記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)から学ぶ山歩き 前編

こんにちは!一人ハイカー、一人ワンダーフォーゲル部のaishiです。
今回は安田夏菜 (著)の小説「6days 遭難者たち」のご紹介とこの作品を教科書にして自分ならどう行動するか?をライトハイカー目線で解説していきたいと思います。

山歩きをする人もしない人にも読みやすく、小中高のお子さんから大人まで楽しめる作品になっていると思います。作品の内容も割と完結にまとまっているのでそのうち映画やドラマ、アニメになりそうな気もしますね。

まずは作品のあらすじ。

亡くなった山好きの祖父との後悔を胸に抱く美玖。
大好きな母の乳がん再発におびえる亜里沙。
再婚し、幸せな家族の中で孤独を感じる由真。

三人の女子高生はおのおのの理由から、ともに山に登り始める。
日帰りできる「ゆる登山」のつもりだった三人だが、下山の計画を変更したことで、道を見失う──。

途絶える電波、底をつく食糧、野宿、低体温症、幻覚……絶望。
日常生活では感じえない生と死の狭間で、それぞれの悩みも輪郭を変えていく。
絶望にあらがう中で、三人がつかんだものとは。

巻末には、山岳遭難アドバイザー羽根田治氏によるコラム「遭難を防ぐための五か条」掲載!

講談社BOOK倶楽部

メインキャラクター
坂本 未玖(さかもと みく) 15歳 女性 高校一年生
典型的な体力バカ系のキャラクター。
物語は未玖が登山部顧問トガちゃんに登山部退部届けを出すところから始まる。
登山部経験4ヶ月未満の元登山部。

河合 亜里沙(かわい ありさ) 15歳 女性 高校一年生 
未玖と同じ大規模マンションに住む。
未玖とは小中高と同じだが特に仲が良かった訳ではない。
ひょんな事から未玖を登山に誘う。
性格は優等生で甘えん坊。インターネットの検索(ググり)魔

川上 真由(かわか みまゆ) 女性 高校一年生
亜里沙と同じクラスの女の子。
あだ名は真由もん。笑顔がほのぼのしていて、やさしい性格と大柄でふっくらした体形と丸顔が熊本県の有名なゆるきゃらに似ている事から中学生の頃の同級生がつけたらしい。「なんの なんの」が口癖。食いしん坊。中学の時は柔道部。

作品解説
上記高校生3人がひょんな事から近くの山にハイキングに行く計画を立てる。
坂本 未玖が元登山部で経験者という事もあり必然的にリーダーになる。
河合 亜里沙と川上 真由は山歩き未経験。
今作品では気軽な気持ちでハイキングに来たつもりがいつの間にか遭難していくという状況を上手く描いている。作者も山歩きが趣味のようで色んな遭難事例を研究してこの作品に盛り込んでいるようで山歩きする人には刺さる作品だと思う。


以下ネタバレ---------------------------------------------
まずは6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)
を読んでから解説を読んで頂けると嬉しく思います。
電子書籍版も出ていますね。

p8 坂本 未玖 視点
坂本美玖、十五歳。わたし、体力だけの女子ですから。登山部って、体力勝負の運動部だと思ってたのに、こんなに勉強しなきゃなんないなんて予想外だったんです!
中学のときは陸上をやっていて、三千メートル走とか、けっこういいタイムを出していた。だから脚力や持久力は、人並み以上だって自言があった。
実際、新入部員歓迎登山では、先輩と同じ速度で登っても全然バテなかったし、荷訓練も辛いと思ったことはない。歩荷訓練というのは、ニリットルの水入りペットボトルを七本くらい詰め込んだザックを背負い、四階だての校舎の階段を二、三十往復する練習だ。
新入部員の中には足がつったり、吐いた人さえいたけれど、わたしはけっこう耐えられた。この時点では、「あ、わたし、すんごく登山に向いてる」って浮かれていたくらいだ。
まさか登山部にも競技大会があって、山登りの他にペーパーテストがあって、両方の点数で勝負するだなんて夢にも思っていなかった。
入ってから知ったんだけど、うちの登山部はかなり強豪で、体力トレーニングにプラスしてしょっちゅう勉強会が開かれる。登山に必要な知識を、頭にぎゅうぎゅう詰め込まれるのだ。やってらんない。なんで運動部なのに、机に向かって勉強しなきゃならないのか。

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)


解説 美玖は体力に自身があり、登山に向いていると思っていたがいざ登山部に入部してみると学校ならではの競技登山という事もあって勉強会を苦痛に思い登山部を辞める事を決意する。
登山は体力の他に総合的な物を求められる。特に競技登山では。
地図の読み方、ルートの作成、天気図作成、炊事、設営、自然観察、マナー、救護等々。知識は荷物にならないし、覚えておいて損は無ないと思います。
しかしそういった座学面の詰め込みで美玖のような生徒が山から離れていくのは勿体ないようにも思う。
また競技性を高めると逆に通常の登山活動とはかけ離れていく部分もありそうです。
昨今の国体では廃止されたり、インターハイ等では審査基準を他のスポーツ競技のように勝ち負けを争うのではなく競技性を抑えて学生がより安全かつ自主的、活動的な山行を行えるようなルールへと変更されより実際の登山活動に沿ったものになってきているようです。

p10 坂本 未玖視点
「なんで紙の地図とか、読めなきゃならないんですか?スマホの地図アプリで自分のいるところくらい、GPSで出ますよね」
思わず、目の前のトガちゃんにそう言いそうになったけどやめた。前に同じこと言った部員に、「紙の地図読めないやつ、クズ」って、さらっと言い放っていたのを思いだしたから。
「いいよー」
急にトガちゃんは、あっさりとうなずいた。わたしが机に置いた退部届をつまみあげ、ニッと笑う。
「合わねぇやつは、やめたらいいんじゃね?登山なんてさー、無理してやることじゃねーんだ
し」
ホッとする。皮肉を言われたり引き止められたりしたら、面倒だなと思っていた。
「短い間でしたが、ありがとうございました」いちおうお礼を言って頭を下げ、職員室を出ようとしたとき、「坂本さん、入部するとき、槍ヶ岳に登りたいって言ってたよな」背中にまたトガちゃんの声がした。振りかえって、「はい」とうなずく。
「ぜってー、登んないでね」
大きな声が職員室に響いた。
「一生、山には登んないほうがいいよー」

