第十章『戦争の始まり』
「はぁ、えらいことになったな…」
あの街中での騒動は地下の魔力溜りが暴発したということになっており、俺と姫様がいた事も公にはなっていないらしい。
ちなみに俺は今部屋の中に幽閉されている。あの後、騎士団に先導されて王宮まで戻るやいなやこの部屋にぶち込まれた。
「…」
リアナさんが連れていたサリナと一緒に。
「…サ、サリナ?大丈夫か?水飲む?」
「…」
「え、えーっと…何かあれば言ってな」
「…」
さっきからずっとこの調子だ。サリナは俺の事をずっと見てくるのだが、話しかけてみても何も反応を返してこない。俺は元々自分から話しかけるタイプではなく、人間嫌いなまであるので正直限界が近い。気まづすぎておかしくなりそうだった。
そんな時、コンコンと扉をノックする音と共に「失礼致します」という声が聞こえてきた。
どうぞと声をかけると扉が開いて二人の兵士を連れた第三騎士団の騎士団長さんが入ってきた。
「魔王殿、殺戮の天使殿。国王陛下がお呼びです。ご同行願います」
本当は行きたくないが、おそらくここで断ったらまたあの死神がやってくるに違いない。そうなる前にとっとと行くか。
「サリナ、行こうか」
俺はサリナに手を差し出すと、サリナはそれを恐る恐る握ってくれた。なんだか、サリナを見ていると小さい頃の妹を思い出す。その影響なのかサリナには割と気兼ねなく接することが出来た。まあ、俺からの一方通行だったけど…。
「さすが魔王殿…あの魔人をこの短時間で手懐けてしまうとは…では参りましょう」
どうやら騎士団長さんの中で俺はすごい人になっているようだ。なんでかは知らないが、これを機に騎士団長さんとは仲良くなっておきたい。あの死神から逃げる時に助けてくれるかもしれないしな。
俺がそんなことを考えてるとは露知らず、騎士団長が俺たちを先導するように先に歩き出した。
俺はサリナの手をしっかり握ってサリナの歩調に合わせて歩く。
そうして俺は地獄の空間へと歩み出した。
「お前のその考えが間違っておるのじゃ!時に救えない者がこの世にはおるとなぜわからん!」
「承知しております。しかし、その上で彼女を救うことが可能だと言っているのです」
「その根拠はなんじゃ。どこにもないじゃろう!奴は千年前にこの世界を崩壊に導いたのじゃぞ!今でも奴を封印していたヘルヘイムの森には奴の生み出した死腐族が蔓延っておる。それによってどれだけの被害が出たことか…」
ここはまだ部屋の外のはずなのにこんな会話が筒抜けになるとかどんだけ白熱した親子喧嘩が勃発しているんだ…。
「失礼致します!魔王御一行をお連れしました!」
ノックをしてから騎士団長が声をかけると部屋の中が急に静かになった。それから少しして部屋の中から「入れ」とヘリオスさんの声と共に内側から扉が開かれた。騎士団長は一歩下がって俺たちに道を開けた。
「魔王殿中へどうぞ」
「あ、失礼します…」
「…おじゃまします」
俺が首を竦めて入っていくのに続いてサリナも俺の裾をぎゅっと握って部屋に入った。
「ようやく来たか。こやつらの平行線の会話を聞きすぎて頭がおかしくなるところだったのだ。これでようやく話を締めくくれそうだな」
アルゼノスが俺たちの姿を見るやいなやそう言った
。いつの間にか来ていたようだ。そんなことよりもアルゼノスの言い方が気になる。なんかそういう時って俺に何かしらの面倒事が押し付けられることが多いような…。
「ユーマ。お主が殺戮の天使の面倒をみろ」
「悪い予感ってのは当たるもんだな…」
「何か言ったか?」
「なんもないっす」
アルゼノスが一瞬だけ龍種の覇気みたいなものを放って威圧してきた。前に今の千倍くらいの規模の覇気を食らっているのでそこまで恐怖は感じなかったが、抗議しようという俺の中の決意は粉々に砕かれた。
「因みに理由を聞いても?」
「それはワシから説明しよう」
ここで今まで黙っていたヘリオスさんが横から割って入ってきた。
「お主は今危機的状況に置かれておるんじゃ」
「危機的状況?なんで俺が?」
「お主はもっと自分が魔王だと自覚して動くべきだったのじゃ。先の事件の主犯はお主じゃ、という噂が広まっておるそうじゃ。それをどこから聞き及んだのか、隣国の魔王が軍を動かしよった。今やこの国は魔王軍との交戦状態にある」
「はぁ!?」
交戦状態!?それってつまり、隣国との戦争が始まったってことだよな!?てか俺が主犯になって戦争ごとになる噂ってどんな噂だよ!?
