感想:ルノワールとパリに恋した12人の画家たち

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画像4 ほとんどの輪郭は他の絵と同様ぼやけているのに、彼女の左腕だけが妙に生々しく艶やかだった。きっとルノワールはその腕に触れたことがあるのだろう(もしくは触れたいと切に願っていたのかもしれない)と感じた。
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画像6 マティスの描く女性は、とても強い目をしている。形は極限までシンプルに削られているにも関わらず、強さだけは感じとれる。 それに対する体の女性らしさが、私には少しこわい。女というものを武器にせざるを得ないヒトたちの強い眼差しは、私には重い。そこまでの割り切りは出来ない。 どちらかと言えば私は、自ら率先して女を武器にしている気がするので、後ろめたさを感じるのかもしれない。
画像7 ドランの描く生々しい女体を見たときに、これは男性の思う美なのだろうと感じた。そこに浸れない女性の私が少し残念だった。
画像8 そして、その次に飾られていたのがマリー・ローランサンの絵だった。女性が描く、女性の美ってこれだよな、と感じた。モデルの線の細さに憧れたり、意志を持ちつつも気怠げで何も決めつけない目線、愛に溢れつつも寒色で平坦に描かれる冷静さ。 特に、マドモアゼル・シャネルがとても素敵だった。 そして、この肖像画を気に入らなかったというシャネルとのエピソードも美しい。(写真8枚目) シャネルの強さも弱さも映し出した美しさだったからこそ、自分では受け入れられなかったのではなかろうか。
画像9 最後に飾られていたのは、シャイム・スーティンの絵。私は直視することが出来なかった。 ホテルのボーイ、聖歌隊の少年、小さな菓子職人。 どれも普通の人をモデルにしており、人々の弱さを映し出したような絵だった。
画像10 自分は間違っていないと思いたいがための神経質さ、聖歌を歌うことさえしていれば大丈夫との盲信。目の前に一生懸命で考えることをやめているように見えて、心が抉られる気持ちだった。 そう見えるということは、自らがそうありたくないと思っているということに他ならない。

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