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寿限無-SNSアカウント名が長すぎて-

「やあ、最近うちの子どもが生まれるんだ」

「おめでとう!名前は決まったの?」

「それがさ、嫁さんと二人でSNSアカウント名を先に決めちゃって...」

「え?アカウント名?」

若い夫婦の清水さんは、生まれてくる赤ちゃんのためにインスタグラムとXのアカウントを作ることにした。「子どもの成長記録として使いたいな」という現代らしい発想だった。

最初は単純に考えていた二人。

"Baby_Shimizu_2024"

ところが、両家の祖父母に相談したところ、事態は思わぬ方向へ。

お母さん側の祖母が言う。

「そうねぇ、うちの家系は代々『福』を大切にしてきたから、『Fortune』も入れたほうがいいわね」

"Baby_Shimizu_2024_Fortune"

お父さん側の祖父が続く。

「いや、『Dragon』も入れなさい。辰年だから縁起がいい」

"Baby_Shimizu_2024_Fortune_Dragon"

SNSに詳しい従姉妹が首を振る。

「今どきのインスタグラムは『Happy』『Smile』『Sweet』『Angel』このあたりのワードが人気よ。全部入れましょう!」

"Happy_Smile_Sweet_Angel_Baby_Shimizu_2024_Fortune_Dragon"

会社の先輩ママが意見する。

「『Love』『Joy』『Happiness』は基本でしょ。あと『Special_Moments』も入れないと。『Forever_Family』って付けると、いいね数が倍増するわよ」

近所に住む占い師の老婆が言う。

「このご時世だから『Lucky』『Rainbow』『Star』『Precious』この四つの言葉でお守りになりますよ」

カフェで偶然会ったインフルエンサーが助言する。

「#Memories #Growth #Blessing #Journey これらのタグは今トレンド入りしてます!」

かくして最終的なアカウント名は...

"Happy_Smile_Sweet_Angel_Lucky_Rainbow_Star_Precious_Baby_Shimizu_2024_Fortune_Dragon_Love_Joy_Happiness_Special_Moments_Forever_Family_Memories_Growth_Blessing_Journey"

「短くしようと思ったんだけど、どれも捨てがたくて...」と清水さん。

「毎回タグ付けするの大変そうだね」

そして問題は、その長いアカウント名に慣れてしまった二人が、出生届の名前欄でも同じように悩み始めてしまったことだった。

「やっぱり"Happy"は入れたいよね?」

「"Angel"も外せないわ」

「"Lucky"も縁起がいいし...」

「"Dragon"がないと祖父が怒るわ」

区役所の職員は深いため息をつきながら、優しく諭した。

「お二人、戸籍上の名前は、常用漢字か平仮名・片仮名でお願いします...」

結局、赤ちゃんの名前は「はっぴい」に落ち着いたものの、SNSアカウント名は相変わらず長いまま。

タグ付けに時間がかかりすぎて、赤ちゃんの可愛い瞬間を撮り逃してしまう清水家であった。投稿しようとすると、アカウント名を入力している間に赤ちゃんは次の表情に変わってしまうのだ。

そんなある日、幼稚園の発表会。我が子の晴れ舞台を動画に収めようと、清水さん夫婦は前列で構えていた。

「はい、次は星組のみんなの出し物です」と先生が言う。

「あ、その前に清水くんのお母さん」

「はい?」

「さっきいただいた写真、インスタにアップしていいって言ってましたよね。アカウント名を教えていただけますか?」

「あ、はい。えっと...」

「Happy...Smile...Sweet...Angel...Lucky...Rainbow...」

「Star...Precious...Baby...Shimizu...」

「えーっと、次は確か...Fortune...Dragon...Love...」

「Joy...Happiness...Special...Moments...」

「Forever...Family...Memories...Growth...」

「あ、そうそう、Blessing...Journey...」

先生がアカウント名を書き留め終わった頃には、発表会は無事終了。清水くんは既に午後のお昼寝の体制に入っていたとさ。

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