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)

解説 個人的にはこの登山部トガちゃんは古いタイプだと思います。
勿論「競技登山」をやる場合は紙地図の読み書き、コンパスの活用などアナログ的な物をかなり求められるのでしょうがないが、部員に「紙の地図読めないやつ、クズ」と言ったり、売り言葉に買い言葉とは言えまだ入部4ヶ月の生徒に「一生、山には登んないほうがいいよー」なんて言うのはちょっと指導者としては資質が低いようにも思います。競技登山はここでは置いておいて、まずは登山者が安全に山行する上で「スマホと登山アプリ」は現在では欠かせない物となっています。
デジタルネイティブな若い子が安全に山行を行えるようするにはまずはスマホで登山アプリを活用する事を徹底的に教え込むのが一番安全性が高いように思います。
まあ自分は学校で登山部に所属した事はないので考えがズレている部分もあるかもしれません。

因みに自分がスマホに入れている登山アプリは下の3つ。
事前に色々と試してみて自分に合った物を選びましょう。
入れたらまずは3時間位の日帰り登山でしっかり試してみましょう。

紙地図でよくある失敗はずっと昔の地図を使う続けてしまい情報が古くなってしまってそれが元で遭難やトラブルに合う事。
デジタル地図はアップデート等で情報がどんどん更新されたり、新しい情報が入って来るが紙地図はちゃんと定期的に買い替えないと情報が新しくならない。
山はちょっとした事で道が荒れたり無くなったりするし、嵐が来たりすると数日でまったく環境が変わったりする事もある。これは気をつけて欲しいところです。

YAMAP …初心者にも取っつきやすい。バリエーションルートを歩かない場合はこれひとつでも大丈夫。他のユーザーの情報交換、記録や記事も読みやすい。
全体的にはゆるくふんわりしたユーザーの雰囲気。ただし逆に言うと山行以外のノイズが多いと感じる人も。
ヤマレコ…YAMAPはバリエーションルートを選べなかったり、自分でルートを引く事が出来ないのでそういう場合はヤマレコを使ってます。皆が歩いている踏み跡も表示されるので新しいルート探しにも便利に使えます。ただし踏み跡があるからといって初心者が歩きやすい道という訳ではないので初心者が使う場合は山歩きに慣れてからでも良いかと思います。山の情報のレベルはYAMAPよりは高め。ただし情報を得やすいとは限らない。個人的には時間と標高を音声読み上げしてくれる機能があるので重宝している。自分は山行時はYAMAPとヤマレコ同時に記録を取ってます。バッテリーの減りはそんなに変わりません。
ジオグラフィカ…キャッシュ型オフラインGPSアプリです。 事前に画面に表示した地図は自動で保存され、携帯圏外でも見る事が出来ます。個人的にはあまり使ってないですが紙地図に慣れた人でSNSやユーザー同士の交流などに興味がない人にはこちらも使いやすいかも。
画面上部のGPSでの現在地表示が見やすくそこを長押しすると現在地をXやFbにポストしたり、LINEやメールで送信できたりします。またコンパスマークをタップすると音声で時刻と緯度と経度の座標を読み上げてくれるので遭難時の通報などには便利だと思います。

p24 坂本 未玖視点
その夜わたしは、さっそく登山計画を立てた。ガイドブックを広げ、あまり運動経験のない女子でも登れる山を探す。けれど小学校の遠足レベルではつまらない。
ある程度、登山の経験を積め、しかも日帰りできる山ー。キャンプするにはテントやシュラフや調理器具や食材など、重い荷物を背負って歩く必要があるから今回は見送りだ。
「これかな」
県の北部にある、鎌月岳(かまつきだけ)。標高千七百十二メートル・・・・・といえば、かなりきつそうだけど、実際に登るのは八百メートルほどだ。というのも、ふもとからロープウエイが通っていて、標高九百メートル付近まで歩かずに行ける。

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)

p25
登山計画
•行き先・鎌月岳(かまつきだけ)
•日程・八月十七日 日帰り
早朝四時半出発(自家用車)→七時ロープウェイの駅着→七時半登山口着→十時半頂上着。
昼飯&休憩→十二時半下山開始(行きと同じルート)→十五時ごろロープウェイの駅着↓公共交通機関を乗り継ぎ、十九時ごろ帰宅

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)

解説
ちゃんと登山計画を立てる未玖は偉い。しかもーあまり運動経験のない女子でも登れる山を探す。ーとちゃんと一緒にいく人の事も考慮して計画を立てています。
しかしここでー小学校の遠足レベルではつまらない。ーと思ってしまうのもまた体力がある人の陥りやすい思考なので注意したいところです。
登山計画書は出来ればスマホの地図アプリでも山行ルートを書き出していれば完璧だったでしょう。YAMAPやヤマレコのスマホアプリでは基本的には事前に地図をダウンロードして山行ルートを設定して使うようになっています。地域によってはアプリで作成した登山計画所をそのままネットで提出もできます。登山アプリを使いこなせていれば遭難時に割と早い段階で遭難者の現在地の把握もできるようになっています。
この計画段階で余裕があれば紙の地図を広げてその山の登山口や山頂、山全体の様子を把握しておけばトラブルにも備えられるし、事前にエスケープルートを考えておく事もできます。
選んだ山としてはー鎌月岳(かまつきだけ)。標高千七百十二メートル。
実際に登るのは八百メートルほどだ。

