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枠を超えろ、五感に響け

先日、『スローフード宣言〜食べることは生きること』出版記念トークの第2弾で、シェ・パニース元料理長のジェローム・ワーグさんにお話を伺いました。

「アリスは "We Are What We Eat / 食べることは生きること" と書きました。まったく同感ですが、私の場合、その裏面にもう半分、真実が残されているとも思っています。

 "We Are What We Cook / 料理することは、生きること" - 私たちはこの世界から得たものを料理します。そうすることで実は、世界が私たちを料理し、変化させているのです。
 料理することは、周囲の自然と、この世界と、つながり直すことだと思っています」

そんな風に語ってくれたジェロームは、アリスが息子のように大切にしている人。「アリスが最も愛した料理長」という表記を読んだこともあります。

まずはアリスとの出会いを聞きました。

「出会いのきっかけは、母でした。南仏で小さな料理店をやっていた母とアリスが古くからの友人で、アリスはうちに滞在するたび、母が市場に買い出しに行くのに喜んで同行していました。

 シェ・パニースには、母と弟と共に、17歳の時に初めて訪れました。その後、高校を卒業して、メキシコやインドを1年半旅した後、料理経験など何もないままシェ・パニースで働きはじめたのです。バスボーイ(ウェイターの補助業務)を3回クビになりかけて、辞めたくないと渋ったら、"仕方がないから厨房に入りなさい" と留めてもらいました。それが料理人としての自分の経験の始まりです」
「サンフランシスコ、ベイエリアのいいところ、面白いものはすべて、シェ・パニースで学びました。特別な店だと思いますよ。1階のレストランのメニューは毎日変わりますが、1日1メニューだけ。前半のディナーと後半のディナーの間にはしっかりと30分休憩を入れ、その時間にその日のメニューをスタッフ皆でテーブルを囲んで食べるんです。何が足りていて、何が足りなくて、どうしたらもっと食材の魅力を引き出すことができるか。毎日、皆で語り合いながら料理をすることができました。

 食べることに情熱を持っていた自分にはぴったりの仕事でしたが、シェ・パニースでなかったら、料理の仕事も続かなかったのではないかとも思います。神田に開いた店、ブラインド・ドンキーでもランチ営業の後、午後の時間に皆で食卓を囲みますが、これは、シェ・パニースの影響です。というより、僕の場合はそれ以外にやり方を知らなかったんですね」


ジェロームは、シェ・パニースで25年間働いていましたが、途中からは理事会にかけあって、料理人としての勤務を週3回に減らしたそうです。理由は、「食と政治をつなぐ表現をしたかった」から。

ベイエリア全域の美術館や広場などで「食」と「アート」を通じて、生産者、料理人、消費者をつなぐイベントを開催していたのです。

「あの頃は、とにかく "食と政治" について皆で考えたかった。都会の生活では、自然と人、生産者と食べ手が切り離されていることに危うさを感じていました。そこで、"Open Restaurant” と称して、ベイエリア全域の美術館や広場で "食" と "アート" を通じて、生産者、料理人、消費者をつなぐイベントを開催し続けました。

 レストランを開くということは、食事を提供するということ。お皿の上に乗るものは、エネルギーであれ、食材であれ、誰かが作ったものに頼らざるを得ません。誰がどんな風に関わって、目の前の一皿があるのか。食事の背景にある物語を、アーティストの力を借りて表現したかったのです。

 グラスに注がれた1杯の水がどこから来たのか、自然の循環とカリフォルニア中の水のネットワークを表現したこともありました。お皿の上のキングサーモンについて、音楽とインスタレーションで表現しながら味わっていただいたこともありました」

シェ・パニースは去年50周年を迎えましたが、40周年を記念して出版されたこちらの本に、ジェロームたちの記録も載っています。

以下、ジェロームの文章を意訳:

 「The Flavor of Democracy / 民主主義の味」は、私がヴェスプッチーニと呼んでいるパスタを作るパフォーマンスです。生パスタ生地にアメリカ憲法の前文を型押しして、文字列に沿って短冊状にカットします。このパスタ作りと調理には、シェフだけでなく、イベント参加者も携わるのです。ソースの材料をどうするか、意思決定の民主的プロセスから参加してもらったこともありました。

 「The Flavor of Democracy / 民主主義の味」の初回は、アーティストのクリス・ソラーズと共に、サンフランシスコのショットウェル667にあった彼の実験的パフォーマンススペースのキッチンで開催しました。
*ヴェスプッチーニ: そんな名前のパスタはありません。笑。15世紀にアメリカ大陸を「発見」したイタリア人航海者、アメリゴ・ヴェスプッチの名前からの言葉遊びで、ジェロームが命名したパスタの名前なのかな?と勝手に想像しています。ジェロームに聞けばよかった。
「僕は、レストランがレストラン以上の存在であることができることをシェパニースで学びました。小さなローカルビジネスがこんなにも力強いことを味で知り、どれだけの人生に影響を与えるかを知り、一つ屋根の下からこんなにもたくさんの物語が生まれることを知りました」
チャーリー・ハウエル(シェ・パニース元スタッフ)


