本気で死のうと思った
アーティスト時代は活動中心に仕事をしながらやっていたり、突然の親の離婚だったり蓄積されて精神の限界がきていた。
休憩の意味も含めて現役引退をしたものの、仕事に縁がなく親は鬱病の心配はなく色々鋭い刃のような言葉をぶつけてきたから、家では休めなくてどこにも居場所がないと思った。
孤立してた、いや。孤立は今もおなじかも。
よくネタでメンヘラだー!とか自虐ネタをするのも苦しくてしんどくて。
どうして泡になって消えないんだ、百合の花に囲まれて死ぬことはできないのかと思った。
みんなの記憶の中から消えたいとも思った。
最期に唯一連絡が取れるむかーしからの友達に連絡して子供もおるけどおいでよって一言から少しの間お世話になることに。
本来家族って温かいんだなってお世話になりながらもなにもかも自己判断が難しくて、友人に判断してもらってた。
食事もお子さんがいるから、せめて悪影響与えないお姉ちゃんでありたいとおもって一緒に遊んだり時には怒ったり、泣いてる私を見て慰めてくれたり(保育園児に慰められるくらいメンタル弱るって何事でしょうか)。
アニマルセラピーならぬチャイルドセラピーのおかげで少しずつ前を向くようになった。
子供のちからってすごいし、ちゃんとみてるんだよね。すごいよ。
もちろん、推しも生きる糧にしっかりなった。
どうしても配信が見れないことが多かったけれど、頑張る姿をみて少しずつ自分も頑張ろうかなって思えてきた。
いろんなこと考えなきゃいけないし、昔から死にたがりだしなんやかんや生きてしまったけど。
色々更にあり一人暮らしするようになってまわりの友人に事情を話したら生きててくれてありがとうって、言われて沢山泣いた。
生きててよかったんだなって、思った。
人間いつ死ぬかわからん。
元気だった憧れのアニソンシンガーさんも、仲良くオタ芸してハロプロ振りコピしてたオタクも、みんな突然居なくなった。
私も事故で居なくなるかもしれない。
今の自宅から2つ隣の部屋では自然死だってあった。
いかに今を楽しむか、それを考えていくしかないから来年はゆっくり鬱病を落ち着かせながらできる範囲のことを頑張ろうと思う。
ここで供養します。
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