小説家チャレンジ46日目〜50才で再就職〜
子供のころから夢は毎晩みていた。カラーでストーリー性もあり、起きてもちゃんと内容をおぼえている。
それが3年まえ、まだ次男JJに授乳している時期に、まさかの夫婦無職になるという恐怖体験をしていらい、夢をまったく見なくなってしまった。
夢を見ていたような気がする日も、起きた瞬間に記憶がすべてきえてしまう。
コロナ休職して1年たち、心身が思いきり休まってトラウマから回復したのか、きのうめずらしく夢を見た。
夢の中でわたしは鳥の羽のようにカラフルなパステルカラーのモヒカンをしていた。昔から『一生のうちに一度はやりたい3大ヘアスタイル』があり、それが坊主と金髪、モヒカン。その中で唯一やってない髪型なので、やっと念願かなった気分でかなりしっくりきていた。
そんな頭なのに、これから高校の卒業式に出ることになっていて、しかも何を着ていくか決まっておらず、その日に美容院の予約もしていない、そういえばもう会えなくなる好きだった男子に、何も気持ちを伝えていない、と心配をしているふしぎな夢だった。
何にしても、精神状態がかなり回復してきた証拠で、久々の夢がうれしかった。
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やっと再就職の面接がぶじおわってホッとする。私にこの仕事を紹介してくれた、同僚のスミタに報告すると「あなた面接したあと、その場で内定もらった?」というテキストが返ってきた。
どうもスミタと彼女の友人たちは、面接はたったの10分くらいで終わっており、その場で内定をもらったらしい。対面で1時間の面接をやり終えた満足感にひたっていた私は、それを知って一気に不安になった。
面接の翌日になっても、面接合格のメールも電話もない。インタビューは手ごたえあった気がしたのに、私だけおとされたのかも。。と思いはじめてしばらくピリピリしていた。
面接の2日後になって、やっとサムというマネージャーから面接に合格したという電話。オンラインで、この仕事のオファーを正式に受諾する手続きをするよう言われた。
再就職できた!!
一瞬よろこんだものの、何度やっても仕事のオファー受諾ができない。その間にも、おなじタイミングで受かったスミタの知人たちには、オリエンテーションの日時の通知が届いている。
なんども保健機関とやりとりをして、システムエラーを直してもらい、ぶじ就職手続きがおわった。
なんてありがたいんだろう。。
コロナ休職がつづいて、失業保険や子供手当でなんとか生活させてもらって、その間に障害のあるJJの世話も、夜勤をやっていた頃よりずっと時間がとれるようになった。
ここ10月で失業保険はきれるけど、それまでに職場に復帰できるかはぜんぜん分からず、経済的な不安を感じ出していた。
でもフルタイムで仕事に戻ると、JJのケアができなくなるし。。と思っていたら、「偶然」一年契約の時給のいいパートタイムの仕事のオファーが、元同僚からきて、しかもそこの上司が「たまたま」元の職場で個人的に仲のよかったボスで、私のことを上に推薦してくれるなんて。。。
3年前は何をやってもうまくいかず、誰にも何にももう助けてもらえないレベルまで落ちてしまったけど、悪い道に走らず、目の前のことをいっしょうけんめい頑張っていたら、やっとこうして運が回ってきている。
つい数日前に、8時間かけてオリエンテーションとトレーニングを1日で終え、夫と息子たちがオフィスまで車で迎えにきてくれたとき、思わず涙がでそうになった。
こうして新しい仕事につけるのも、この家族の協力と理解があってこそ。
私はこれからもきっとがんばれる。
新しい職場でたいへんなことがあっても、私はこの3人のためにがんばれる。
地獄の三丁目まで行ってきたことなんて、おくびにも出さずに、あの立派なビルのオフィスで、キラキラした若いスタッフにまじって、胸をはって颯爽と仕事するのだ。
私はもう人生で何があっても、運命に何をされても、そのたびに服の泥をはらって立ち上がり、何事もなかったかのように、笑顔で堂々と生きていってやる。
じぶんと家族が生きていくためなら、何でもやってやる。