以下、サム・ホワイトさんの文章を意訳:

「"OPENfuture" は、サンフランシスコ現代美術館で開催した未来の食卓展と同時開催しました。300kgの豚を串焼きにするスペクタクルは、参加者に衝撃を与えました。菜食主義者は初めて肉を口にして、肉食する人はもう二度と牛肉を食べることができないような気持ちになりました。アートが生きた経験として共有され、牛肉のようなものが何を意味するかが再定義されたのです。

 "OPENrestaurant"は、迷い、学ぶために食の経験を彫刻するアーティスト集団です。参加者はデザートのアイスクリームを攪拌するために自転車をこぎ、オークランド市の地図を見てサラダに盛るトマトがどこにあるかを探す羽目になります。今まさに自分が食べている野菜を育てている農家さんが突然巨大なスクリーンに投影され、その野菜が育った土がグラスから香り、実際、ギャラリーの床からは植物が生えてくるのです。

 一般的なレストラン体験という枠組みを外し、かつ、レストランの言語で語ります。人と食の関係性を深めることに場を使うのが、OPENrestaurantなのです。
*サム・ホワイト:シェ・パニース2階のカフェの店主であり、バーテンダー。
ジェロームやチャーリーと共に OPENrestaurant を主宰した。


そんな風に、料理の枠を超えて五感に訴えるジェロームの作法は、震災後の日本にも届きました。

2011年の秋、シェ・パニースでインターンをしていたことがある野村友里さんをコーディネーターに、料理人とデザイナーの集団が4カ月間に渡り、さまざまなイベントやディナー、パフォーマンスを展開しました。その間に人生観を揺さぶられた人の数は知れず、なかでも現代美術館で開催した "OPENharvest" は、今も多くの人の心を捉えて離しません。

主催のジェローム自身は、その間に日本に惚れ込んでしまいました。

シェパニースを卒業し、OPENharvestに参加した料理人のひとり原川慎一郎さんと共に、神田に The Boind Donkey という店を開きました。そんなジェロームも今は結婚して、東京と徳島県神山町との二拠点生活を始め、自然や森と近い暮らしを愉しんでいます。

「50歳をすぎて、すべてのキャリアを離れて、言語も人脈も経験もない日本に移住した理由? 理由なんてないよ。笑。だから、クレイジーだ、やめろという人もたくさんいました。でも、自分の心の奥底に "Yeah, これは間違いなく名案だ。やってみよう" と揺らがない何かがあったのです。

 来てみたらビックリですよ。まさか、数年後、自分が自然と里山の真ん中に位置する美しい古民家に暮らして、川のせせらぎを聞きながら、生後三カ月になる赤ちゃんを抱いているなんて。移住を決めた当初は、そんな途方もない幸せを思い描くことなど、できてはいませんでした。

 アリスの本でいう "ファストフード文化" - 安くて、簡単で、無難な選択肢は他にいくらでもありましたよ。でも、それは選ばなかった。五感に響き、細胞が喜ぶ方へと自分を揺り戻そうと思った結果、今があります。

 三カ月間の時間をとってお遍路の旅をするようなことは "ファスト" の真逆ですが、とても豊かでしょう?僕はいつも、そういうことを大事にしていたい。今は、近所の森を散歩して、菌類や微生物が土の下でどんな動きをしているかに思いを馳せる時間に豊かさを感じています。お遍路にもいつか挑戦したいなと思いますよ」
ジェロームのパートナー美緒さんは、神山で森の学校「みっけ」を主催している


年を重ねるごとに、五感に働きかけることの力強さってすごいと感じます。読書やお説教から学ぶことができるのは、もともとそこに関心がある人だけだけど、感動で細胞や五感が揺さぶられるとき、誰もが何かに気づき、学ぶから。

ジェロームは、ご自身のことを「料理人としては素人だった」と言うけれど、きっと若い頃から「そのままの自分」であることや既存の枠組みを越えること、人が「ハッ」とする表現を生み出す天才だったのではないかと感じました。そして、アリスはそこを愛でていたのだろうなと。

シェ・パニースの活動の多くは、そんな自由な感性でお店を出入りした無数の才能に支えられていたのだと考えたら、妙な納得感を得ることもできました。枠組みからはみ出る情熱や才能を決して潰さず、むしろ愛して育む土壌がシェ・パニースにはあって、それが「予約のとれないレストラン」に昇華したのだとしたら...

すべての職場や学校に、そんな土壌があったらなあと思わずにいられません。

まとまらないままですが、
ジェロームにお話を伺うことができて、とにかく幸せでした!

次は、11月24日に虎ノ門にて、日本で "OPENrestaurant" に携わった料理人の野村友里さんと原川慎一郎さんのお話を伺います。お楽しみに。

https://www.shibuyabooks.co.jp/event/9226/

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