ん?

ずっとね、嫌だったことは、(書くこと)
キリがないから、怖かった。

でも、いつでもそれも途切れることが出来てね。
だってそうでしょ、何処でも、何でも、中断で溢れている。
cmみたいなもので、中断されるのにも、慣れてる。
わかるんだ、有耶無耶になって、流されちゃう時ってね。

寂しいし決まり悪いし、収まりもつかないし、そういうことが、
重たくいつもあるから、愛想よく、なんとなく、しつこくもせず、
そこはそれ、というかまあ、どうも、とか、じゃあ、とか、
ああ、今日も、言えなかった。

何かを語り出したら、本当はキリがないし、そのくせ、
言葉が役に立つとは全然言えなくて、それでも、一応イヤイヤでも、
身体を動かさないと動物は弱って死に向かうのだから、
同様に、
言葉、言葉、言葉。

あ、そうだね、なにか批評、したらいいのかな。
なるほど、表したいこと、不協和音のような、微妙な歪みの含まれた
ミルクレープ状態に、ああ、無駄なく集約され、お見事、…


だけどちっとも、自分じゃ、傍観者って思えなかったのにな、
思えなくても何でも、力の強い人が、仕切るんだよ。
そのグチャグチャの劇場を。
何をどうするのが正しいのかさっぱり、分からなかった。
ただ、否定から入られて、押さえつけられつつ、
誘導されるような感じがして、やだ。と、
そう感じる私が、もしか間違ったり勘違ったりしているとしても、
全部が全部でもないでしょ、だって、そうなんだから。
ちょっとした、事でもさ。
いろんな理屈が生まれて走ってけっこう、面倒だなと思った。
黙ってしまったけれど、そういうものだ、とわかるひとも居るだろう。
あまりにも頭に一杯あると、かえって黙ってしまうのよ。
それでね、居るんだろうと想像することが大事だ。
わざわざ書くのは、良いことを想像するのは、難しいから。
本当は、簡単なこともあるんだけど、すっかり、忘れていることもあるよ。
「あなた、良いことも期待しなさい。
そしてそのための準備をしなさい。」
私はだって、思ったんだ、何度も思った。だから言っているよ。


これ、は、けっきょく恐怖のレールに乗ってるということじゃない?
これ、は、嬉しくない未来に対して準備していることじゃない?
それって、その未来を強めてもいるんだよね。
心ならずも、そうだとしたら、なんだか、それも不安だな。
そこは、どうしよう、なんだろう。今を生きるって、なんだ。
生きていると感じることをすること。それは人それぞれ。

明日を思い煩うな、
野の花を見よ、

ちょっと押しが強くて、優しくもある言葉だけど、
(そうはいっても)
野の花のように強い人なんてあり得るか?

植物は人間よりずっと、強いんだ…でもだからって
植物に対してあんまり不当でいたら、どうなるよ、
そのことも急に考えろと言われるようになった。
言われてやるのはだいたいズレている。
わかる?イニシアチブは、自分が取るんだよ。
思ってたことなのに、言われて許可されて、みたいに。
ん?
と思ってしまうんだねえ。

話を戻すと、だから、信じるとか委ねるということは、
植物のような感じであることかもしれない。
それは思い煩うのとはちがうだろう。
でも、恐怖や重苦しさを押し込めて何も考えずやり過ごす、
のとはまったく、違うことだよ。

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