あの頃と違う味
幼い頃父に買ってもらったお菓子を思い出した。
「ビスコ」だ。あの頃は器用だった。重なってるクッキーを剥がして、クッキーの部分だけ食べ、
残ったクリームが乗ってる方を時間をかけて楽しむ。あの数分数秒が堪らなく愛おしかった。
父にビスコを買ってもらうときは、どこか出かける時だった。幼い頃は電車が好きで、電車の運転手になりたいと思っていた。
電車に乗る前に一つお菓子を買う。その際に選んだのがビスコでよく味を決めるのに苦労した。
コンビニで並んでるビスコの味のバリエーションなんてたかが知れているが、幼い頃の自分にはそれが特別だった。
そして、最近「ビスコ」を見た。
あの頃とは違う景色、目線、心、社会全てが。
あの頃は、目線一つ下げなくても手に届く高さ、
目の前に「ビスコ」はいてくれた。でも今は目線を落としてしゃがまないとその存在にすら気付かない。
そして「ビスコ」を手に取った。
あの頃とは違った。
あの頃、大好きだった電車。隣にいた父親。ビスコの味を決めるのに苦労した自分。そんなものはありはしない。 近くに病院がなく、仕方なく東京まで足を運んで診断書をもらう自分。しんどかった。
今や電車は自分の、救済に成り得るかもしれないし、隣には誰もいやしない、ビスコの味なんて極論なんでもいい。そんな心の余裕すら持っていない。
幼い頃好きだった食べ方。その数分数秒がなぜか惜しく感じてしまう。
最寄駅に到着し、停めていた車に向かって歩き出す。その時「ビスコ」の封を開けた。少しサイズも小さくなった?と思いながらビスコを口にする。
あの頃と違う味だった。