と悪くないチョイスではあると思います。
下山予定はロープウェイ駅に15時位とこれも定石通りです。
どんな山でも15:30が下山の目処とされています。
夏場は特にゲリラ豪雨や雷などの天候の急変が午後に起きやすいので早く登って早く降りてくるを心がけたいところ。
ちなみに今回の山の標高千七百十二メートルが低山かと言うとそこまで低い山ではありません。
また山単純に標高が高いと登りにくく、低いと登りやすいという訳ではありません。
高い山でも整備が行き届いて人が沢山登っているところであれば道迷いの可能性も少なくリカバリーもしやすいところから登りやすくなります。
例えば7月8月の富士山ですね。
※冬の富士山は海外の夏の8000m級の山並に危険度が跳ね上がるので毎年死者が出ています。
逆に低山だとあまり人が歩いておらず道が不明瞭で作業道や獣道が多く道迷いし易い、延々と上り下りが多くて道を外れて別の山域や谷に入り込んでしまうなどの危険性が高くなります。
なので初めて山に登る方、不慣れな方は「整備されて人が多い山に行く」事を心がけましょう。
そういう点では今回の美玖のチョイスは悪くないとは思います。
とにかく即席パーティーでレベルや体力差がわからない、性格がわからない状態で総合的に難易度の高い山、マイナーな山に登るのはトラブルを招きやすいです。またレベル差があるとどちらにしても辛い楽しめない山行になる事が多いので皆が楽しめるような工夫や調整が必要になってきます。

p44 河合 亜里沙視点 1日目 
「ひゃっ、けっこう涼しーい!」
ロープウエイから降りた由真もんが、両腕をクロスさせて身を縮めている。
「だからさー、長袖着てこいって連絡したよね、わたし」美玖ちゃんが、ちょっとイラついたような顔をした。
「夏でもね、山って気温が低いんだから!」
思ったことがすぐ顔に出て、ズバズバものを言うのは、中学のときと変わらない。
「・・・・けど、あたしって暑がりなんだ。ほら、皮下脂肪厚いから」由真もんはおずおずと答え、
「それに、これから登山するんだから暑くなるんじゃないかな。だんだん日差しも強くなってきたし」
空を指さす。
たしかに八月の太陽は、夜明けとは全然ちがうパワーを放ち始めていた。富士山とかは知らないけれど、この鎌月缶くらいなら半補でも行けるという気がする。いちおう三人とも、雨対策のレインウエアは持ってきたし。万一寒いときにはそれを着たらいい。
「まあ、そっかな。テントに泊まるわけじゃないしね。夕方までには下山するから、別にいっか」

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)

解説
標高が高くなれば気温も下がるし天候も変わりやすくなる。
夏とはいえ休憩時に羽織るものがあると良かったように思います。
勿論レインウエアを防寒代わりにする事はできるし実際代用しているハイカーも多いです。
慣れたハイカーと初心者で違うのはやはりインナーに気を使っているかだろう。
東京の高尾山でも良く見る光景だが、初めて山歩きに来たであろう若い子が
汗をかいた後に休憩して汗冷え寒さで震えているという光景はよく見る。
まあすぐに安全に下山できる高尾山なんかでは笑い話になる位なので問題はないのだがこれが1000mを超えている中低山の山だと実は結構厳しい体調不良を起こすことも少なくないです。
では何故汗冷えするのかというと大体は綿(コットン)素材の下着や服を身に着けているから。綿は濡れると乾きにくく体温を奪っていく。
なので山に入る人達は綿素材の服は身に着けません。
化繊やウール素材の物を身につけるのが基本です。
ただし亜里沙や由真のような初めて山に入る若い子だと普段着る化繊のスポーツウエアを持っていない事も多いです。なのでこういう場合は着替えとウインドブレーカーなど一枚羽織る物を持っていくかユニクロなどで安めのフリースジャケットやドライパーカーなどを購入して持って行くのがよいでしょう。ただし本格登山ラブランドの物と比べるとやはり性能はあまり高くないですし、化繊でドライを謳っていても汗冷えし易い物も多くみられますのでファッション・アパレルブランドの物は使いようによっては使えなくもない…位の感覚で上手く理解した上で使う必要があります。
またこれから山歩きを続けるかわからない人は安めのワークウエアで代用するのも良いとは思います。勿論アウトドアブランドに比べると耐久性や性能、アフターサポートは落ちてしまいますが。
自分も低山なんかでは身体に直接触れて機能を求められる大切なところはミレーのドライナミックメッシュを使って、その上の速乾性の部分はおたふく手袋のワークウエアで代用していたりします。
これは効果的にメッシュ素材のアンダーウエアで汗を肌から離してドライレイヤーに吸わせて汗を乾かすレイヤリングで汗冷えをかなり抑えてくれます。
春秋冬なんかはメリノウールのインナーでも割と汗冷えと臭いを抑えてくれるのでオススメです。

p45 河合亜里沙視点 1日目 
「日帰りなのに、すごいリュックだね」
私が言うと美玖ちゃんは「じいちゃんの形見」とぽつりと言い、外ポケットから折りたたんだ白い紙を取りだした。それを登山口付近に設置された、鳥の巣箱みたいな箱に投函する。
「え?ここから郵便出すの?」
由真もんが不思議そうに聞き、「郵便じゃないよ。登山届」と、美ちゃんが答えた。
「そこまでの山じゃないけどね、いちおう登る人の名前や、今日の登山ルートなんかを提出しておくんだよ」
さすが元登山部、と私は思った。アバウトなところもあるけれど、今日は美玖ちゃんがリーダーだ。全部任せてついていけばいい。

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)

登山届をちゃんと出すのは素晴らしい。
遭難して発見されない事例でよくあるのがどの山に行ったか?
どの登山口からどのルートで登ったか?をちゃんと人に伝えておらずに足取りがまったく掴めないのでどこから捜索の手を付ければよいかわからないというもの。
また漠然と伝えているだけだとそれだけ捜索の時間がかかってしまうので、家族や友人、登山口のポストや最寄りの交番などにしっかりと登山届を出しておくのは大事。最近は登山アプリを使って登山届を出せるサービスもあるのでそういう物を活用するのもよいでしょう。

