入社手続き
4月から、というかあと数日で、働く予定の会社の、本社に直結した駅に着いて泣きたくなった。
明るい春の光の下で、たくさんの新入社員スーツたちが、ぎこちなく駄弁っていて、絶対にこの人たちと同じに見られたくないと思いつつ指定の集合場所へと向かう。だけど、少し早めの集合場所には相応の人が集まっていて、遠慮がちに、だけど早々に、大学名と学部とを聞かれる。自分の大学に自信があるのか、ほかに会話の糸口を知らないのか、知ってどうするのかとかいろいろと思うところはあるけれど、隠すものでもないから答える。それ以上に弾む話でもなく、自宅から最寄り駅まで走ってぎりぎりの電車に乗ったことを後悔する。
社員さんが来て、各テーブルで各書類を提出するようにシステム化された部屋に通される。それぞれの担当社員さんの、特に女性の社員さんの服装が、スーツからかけ離れていて、少し憧れの気持ちを持つと共に、入社前に本社を訪れて社員さんに憧れを持つような、普通にその会社で働くのを楽しみにしているような、そんな感情を抱いた自分に失望する。
1時間程度と告げられていた手続きが15分程度で終わると、近くの同期たちが、夜ごはんの約束をしていて、だけど片方は友達を待たせているのでそっちも一緒にと言う。それは絶対に友達じゃなくて、ぎこちなく駄弁ってた中の、たまたま今日の夜暇だった人だろう。なんて楽しくなさそうな会なんだと思いつつ、だけど担当の社員さんにはにこやかに会釈をして退出する。
なんだかんだ気を張って、(リクルートスーツにするべきか迷った末にお気に入りのチャコールグレーの)スーツを着て、ピアスを(着けたかったけど)諦めて、だけど卒業式用に塗った明るめネイルは落とすべきか迷った末に落とさないことに決めて、就活バッグにするべきか迷ったけどお母さんの茶色いカバンにして、早めの電車に乗ってきたのに、終わってしまえば簡単なことで、だけどみんなにとっては始まる前から簡単なことで、友達を作って飲みに行くための日だったのかもしれないと思うと、気を張ってたのが馬鹿みたいに思えて、よけいに疲れてしまう。
絶対この駅には長居しないことを決めて、新入社員スーツは見えないフリをして、すぐに改札に向かうけど、本社ビルのおそらく最上階だった手続きの部屋からの海の見える景色や、土地柄多い、若いママたちが連れている可愛い子どもたちを思い出すと、数ヶ月後には、なんだかんだいいとこだなあって思えてきたって言ってる自分が想像できて、絶望的に泣きたくなる。
だけど考えてみたら、大学入学したばっかのときも、浪人までして受かりたかった大学だったのに、大学が嫌いで、というかそこの学生としてラベリングされるのが嫌というのもあって、大学最寄りの駅で降りるのが苦痛で、キャンパスが変わってからもなんとなく馴染まなくて、だけどやっぱり卒業となると感慨深くて、キャンパス内にお気に入りのスポットもできて、それなりに離れがたくて、そんな気持ちも悪くなくて、泣きそうになったんだった。
つまんないヤツばっかだと思ってたクラスメイトの中には、気の合う人や面白い人もけっこういて、これからも飲みにいこうねって思わず言っちゃうくらいには仲良くなったんだった。
だから今日は一駅手前で降りて桜を見ながら春を喜ぶし、明日は黒くもなければチャコールグレーでもない、新しいお気に入りのスーツを買って、来週からは研修で仲良しを見つけられるようにそれなりにやっていこうと思う。