告げられた衝撃的な内容に俺が混乱していると、いつの間にか目の前にアルゼノスが立っていた。
「お前にとっては衝撃的なことだろうが、これは現実であり、現在進行形で魔王軍は侵攻を進めている」
「そんなことになるような噂って…」
「ああ、そういえば内容を話していなかったな。噂の内容を要約すればこうだ。”怠惰の魔王によって、古の魔人殺戮の天使が目覚めた”というものだ。どこから漏れたのかは現在調査中だが、どうやら殺戮の天使が復活したということすらも公になってしまっているようだ。暴食の魔王の目的はおそらく殺戮の天使だろう」
暴食の魔王…つまり食欲大魔人がヨダレ垂らしてナイフとフォーク両手に行軍してるってことか?勘弁してくれよ…。
「殺戮の天使はワシら龍種を軽く凌駕する程の力を秘めておる。もし、その力が暴食の魔王に渡ってしまえば、世界のパワーバランスが一気に崩れることになるじゃろう。そうなっては魔王同士の戦争が勃発し、この世界が再び戦乱の世と化すのも時間の問題じゃ」
「それで世界が滅んでもおかしくない」
俺は突然聞こえてきた聞きなれた平坦な声と不吉なワードにびくりと肩を震わせた。
「そ、ソフィア…」
振り返ればそこにはソフィア…と、その後ろに知らない猫耳の生えた人が二人立っていた。一人は、軽装の鎧を付け、腰に剣を携えている長身の獣人。もう一人は、少し背の低い腰に拳銃(?)をぶら下げた軽装の獣人だ。二人ともどこかで見た覚えもなく不審に思っていると、俺の心を読んだのかソフィアがさも当然とばかりに紹介を始めた。
「この子達は私の弟子。自己紹介して」
ソフィアがそう促すと、二人は声を揃えて「はい」と返事をした。そして、長身の獣人が先に前に一歩出た。
「お初にお目に掛かります。ソフィア師範の弟子のシャルル・ハインウッドです。以後お見知りおきを」
続いて銃を持った獣人が前に出た。
「お初にお目に掛かります。シャルルと共にソフィア師範の弟子をしております。リニア・フロンティアです。どうぞよろしく」
ふむふむ。シャルルにリニアさんか。ふむふむ。
「……は?」
「ユーマは礼儀がなってない」
「いや、衝撃の事実第二弾が来たせいで礼儀もクソもないって。ソフィア、お前…」
俺は信じられないような目でソフィアを凝視した。
「友達いないからって、人を力で言いなりにしちゃごはっ?!」
俺の言葉を遮るように目の前に瞬間移動してきたソフィアの正拳突きが俺の鳩尾に炸裂した。俺はその場に蹲って悶絶した。
「全く…ふざけてる場合ではないぞ、ユーマ。これはお前が撒いた火種だ。その火種を一つ一つ潰すのも、撒いた当事者のお前の仕事だ。お前は魔人を連れて、この国と暴食の魔王が支配する隣国、マグナ王国の国境線へ向かえ。魔王がお前たちに気を引かれている間に、我らは迎撃の準備を進める。失敗は許されない。良いな?」
いいな?とは聞いてきてるものの、俺に断る権利は無いのだろう。確かに今回の騒動は俺が原因みたいだし、それに対処するのは当たり前か。それでもちょっとよく分からないけど。
ただ、最近ずっと動きっぱなしでろくに寝れてないからいい加減睡眠時間が欲しい…。しかし、そんな時間が俺たちに残されているとは思えない。とっとと終わらせて、とっとと寝るか。
俺はそう思いなおして頷いた。
「わかった。なんとか頑張る」
「うむ。頼んだぞ。失敗したら喰われるぞ」
なんだか、ものすごいことをサラッと言われた気がするけど気にしない。怖くて足が震えるから気にしない。
……マジで行きたくねえええええええ
俺はこうして戦争の火種を撒いた当事者として、その後始末をさせられることになったのであった。