながら、サクランボを赤くするだけなら、木の葉っぱを大胆に切ってサクランボを太陽に直接浴びさせれば良い。しかしながら、これでは光合成量が足りなくなるので、少ししか甘くならない。農協は赤色と大きさしか見ないので、規格を通すだけならこういう作り方もあるのだ。
そしてサクランボは新鮮さが命だ。
サクランボの香り、玉の張りと弾力、新鮮な甘さが生きたままお客様に届けられるように、この農園では早朝収穫したものを当日発送し、翌日にはお客に届けている。農協に収穫物を一括で卸すと、収穫日から最速でも4日以上経たものしかお客様には届かない。
現状の農業の仕組み(農協の存在の負の側面)では、作り手が楽をすればするほど、美味しい物はお客に届かないようになっている。だが、手をかけることを厭わず、手を抜かずにやるべきことをちゃんとやれば、必ず解ってくれるお客がいることを農園から教わり、実感しました。ていうか、都会での仕事も同じだったけどね。
お客が決まった後は
農園主から「お客は誰?」と難問を突き付けられていたが、とりあえず今はまだ決めかねている真っ最中なので、この農園主の農場を例にとって考えてみたいと思う。
この農園では、サクランボ販売開始一週間前から電話は一日中鳴りっぱなし、農園の販売所に申込書をわざわざ持ち込みに来るお客が、毎日ひっきりなしである。彼らは一体どういう人たちなのか?販売所にやって来るお客を見ていると、レクサスやベンツ等富裕層が乗る車に乗っている。
彼らは何を求めてやって来るのか?
それはこの農園の”売り”である、「大きくて赤くて甘い」サクランボである。でも、それだけなら三越や伊勢丹で同じようなものが買えるはず。なぜわざわざ交通の便も良くないここまでやって来るのか?
それは、新鮮で安いからだ。
1Kg2万円のサクランボが安いとはおかしな話だが、百貨店で買えば倍近くの値段で、そんなに新鮮でないことをお客は知っているからだ。
この農園は富裕層をメインターゲットにし、「値段が高くても、特別美味しい物を少量食べたい」というニーズを満たそうとしている。そして、こういうご高齢の富裕層の客はインターネットが使えないので、今でもFAX,電話、郵便、店頭販売が注文のほとんどを占めている。このような受発注オペレーションは現場がとても煩雑になるが、人を張り付けて対応している。
商品のサクランボの作り方自体も、お客のニーズを満たすために日々品質(大きくて赤くて甘い)を極めようとしている。今でもサクランボの木を枯らしまくっているのだ。下手だから枯らしているのではない。サクランボの木を甘やかして水や肥料を沢山与えていると、枝と葉ばかり成長し、サクランボの実は大きくならない。サクランボの木自身が“やばい、枯れそう、子孫を残しておかなきゃ”というスイッチが入るまで水と肥料を抑え込む。この見極めが非常に難しく、限界を超えると木が枯れてしまうのだ。
このように、この農園では栽培から販売までの全ての活動が、徹底してお客が望む価値(大きくて赤くて甘い)を提供することに集中している。
私もお客を決めたら、どのような価値(甘さ?大きさ?色?香り?)を作って、どのように提供(お店?通販?ふるさと納税?農協?)していくのかを決めなくてはならない。しかしながら、この農園のような何十年もかけた完成形の現場(農場と販売)を目の当たりにすると、自分はこのレベルの農園と販売システムを築いていけるだろうか?と途方に暮れる。しかし、こういう時こそビビらず、自分なりの完成形へのアプローチを一歩一歩考えるしかない。なんてカッコいい事書いてても、正直ビビってます。
今年は不作
サクランボの全収量調査を終えた後ぐらいから、農園主の機嫌が悪い。私に対する表情や態度にはあまり出てこないが、口調や作業指示にイライラ感が随所に出てくる。農園主が言うには、今年は例年に比べて4割減の収量予想とのことだった。(ちなみにこのレベルの不作は30年間で2回くらいしかなかったそうです)落ち込んでいる農園主には悪いが、「じゃあ、今年は赤字っすか?」と私が意地悪な質問を投げかけると、「嫌なこと聞くね。」と素気無く答えてくる。
農園主:「そもそもサクランボのコストの7割は収穫時の人件費だから、収量が少なければ人件費減らせばいいから赤字にはならないんだよ。」
私 :「でも、手元に残るお金は去年より4割減ですよね? 来年の投資計画狂うんじゃないですか?」
農園主:「こういう時は保険を使うと過去5年間の売上の平均から90%の額までは補償してくれるから心配はしてないけど、保険なんか使わなくっても大丈夫だよ。だってサクランボ以外の果物が今年は豊作だからね。結局手元に残る金額は1~2割減くらいじゃないかな。」
農家の不作の年に対するリスクヘッジはこのように、保険+多品目栽培で構成されている。相当大規模でもない限り、1種類の作物だけを栽培している農家は実は多くない。桃+メロンとか栽培品目を変えて、各品目の天候変化のリスクを減らし、なおかつ収穫時期をずらすことで労働力の分散をして、売り上げの確保を狙う。
一般のビジネスと同じで、農業でもリスクヘッジしないと経営は安定しないようです。
収穫開始!