元登山部と言っても美玖は登山部に在籍4ヶ月。
また「登山歴◯◯年」なんてのも個人的にはあまり役にも立たないと思っている。
それは1年に1回しか山歩きしないなんて人もいるから。
相手のスキルを図る時は、普段どんな山を歩いているか?どんな山を登ったか?
大体のコースタイムは?など総合的な情報を得て相手のスキルを判断した方がいいでしょう。
またよくある遭難事例でリーダーに任せっきりというのもリスクが高くなる。
パーティーを作って山歩きをする際はリーダーの役割はもちろん大事だが他の参加者もそれなりの準備をして判断と行動ができるようにしたい。リーダーに任せておけば大丈夫というのは危ない考えだ。たまに自分が登る山がどこさえもわからずについて行くなんて事もあるようなので、リーダーも他の参加者が考えて行動できるように事前準備をさせておくのも大事だろう。そして参加者も家族や知人などにどの山にどのルートに登るかなどしっかり山行予定を伝えておくことが必要になります。

p51 川上 由真視点 1日目 
風が吹いてきてかぶっている棚子が飛びそうになり、つばを押さえる。きのうの夜にパパさんが、貸してくれたものだ。
「山の天気は変わりやすいっていうから、これかぶってけば?オレが昔使ってたキャップなんだけど、水を弾く素材でさ」
そのキャップは、あたしには全然似合っていなかった。小顔のパパさんにはぴったりだけど、あたしの頭と顔にはアンバランスだ。それに色が蛍光オレンジで、気恥ずかしいくらいド派手だった。
できれば遠慮したい。前にテーマパークで父さんが買ってくれた子があって、それをかぶっ
ていこうと思っていたし。
けれど、「ありがとう」と言って、そのキャップをかぶって笑ってみせた。
パパさんがせっかく貸してくれたんだもの。いらないって言うのも悪くって。

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)

解説 標高が上がれば日差しが強くなり、一般的に標高が1000m高くなると、紫外線の強さは約10%増加します。
日焼けは身体を消耗させるので帽子とサングラスはあったほうが良いでしょう。
夏の低山だと撥水や防水機能がある事によって蒸れが強くなる場合もあるので注意。透湿性と耐水性のあるゴアテックス素材を使った帽子なら多少はマシになる。
1000Mを切る低山なら防水撥水性よりメッシュ素材を使った通気性の高い物の方が良いだろう。これらも好みや使用環境によってかなり違ってくるので色々使ってみて自分に合うものを選びたいところ。
またカラーも全身ネオンカラーのど派でな物にする必要は無いが、帽子やアウターなどで山で目立つカラーの物を見に付けておけば遭難時には発見しやすくなる。
遭難時に意識があるとは限らないので全身カモフラなどはやめておいた方が良いだろう。またお子さんは目を離した隙に歩いて行ってしまう事があります。そういった時にカモフラ等自然に溶け込むカラーを着せていると本当に近くにいても気づかない事もあるので子供はなるべく目立つ色を着せておく方が無難。
また低山の昼間だとスズメバチが黒っぽいものを目がけて襲ってくる場合もあるので低山を歩く事が多い人は黒はなるべく避けた方が良いかもしれないですね。
必ずしも黒だから襲われるという訳ではないが、事例などを見ると昼間はスズメバチからは黒が目立って見えて黒い色に集中して襲って来るという事はあるようです。

p54 川上 由真視点 1日目
「そんなの無理だよー。私はこの山が限界。由真もん、ごめんね。リュック持たせちゃって」「なんのなんの」と、亜里沙ちゃんにリュックを返す。自分のリュックも下ろして、水筒を出してがぶがぶ飲んだら空っぽになった。
美玖ちゃんに言われて、ふもとでペットボトル買い足しておいてよかった。水筒のお茶だけじゃ、とても足りなかった。ニリットルのペットボトル、めちゃくちゃ重かったけど。
「ほらね、やっぱ水分は大事っしょ?」と、美玖ちゃんが笑っている。
それからあたしは他の登山客の人にスマホを渡して、三人の記念写真を撮ってもらい、さらに頂上からの景色も撮りまくった。今日のこの日を、しっかりと画像に残さなくては。今度会うとき、父さんにも見せたい。
ーあんた、朝から何枕撮ってんの」と美玖ちゃんがあきれている。
「それくらいにして、ご飯にしようよ」

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)

解説 給水が出来ない山の中では水はとても大事。
ただし山歩きに不慣れな人が大量の水を持ち歩くのはそれだけ負荷が増えるので体力を奪われ歩くのに時間がかかりトラブルを招く原因にもなるので水の量のバランスを考えるのは大事。美玖達の場合は個人的には初心者の亜里沙に二リットルのペットボトルを持たせるのは負荷をかけ過ぎのように思います。必要ならばこの場合体力の勝る美玖が多めに飲料水を持って行っても良かっただろうと思います。
初心者と行く場合は山頂に売店や飲料可能な水道などの水場がある山を選びあまり大量の水を持ち歩かなく済むようにしたいところ。ちなみに一応下記の計算式でおおよその持ち歩くべき水分量が計算できる。
登山中に必要な水分量=自重(体重+ザック)(kg)×5×行動時間(h)=(ml)
※鹿屋体育大学 山本正嘉教授による必要な水分量の計算式
上記でも述べたが初心者と経験者にスキルや体力差がある場合は能力が劣る人に合わせて山行を計画し、負荷が欲しい人は率先して水など多めに道具を持つと良いですね。

夏場は水だけ飲んでいても効果的に水分補給は出来ないのでミネラルや糖分を効果的に取れるようにスポーツドリンや塩飴なども活用したいところです。
粉末のスポーツドリンクならかさばらないし、遭難時の非常食にもなりますね。
因みに自分は夏場の低山は真水(水道水)とスポーツドリンクを持ち歩きます。
水道水は傷みにくく、傷や蛇や虫に毒された時に傷口を洗い流すのにも使える。
封を開けてない500mlのペットボトルの水を予備にリーダーや体力のある人が持っていても良いと思います。

