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だから今日もメイクする

 “もしかして、わたし、ブスじゃないのかも”
 鏡に映る自分を見て、おそるおそるそう思ってみたのは、24歳の春だった。
 10代の頃、容姿に自信がなかった。きっかけは、今も覚えている。男子の、女子の容姿に対する、品定めを立ち聞きしたのだ。「あいつはブス」「あいつはスーパースペシャルブス」…耳に飛び込んでくる心無い言葉は、容赦なく胸を刺した。そこで、自分の名前が挙がることはなかった。しかし、「自分たちは、品定めされる側なのだ」という悔しさは、彼らへの憎しみと共に、深く心に刻まれた。
 大学生になって、メイクをするようになった。この自信のなさを、少しでもなんとかしたい、という思いからだった。それでも、「こんな自分が装うなんて」という思いは、常に胸に巣くっていて、思い切ったおしゃれはできずにいた。例えば、デパコスが買えなかった。家の近くに百貨店があるのに、わざわざドラッグストアでプチプラコスメを買った。少しはましになった気がするものの、鏡の中の自分を、「良い」だなんて思えなかった。
 殻を破って、本当にしたいメイクをしてみよう――そう思えたのは、大学を卒業してからだ。何をするにも自信が持てなくて、そんな自分に限界を感じていた。敷居の高かった百貨店の、コスメカウンターに足を踏み入れた。ファンデーション、パウダー、アイシャドウ、マスカラ…雑誌やネットで見た憧れを、少しずつ手に入れていった。同時に、メイクも変わっていった。ベースはきっちりと作りこみ、ポイントメイクもしっかりと施した。せっかく、素敵な品を買ったのだから。最初は、そういう思いからだった。遠慮がちにしていたメイクが、本来の濃さで肌に乗るようになってから、ある日突然、気づいた。
 わたしは、醜くない。
 いつのまにか、メイクの腕は上達していた。メイクが変わるにつれ、顔の表情も変化した。目ははっきりと見開かれ、自然と口角があがる。俯いて話す癖が治ってきたのも、この頃だ。相手の目を見ることができる。同時に、言動も変わっていく。言えなかった言葉が、はっきり言えるようになる。
 わたしは、メイクのおかげで、一度損なわれた自尊心を取り戻したのだと思っている。心の深いところに押し込めていた、喜びや怒り、様々な感情を、メイクはわたしの外側に解き放つ扉だった。
 もう、わたしの周囲に、容姿について心無いことを言う人はいない。もしいたとしても、わたしの目につくところでは言わない。自尊心のある人間を、周囲は相応に扱うのだ。
 だから、今日もわたしはメイクする。取り戻した自尊心を手放さないために。本来の自分であり続けるために。わたしが、わたしであるために。おばあちゃんになったって、続けていこうと思うのだ。


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