0. 箱の裏に書かれたカレーのレシピは、正解なのか? 問題。
「テレビで見たんだけどさ、カレールウって、箱の裏に書かれたレシピ通りに作るのが一番うまいんだって」
「え、そうなの?」
「そう。玉ねぎを一所懸命炒めたり、隠し味に凝ったり、色々アレンジするよりも、何もしないのが一番いい。なんでかわかる?」
「いや」
「食品メーカーでは、開発のプロが寄ってたかって長い期間を費やしてひとつのカレールウを商品化している。つまり、出来上がったカレールウは計算しつくされたものだから、素人が適当なことをやったら、緻密な計算が崩れてしまうのよ」
「なるほど~」
もしかしたら、今日も日本のどこかでこんな会話が交わされているのかもしれません。この“気づき”は、抜群にキャッチーだと思います。カレーをおいしく作りたいと思ってあの手この手を挑戦している、したことがある人が相手なら、相当なインパクトがあるはず。なんせ、余計なことをしないほうがおいしくなる、というのですから。
この会話に関しては、僕にもほんの少しだけ責任があります。10年ほど前だったかな、NHK「ためしてガッテン」でカレーを特集しました。僕は番組制作の企画段階からどっぷりとチームに入って協力し、出演をして「ガッテン流カレー」のようなものの提案までしています。
この番組の中で、たしか4人の主婦がそれぞれカレーを作って、ある食品メーカーの官能研究所の人たちが味の判断をする、というコーナーがありました。腕に自信がある熟練の主婦たちが、料理をほとんどしない新婚の主婦に負けました。カレーを作ったことのない新婚さんは、箱の裏に書かれた通りにおぼつかない手つきでカレーを作ったんです。
カレールウの箱の裏に書かれたレシピは正解です。このことは、僕自身、「ためしてガッテン」を放送する以前から、書籍などで伝えてきたことです。それが半分正解で半分不正解である、ということは解説しないできました。でも、ここではその問題について触れたいと思います。
cakesの連載でも書いたように、そのカレーの味が80点なのか100点なのかということが関わってきます。食品メーカーの優秀な開発者たちは、何のために長期間、計算に計算を重ねるのか。それは、商品をできるだけたくさん売りたいからです。できるだけたくさん売るためには、できるだけたくさんの人がうまいと感じる必要があります。
すなわち、多くの人から80点をもらえる味の落としどころを探っているのです。肝心なのは、100点ではなく80点である、ということ。100点満点のテストで全問正解すれば、当たり前だけど、100点です。80点ということは、20点は不正解の答案用紙になる。それならカレールウの箱に書かれたレシピは、正解だとは言い切れません。
じゃあ、100点のカレーはどこにあるのか。それはみなさんそれぞれの中にある。僕自身の中にも存在します。レシピを上手にアレンジできる人なら、80点のカレーを“私だけの100点”にできる。でも、上手にやれない人だと試行錯誤の結果、80点のカレーが70点や60点になってしまう。無理をして点数を落とすくらいなら、箱の裏に書かれたまま作って80点を目指したほうがいい、ということなんですね。
カレールウの箱の通りに作るのは、ベターではあるが、ベストではない。だからこそ工夫の余地がある。それがカレーという料理を面白くしているんだと思います。
cakes連載「ファイナルカレー」第二回:
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