沖縄の貧困家庭のこども
前回の記事で、チラッと私の育ちも載せましたが
幼少期は、本当に辛いことをたくさん経験しました。それを少し、書いておこうと思います。
けど、けして私は、誰も恨んでないです。大人になるにつれて、人生のスタートラインの不平等を理解し始めますから。
あ、もはや、感謝してたりするんです。
【⠀苦労は買ってでもしなさい。】
私の場合、これが、無償で与えられたんですから。笑
そして、苦労は買ってでもしなさい。と教われど、どうしても避けたくなるものです。。
それを、避けられない環境として与えられたのですから。
あの、辛い日々に感じた悲しい感情は
今でも忘れません。
私の母は、16歳で私を産みましたが、育児をせずに遊びまわって、私が4歳の頃には、完全に縁が切れ、県外へ飛んでいました。
祖父母のもとに、残されましたが
こちらは、生活保護受給世帯で、祖父母はアル中でした。祖母は私が産まれた時から、今もずっとうつ病です。
生活保護のお金が入る度に、祖母は機嫌が良くなり、レストランへ連れてってくれました。
小学2年生の私は「お願い。お酒は飲まないで。たくさんは飲まないで。」とまだシラフで機嫌の良い祖母に、小声で必死にお願いするのです。
祖母は、何も言わずに、ニコッとするだけだったと思います。
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