みんなの服【ショートショート】
N氏は、ファッション業界では名の知れた凄腕コーディネーターだった。彼の外見は派手で、蛍光色のスーツに羽の生えた奇抜な帽子がトレードマーク。しかし、そんな彼が提供するのは、どこにでも売っているようなシンプルな服だった。派手なファッションを期待して訪れる人々は、彼のアドバイスに驚くことになる。
「ファッションは、自己表現よりも、その人自身を引き立てるための道具なんだよ。」
そう語るN氏のもとには、今日も多くの悩める相談者が訪れていた。ある日のこと、40代の男性がやってきた。彼は平凡なサラリーマン風の出で立ちで、少し緊張気味に口を開いた。
「職場での印象を少しでも良くしたいんです。でも、ファッションなんてよくわからなくて…。」
N氏は一目で彼を見極める。そして、何の迷いもなく言った。
「白いシャツに黒いパンツ、それだけで十分です。」
男性は一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに深く頷いた。彼が思い描いていた「おしゃれ」とは、何かもっと特別なものだったに違いない。しかし、N氏のアドバイスは実にシンプルだった。
「サイズの合ったシンプルな服装が、一番印象に残るんです。特にあなたのような方には、それがベストです。」
男性は納得し、店を後にした。
次にやってきたのは、大学生の女性だった。派手なファッション雑誌を手に持ちながら、眉をひそめている。
「雑誌を見ても、どれが私に似合うのかさっぱりわからなくて…。」
N氏は再び一瞥しただけで彼女の悩みを見抜いた。そして、先ほどと同じように言った。
「あなたには、白いシャツと黒いスカート。それだけで充分ですよ。」
彼女は不思議そうな顔をしたが、試しにそれを着てみたところ、自分の新たな魅力に気づいたようだった。
「本当にこれだけでいいんですか?」
「ええ、特別な装飾は不要です。自分に合った服を身に着けるだけで、自然と自信が生まれますから。それに…」
N氏は彼女の首飾りに触れて一言
「大事な人に貰ったんでしょう…このアクセサリーが一番目立つ服装が一番いいですよ」
N氏の言葉に納得した彼女は満足そうにして帰っていった。
こうして、N氏は次々とファッションに悩む人々に「普通の服」を勧め、そのたびに驚かれ、感謝された。
とある日、N氏はテレビ局のインタビューを受けることになった。インタビューアーの女性は目を輝かせながら質問をする。
「N氏さんは大胆なファッションを纏いながら、シンプルな服装でコーディネートを行うというギャップをお持ちです。このルーツはどこにあるのでしょうか?」
「人には人のスタイルがありますので。皆さんが、好きな服を進めているだけですよ。」
N氏はインタビューに対しても笑顔で答えていった。
一日の仕事を終え、帰路に着く。普段N氏が働く都内から大きく外れた田舎町のとある一角に彼の家はあった。家につくと羽の生えた奇抜な帽子を脱ぎ、一息をつく。
「結局、シンプルな白黒コーデとサイズが合ってるだけで、大体の人は満足するんだよな。」
彼は足取り重く、隅の一部屋におもむき、重々しく障子を開けた。そこには売れ残った奇抜な服が山積みだった。
「シンプルにしておけば、何も問題なかったのに。」
N氏は元デザイナーであり、海外でファッションショーまで成功させた有名人であった。しかし奇抜さ故にパタンナーがつかず、結局派手なままに売ることにしたのだが、当然のように在庫が積み重なり、土地の安い田舎に戻ってきたのだった。
苦肉の手としてコーディネーターを始めたものの、デザイナーとコーディネーターは別もの。N氏がたどり着いたのは結局のところ「白黒でサイズの合った服を勧めておけば、外れることはほぼない」という単純なアドバイスだった。
「何故私の作りたい服と、みんなの着たい服は違うのか…」
今でもお気に入りの服を眺めつつ、ため息をつくのであった。