スマホカメラでの写真撮影や動画撮影も地味にバッテリーを消費するので気をつけましょう。写真を撮る事自体はそこまでバッテリーを気にする必要はありませんがやはりカメラを起動させっぱなしにしているとオートフォーカス機能などでバッテリーを消費してしまうので写真をとったらスリープボタンをまめに押してスマホをスリープさせましょう。
また今はモバイルバッテリーも必携ですね。半日程度の山歩きでも何があるかわからないので必ず持っていくようにしましょう。


p58 川上 由真視点 1日目
「あ、これも」あたしもリュックをゴソゴソして、練乳のチューブを取りだした。
「え?なにこれ?いちごにかけるやつじゃん」と、美玖ちゃん。
「あ、知ってる!ベトナムコーヒーでしょ」と、亜里沙ちゃん。
「ぴんぽーん!練乳をたっぷり入れるとね、甘くってコクがあるベトナムコーヒーになるんだよ。あたしのマイブーム」
「カロリー、すげー高そう。太るだろ、それ」
美玖ちゃんはあたしを指さして笑い、「控えめに入れたらだいじょうぶだよ」と亜里沙ちゃんがフォローしてくれた。
日差しは朝よりずっと強くなっているけれど、頂上の気温は下よりかなり低い感じだ。登っているときには暑かったけれど、今は風が涼しい。
「憧れの山コーヒーを、今まさに飲んでるんだよね」
練乳を入れたコーヒーを、ちびちび口に運びながらつぶやいた。
亜里沙ちゃんママが持たせてくれたパウンドケーキも、しっとりとしておいしかった。コーヒーを飲み終わるころには、もうお腹はパンパンだった。

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)

解説 行動食や非常食にカロリーが高めの物を入れておくと良いですね。
練乳は高カロリーでチューブの物なら比較的軽くて持ち歩き安いので便利です。
ただしザックに入れっぱなしで消費期限が切れてるなんて事にならないように注意しましょう。
昔の登山家は缶の練乳を持って雪山に入って行ってた事もあったようで、過去の遭難事例では荒天で動けなくなりビバーク(予定通りに下山できず、山中で野宿する事)して缶に入った練乳を分け合って何日間も過ごしたなんて事もあったようです。
行動食は身体が疲れてくると中々口や胃に入らなくなるので栄養素や機能、効率で選ぶのも大事ですが何個かは自分が好きでこれなら疲れてても食べられる、気持ちが上がるという食べ物を入れておくのも大事です。
個人的におすすめはフリーズドライの甘酒です。
水でも戻せるので夏は氷水で、冬は魔法瓶のお湯で甘酒を飲むのは最高です。
夏は熱中症対策にもなりますし、冬は身体が温まります。
披露で行動不能になった時にも「飲む点滴」とも言われているので割と動けるようになったりもします。
山頂でのコーヒーやお茶も美味しいですね。
ただし、それらは利尿作用があるのでトイレが無い山の中ではがぶ飲みせずに山頂などで嗜む程度にしておいた方が良いかもしれません。女性は特に気になるところでしょう。
あと魔法瓶ですが登山メーカーが出しているサーモボトルはやはり性能が高く、割と丸一日でも熱いものは熱く、冷たい物は冷たいまま持ち歩けるのでアウトドアが好きな方は一つもっているとかなり便利です。
山頂で食べるカップヌードルは美味しいですよ。
(山で塩分などを含んだスープは捨てられないので飲み干す必要がありますが(笑い))

p60  川上 由真視点 1日目
「来た道とは反対側の下山道に、津ヶ原温泉っていう立ち寄り湯がある」
「そうなの?」と、美玖ちゃんがのぞきこんでいる。
「うん。ちょっと古い情報だけど、この温泉からロープウエイの駅まで、送迎バスが出てるみたい。だからこの温泉目指して、下りてみるのはどう?ほら、さっき頂上から赤い屋根の建物が見えてたでしょ。きっとあそこだよ」
「ああ、あそこならロープウェイの駅よりも、ここから近そうだね」
「時間的にゆっくり温泉につかるのは無理かもだけど、足湯もあるし。名物は和栗のソフトクリームだって」
「いいじゃん!」と、あたしは身を乗り出して、ふたりの話に割り込んだ。
「行こう行こう、そこに寄って帰ろう」
「登山計画は変わるけど、悪くないね」と美玖ちゃんもうなずき、「けどこの記事の地図、おおざっぱだなー」と首をかしげている。
「そう?じゃあ、今回はあきらめよっか。ちゃんとした地図がないと不安だし」「いや、あきらめなくっていいよ、亜里沙。だってほら」自分のスマホを取りだすと、あたしたちのほうに画面を向ける。

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)

解説 出来れば周辺に何があるかは事前に地図や登山アプリ、ネット情報を読み込んで立ち寄りたいところがあれば事前に組み込んで安全なスケジュールを組み立てる方が良いですね。過去の遭難事例をみても急遽現地で無理、無謀なスケジュール変更して遭難している事例はいくつもあります。
また登山計画書をせっかく出していてもそれと違う行動をすればそれだけ遭難時に発見されにくくなると考えておきましょう。

登山スマホアプリは入れただけで安心しないこと。
入れた後は何度か家や街、近くの山で使ってみてしっかりと使用感を確かめましょう。道具を使うにはデジタルもアナログも慣れと知識が必要です。

p62 川上 由真視点 1日目
足元に注意しながら、あたしたちは慎重に山道を下っていった。景色がちっとも変わらないまま、急な坂道を下るうち、「あれ?」
先頭の美玖ちゃんが立ち止まった。
「これ、どっちに行くんだろ」
山道が二股に分かれている。どちらの道も、同じような幅の、同じような雰囲気の道だった。
どちらが温泉へ行く道だろう。
「こんなときこそ、地図アプリの出番だね」
スマホを取りだし、操作し始めた美玖ちゃんが、また「あれ?」と首をかしげた。
「・・・・・・なんで地図、出てこないんだよ。あ、しまった」
振りかえって、ぺろりと舌を出す。
「まずは最初に、地図をダウンロードしとかなきゃ使えないんだった。今やるから、ちょっと待って」
「ゆっくりでだいじょうぶだよー」
美ちゃんに声をかけ、ちょうどあった木の切り株に腰を下ろして休憩した。けれど、しばらくたっても、地図はダウンロードできないみたいだった。
「困ったな。竈波が弱いんだよ。アンテナが一本だけ。それも、点いたり消えたりしてる」少しイラついた顔で、美玖ちゃんが乱に画面をタップしている。
「ダメだー。何回やってもタイムアウトしちゃう。ねぇ、ふたりにもこのアプリのこと、教えてたよね。スマホに入れてきた?ちがうスマホなら電波が入るかもだし」
「ごめん」
あたしは謝った。
「美玖ちゃんがやってくれると思って、あたし入れてなかったよ」
「私も」と、亜里沙ちゃんも申し訳なさそうに答え、「でも、待って。今からアプリを入れてみるから」と、操作し始めた。
けれど、すぐに手を止めた。
私のもおんなじだ・・・・。アンテナが点いたり着えたりしてる。ねぇ、由真もんのは?」「・・・・・ダメ・・・・。 あたしのは全然アンテナ立ってない。安スマホだからかな」「美玖ちゃん、さっきの記事の地図なら、まだ見られるよ」と、亜里沙ちゃんがスマホの画面を見せている。
「おおざっぱだけど、分岐点くらいはわかるかも」「んー」と美ちゃんは眉を寄せ、「・・・・・こっちみたいな気がする」