収穫のスケジュールは、朝6時から12時(最盛期は5時から12時)まで農園に入ってサクランボを捥ぐ。脚立を上ったり下がったりしながら上下の木の枝を移動し、ひたすら捥いで収穫する。農園主が指示した木を12時までに捥がなくてはいけないので、結構必死に捥ぎまくる。
それが終わると、集配所にサクランボを持ち込み、選別機で大きさの選別(M,L,2L,3L,4L、それ以上)する。選別されたサクランボは、まずはそのサイズごとに集められ、そこから贈答用に形と色が綺麗なサクランボが選別される。そしてさらに販売サイズ別の重さ別(300g、500g、700g、1㎏)に分けて箱詰めし、宅配用にパッキングし、倉庫に集める。
たったこれだけの作業なのだが、やたら手数のかかることばかり。サクランボというのは、カビが生えていたり、割れていたり、一部腐っているものが含まれる。収穫時、選別時、贈答用選別時、箱詰め時にそれぞれ1個ずつ神経質に目検で確認し、取り除かないといけない。
去年、たった1人のふるさと納税の顧客が、自分のところに届いたサクランボを一個一個サイズを計って、頼んだサイズより小さい物が混入していたとクレームの電話があった。私が農園主ならこういうクレーマーは取り合わない。しかし、ここは高級品を取り扱っている自負があるため、できる限り対応しようと、選別機を通した後でも目検でサイズを確認しながら小さいものは弾くように追加のオペレーションを入れている。
朝は農園を駆け回って収穫し、12時から13時まで選別機の前で選別し、その選別結果を各箱詰めチームへ運搬し、13時から15時まで箱詰めし、その後16時までパッキングを行うという地獄のような日々が始まった。
これがあと30日続くのか。。。。
6月のサクランボ
6月はサクランボの赤色化と熟成を行い、それと並行して販売の準備も始まります。そして準備ができ次第、収穫が始まります。
・日焼けシート(シルバーシート)張り
パートのジジババ軍団が最も忌み嫌う仕事。それがシルバーシート張り。広大な農園のサクランボの木の下に銀色のシートを張り付けて回るというとても地味な作業。地味なうえに、立ったり座ったり腰をかがめて移動したりと体の負担が大きいうえ、シルバーシートの太陽の照り返しによりサウナぐらい暑い中で汗だくの作業となる。
しかし、このシートがないとサクランボが全身赤くならないため、この農園のサクランボのブランド維持にはとても重要な作業である。私はこの農場に来て、初めて作業のつらさに愚痴が出たほどだ。二十歳の研修生は、エナジードリンクを飲みまくりながら、サボりながらやらないと体を壊しそうと動かず、25歳の農業に興味があるボランティアは、この作業の初日に「用事がある」といって途中で帰ったきり、2度とボランティア戻らなかったぐらいキツイ。
・販売準備
サクランボを店頭で販売し、宅配でも販売するために、現倉庫をお店兼パッキング&配送センターへと変化させる。お客さんが来て購買できるスペースを確保し、その裏では収穫したサクランボを選別機で選別し、箱詰めし、パッキングするという作業を行う場所も確保する。これらのスペースを確保するために、倉庫内の物の大移動を始める。くそ狭く薄暗い倉庫の中を一日中重い荷物を背をかがめながらものをあっちこっちに移動させるのは、めちゃくちゃシンドイ。ていうか、こんなことサクランボ研修生の俺にやらせんなよと思いながら、頭をパイプにぶつけながらイライラしながら移動し、何百という出荷箱作りもしています。
さあ、本収穫へGo! 7月号へと続く。
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