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)

昔はスマホで地図を見る場合通信してないと地図は見られないと思い込んでる人も少なからずいてだから山で使えないと思っている人がいましたが流石に最近は減ってきているとは思います。
また実際YAMAPやヤマレコをちゃんと使えている人なら地図をダウンロードしていないなんて事は中々無いとは思います。
ではなぜ折角登山アプリを入れているのに遭難してしまう人がいるのか?
それは今回の美玖のように登山アプリを入れただけで満足してしまって山に入るという場合。
紙地図とコンパスの人もたまにそういう方がいますね。
スマホは山で使えなかったからやっぱり紙地図とコンパスを買った!なんて方も。
でもそれらも持ってるだけで遭難しないお守りではないんです。
スマホの登山アプリも紙地図とコンパスも事前の下準備と使うスキルが無かったらなんの役にも立ちません。
また紙地図とコンパスは現在地を見失ってからそれらを活用して自分の今いる位置を調べようとしても山歩きに慣れた人でも難しいです。知識と天候や見晴らしなどの条件が揃わないと現在地の特定は厳しいですね。だからどうしても紙地図とコンパスだけで登りたい場合は常に現在地を把握しておく必要があります。
でも山行スピードも遅くスキルも低い初心者にはかなり厳しい。
それならまずはしっかり常に身近にあるスマホを最大限に活用した方がいい。
それ位今のスマホのGPSと登山アプリは山行スタイルを変えました。
そんな便利で安心な物があるのにそれでも遭難する人は沢山います。何故か?
そういう遭難や道迷いの例、また迷ったという人の山行記事や動画を見てると気づくのが分岐などでまったくアプリなどを見て確認してないんです。
中には道標があるのにそれも見てないなんて事も。
これはアナログ、デジタルに限らず地図や方角、現在地を見て確認する癖がついてないのでしょう。
そしてこっちだろう…と確認する事なく間違った道へ進んでします。
立ち止まって数秒進行方向を確認する事と間違って進んでまた戻ってきて体力を消耗するのを考えると明らかに前者が正解。その手間を惜しんではいけませんね。
また山歩きで「面倒くさい」は禁物です。
面倒くさいから地図の確認は後で、面倒くさいから水や行動食は後で…なんてやっているとどんどんトラブルを招き寄せてしまいます。
何度も山歩きを経験して自分が何に面倒と感じるかを洗い出して、装備やスケジュールの組み方を見直して面倒と感じる事や場面を極力減らす事が大事です。

即席リーダー、まだまだ若い美玖が出来なくても当たり前ですが、
実際にリーダーをやる人が初心者を連れて行く場合は山に何を持っていくか?
をリストアップしてメンバーに伝えるのは大事ですね。
また当日も持ち物の確認も大事。天候や登る山、時期によっては予定変更や中止にもなりかねない位に山歩きに道具は大事です。
また登山アプリも単に雑談などでちょっと話しておくという感じではなく、
ちゃんと皆のスマホにもアプリを入れさせて地図もダウンロードさせておくのが良いでしょう。近くにいる友達どうしならなおさら皆で登山アプリやその他の道具の勉強会をしておくのも良いと思います。
バッテリーや故障の問題を考えるとスマホを持っている人が沢山いればいるほどそれだけ安心、安全のレベルが変わります。それを最大限に活用する為にもリーダーは道具の管理やチェックはしっかりしておくべきだし、参加メンバーも持っていく道具をしっかりと確認してリーダーの指示通り使える状態にしておくことが大事です。

山歩きでは現在地がわからない、地図が無い、ルートを見失った時点で分かるところまで戻って下山するが大前提です。この時の美玖達はここで戻って予定のルートで下山すべきでした。そして帰って来てから気になるルートがあったなら改めて地図上で確認、情報収集しておさらいすべきでした。

p64 川上 由真視点 1日目
分かれ道の右のほうを指さした。
そしてそこまで歩くと、「あー、やっぱりこっちで当たりだ」と、あたしたちに手招きをした。
「ほら、見てみなよ」道沿いの杉の木を指さす。
「この木の幹にピンクのテープが巻いてある。登山部の先輩が「ピンテ』って呼んでたやつだ。
こっちが正しい道ですって示す、道標だよ」
「ほんとだー。美玖ちゃんが言うならまちがいないね。私、美玖ちゃんについてくから」
亜里沙ちゃんが言い、「うんうん、あたしもついてく。和栗のソフトクリームなめながら、足湯につかったら天国だよ
ねー」
あたしは再びテンションを上げ、右の下山道に足を踏み入れた。
しばらく下れば赤い屋根の温泉の建物が見えてくるはず、と思ってたのに、そんなものはどこにもない。歩くほどにだんだん道は狭く、さらに急な下り坂になっていく。木々の根っこがうねうねと露出していて、足を引っかけそうだ。他の登山客の姿はあいかわらずひとりも見当たらない。

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)

解説 山に入った事がある人ならよく目にするテープ類の目印。
しかしそれは「登山道」の目印ではありません。
誰かが足を踏み入れて付けた目印位の価値しかありません。
山歩きした人がわかりにくかったから自分が行く方向に目印を付けた場合もあるし、そもそも山の管理者が山の手入れの為に付けている場合も多々あります。
テープ類は道標ではありません。
また道標自体も場所によっては天候や動物の影響、人間のイタズラで間違った進行方向を向いている場合もありますし、管理があまりされてない山では廃道になった道にそのまま道標が置かれている場合もあるので事前の情報収集や分岐での確認は必要です。また雪山では夏の登山道と冬に通れるルートは変わる場所もあるようなのでルート選びは経験と総合的な判断、事前の情報収集が必要となります。山歩きに少し慣れてくると、人が多くない道では道が踏み固めておらず足元がフカフカするとかいつもより歩きにくいとか違和感を沢山感じるようになります。
安全な山行、もっとレベルの高い山行をしたいならそういう経験を沢山積む必要がありますね。

p65 川上 由真視点 1日目
「ねえ、ほんとにこの道で合ってんのかな」美玖ちゃんに声をかけると、「うーん」と言って立ち止まった。
「わかんなくなってきた。これは引き返したほうがいいかも」「え?引き返すの?」
ハアハアと肩で息をしながら、亜里沙ちゃんが甲高い声を出した。
「引き返すってことは、すごい登り坂ってことだよね。だって今、こんなに下ってきたんだもの」
そのとおりだな。あたしも振りかえって、うんざりとした。
うねうねと急な登り坂が続いていくのが見える。下り坂は戻ると登り坂。あたりまえだけど、道っていうのはそういうふうにできている。
ペットボトルを取りだし、水をマグカップに注いでがぶがぶ飲んだ。下りでもこんなにのどが渇いたのに、これを登り返すのはもっとしんどいだろうな。
「もう少し下ったらスマホのアンテナも立つんじゃない?そしたら地図アプリも使えるし。もしこの道で合ってたら、引き返すのもったいなくない?」
おずおずと提案してみたら、「・・・・・・まだ十二時だな。じゃあ、もう少しだけ進んでみるか」と美玖ちゃんがうなずいてくれた。

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)

低山は裾野が広がっていて道迷いしやすい。
また夏の低山は木や藪が生い茂っているし倒木もある。虫や蜘蛛の巣が多く歩きにくい。そんな道なき道をあるくのはかなり消耗するので道に迷った場合やみくもに下ってはいけません。
「まだだいじょうぶ」「もう少し」が自体を悪化させます。

p68 坂本 未玖視点  1日目
「どうしても、引き返して登らなきゃダメ?」
「しかたないじゃん。とにかくさっきの分かれ道のとこまで登り返す」「・・・・・・この道、まちがってたんだ・・・・・」
気落ちした様子で、亜里沙が太腿の前あたりをグーでたたいている。
「ずっと歩いてると足に来るね。もうへとへとだよ」その声がうらめしげに聞こえて、ちょっとイラッとした。
たしかにピンクのテープに惑わされ、この道を選んでしまったのはわたしだ。それは申し訳ない。リーダーとして悪いことをしたなって思う。
けど、こっちに進もうとしたとき、あんたなんて言った?
「美ちゃんが言うならまちがいないね。私、美玖ちゃんについてくから」
そう、たしかに言ったよね。人任せにしておいて、あとから文句を言う。前からちょっと思ってたけど、この子、成績はいいけど人に甘えるタイプだよね。甘えておいて状況が悪くなると、
全部人のせいにするんだよね。
ぐっとこらえて時計を見ると、十二時半だった。山頂を出てからもう一時間以上歩いている。
「わかった。ちょっと休憩しよう」
ベンチも切り様もなかったので、道端の落ち葉の上に三人で腰を下ろした。

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)

過去の遭難事例で即席パーティーや突出したリーダー角がいるパーティーで問題になっていたのがリーダーに判断を任せっきりになってしまうことで遭難するパターン。明らかに間違っていたり、判断が適当でも言い出せない事が多々あるようです。
本来なら他の参加者もルートの把握はちゃんとしておくべきだし、安全に山行できるように各自考えながら行動すべきであるのですが楽してすべてを委ねてしまいがち。
日頃から良好な関係性を築けていない、即席で相手の事がわからないと互いに意見を言えない状況になったり、甘えたりして遭難につながる事が多いようです。

p69 坂本 未玖視点  1日目
「お尻が、冷たい・・・・・・」
今度は曲真もんが、情けなそうに言って立ちあがった。
落ち葉は少し濡れていて、直接座ると、お尻に水分が浸透してくる。
「ねぇ美玖ちゃん、なんか下に敷くものとか持ってない?」
「持ってきてない」
無愛想に答えながら、しまったと思った。やっぱりエマージェンシーシートを持ってくればよかった...。
「エマージェンシー」なんてネーミングは大げさだけど、防水防寒機能のあるレジャーシートのようなものだ。万が一遭難したとき、これに包まると体が冷えず、雨風も避けられる。今みたいに濡れた地面に敷くことも、もちろんできる。
登山部の部室に何枚も常備されていたけど、退部したので使えない。どこかで買っていくかと思ったけど、今日は遭難の危険とはほど遠いゆる登山だし、別にいっかと思ってしまった。
コーヒー淹れるために、他にいろいろ用意するものが多かったし。ガスカートリッジとか、湯沸かし用コッヘルとか、ドリッパーとかペーパーフィルターとか、その他もろもろ。みんなわたしが用意してきたわけなんだし。
ちょっとふてくされた気分になる。

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)

解説 たぶん美玖は初めてのリーダーという事もありリーダーの役目などを理解してた訳ではないので責めるつもりはないですがやはり事前に他のメンバーとの責任分担や荷物の分担、意識の共有などがしっかりと出来ていなかった印象がありますね。

山に入ると前日の天候や乾きにくい環境の山だと地面が湿気ている事はよくあります。
そのまま地面に座るとお尻が汚れたり濡れたりもするし、時には虫や蛇やヒルに噛まれたりもするのでやはり地面や切り株などに座る時には1枚何かを敷いた方がよいでしょう。エマージェンシーシートは広げたり畳むのが案外面倒なので、やはり今回の様な軽いハイキングの延長ならレジャーシートを使うのも良いですね。
意識的にエマージェンシーシートを買うのは彼女達にはハードルが高そうですし。
エマージェンシーシートは確かに色々利用方法はあるので今回のような軽い山行ならリーダーの美玖が1、2個ザックに入れておいてもよかったですね。

また地面に直接座るとどんどんお尻から熱が奪われていきます。
長時間座って停滞する時などはクッション性のある物を敷くと疲れもかなり違ってきます。山歩きする人ならアウトドア用の折りたたみクッションマットを使っている人が多いですね。
ちょっとした休憩でもさっと取り出して敷くけるので便利です。

p70 坂本 未玖視点 1日目
みんな用意してくれてる、なんて思わないでほしい。元登山部ということで、いちおうリーダーってことになってしまったけれど、先生でもガイドさんでもないんだから。
ー 人任せにするやつ、地獄に落ちろ ー
ふいに、トガちゃんのその言葉を思いだした。
登山部の部活のとき、よくそう言っていたのだ。
ー 誰かについていけばいい、とか、誰かがなんとかしてくれる、とか。そうやって任せにするやつ、全員地獄に落ちるからなー
そうだそうだ、と思うと、つい口に出た。
「ねえ、なんでもかんでも、わたし任せにしないでほしいんだよね!」
ふたりの表情が、固まった。
「そりゃ、わたしがリーダーかもしんないけどさ、持ち物とか、地図アプリとか、道の選択とか、もうちょっと積極的に協力してくれてもよかったんじゃない。そしたら、こんなに無駄に歩かずに、今ごろは温泉についていたかもしれないじゃん」
「・・・ごめん」
「・・・・・・ごめんなさい」

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)

美玖含め全員初心者や即席パーティーが崩壊する時はこんな感じのような気がしますね。
形だけのリーダーだと事前の連絡の伝達がしっかり出来てなかったり、意識共有が出来ておらず、それが原因で遭難する事も多いようです。
リーダーになる人は形だけのリーダーにならないように注意したいところ。
勿論参加メンバーもリーダー任せ、人任せにならないように行動したいところではあります。

しかし今回の美玖達の山行は意識的には完全に散歩や遠足の延長なのであまり山歩きしている意識は実際はほぼ無いように思います。
確かに山に入ってるのだけど意識は街歩きの延長なんですよね。
それはしょうがない部分もありますね。初めての山歩きだし街と山の違いなんてわからないです。
もっとちゃんとした山歩き、山登りをするなら登る前の段階でリーダーがしっかりどういったレベルの山登りをするかメンバーと意識の共有が必要です。
今回はそれがまったく出来てなかった。
なので本来ならもっと低い山やもっと安全性の高い山で山行を繰り返して、失敗しても致命的にならない失敗を沢山すべきだったと思います。
低山で学べる事は多いですね。
勿論ちゃんとしたスキルや経験のある人をリーダーやガイドとして各自山を登る意識もちゃんと持てば高い山をどんどん目指す山行もアリだと思います。

美玖は「けれど小学校の遠足レベルではつまらない。」と思っていましたが、自分もほぼ初心者でしかも体力レベルがバラバラな友達を連れて山に入るとなると本当にゆるい山行から始めるのが良いと思います。
少し齧っているとちょっと良いところを見せようとして張り切ってしまいがちですが、結局同行者につらい思いをさせたり、遭難したり…過去の遭難事例でもありました。普段運動していない人と行く時はなるべくゆるい山を選んで、同行者に「物足りないな」「また行きたいな」とか「楽しかったな」と思える位の山行からはじめるのがやはり良いですね。

p71 坂本 未玖視点 1日目
シーンとする。気まずい時間が流れる。
ああ、またやってしまった。わかってる。悪いくせだ。
「おまえ、昔っから、脳と口が直結してるよな。そろそろ、考えてからもの言えよ」この前も、兄弟げんかしたとき兄ちゃんに言われた。
登山経験のないこのふたりに、今厳しい言葉をぶつけてもどうしようもないのに。言うならもっと早く、準備段階で言っとくべきだったのに。ああ、どうすんだよ、この空気。
けど、謝るのもちがう気がする。
「まあ、いいや。これ、お尻の下に敷けば」
ぶっきらぼうに言って、ザックの中から大きめのビニール袋を取りだした。ゴミ袋として徹枕か、適当に突っ込んできたものだ。
みんなでそれをお尻の下に敷いて腰を下ろし、後ろの木にもたれてしばらく休憩をとる。水筒のお茶やペットボトルの水を飲み、これもわたしが持ってきていた塩飴をなめる。
「ホッとするよねー。ありがと、美玖ちゃん」
飴を口の中で転がしながら、由真もんが笑顔を向けてくれる。
「ほんとほんと、ありがとね」と亜里沙も同調した。
気まずくなった空気が和らぎ、とりあえずホッとする。

6days 遭難者たち 安田夏菜 (著)

解説 美玖もちゃんとわかってますね。準備段階での意識共有は大事ですね。
ビニール袋(ゴミ袋)も野外ではかなり使い勝手が良いので持ってきて大正解。
ゴミ袋はその名の通りゴミを入れる袋としてだけでなく、敷物にもなるし、ザックの中で濡らしたくない物を入れておけば簡易的な防水バッグ代わりにもなります。
公共交通を使う場合は逆に汚れたり濡れたザックをゴミ袋に包んで乗り込むという手もあります。
緊急の時には雨具代わりにも使えます。身体に巻いて保温するのも良いですし、腰に巻けばレインスカート代わりになって夏の低山では割と快適な雨具になりますよ。
塩飴を持参しているのも良いですね。
自分は少し厚手の透明ゴミ袋をザックの中に入れてザックが水没しても着替え等が濡れないようにしています。


さて雲行きが怪しくなってきた美玖達は無事に下山できるのでしょうか?
どうしても「山登り」と考えると頂上がゴールを思い浮かべる人が多いと思います。でも山歩きや山登りのゴールは無事に下山する事です。
特にレジャーで登る人はこれを強く意識付ける事が大事ですね。
最後まで楽しい山行をやりたいものですね。

中編へ続く。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?