妊娠・出産と支援者協働の価値を再定義してみる
助産宿(じょさんじゅく)という産前産後支援のチームで9カ月ほど、活動している。助産師さんが妊娠中や産後のお母さんをケアするように、本人や家族の価値観や事情にできるだけ合わせて本人の選択を尊重し(個別的)、本人の産む力や赤ちゃんの産まれる力、家族みんなの生きる力をできる限り尊重したサポートで(生理的)、妊娠中から産後までずっと相談できたら(継続的)ーーという3つの柱をコンセプトにしている。
みんな本業の傍ら、ボランティアで活動に従事している。でもこのままでは長続きしない。末永く、活動を続けるためにも、無理のない範囲で収益化したい。提供してもらったプロとしての知見、労力に見合う対価費用を還元したい。…こうして慣れない事業創出に試行錯誤する毎日。
プロの知見、労力で地域経済を回したい。無償で良いはずがない。でもその理解をどう得て、誰を対象に、どうマネタイズしていくのか。トップは孤独とはよく言ったもの。みんなでやろうと言ったけれど、「何を言ってもいいし、何でも言える組織にしたい」とは言っているけれど、引っ張っていくのは言い出しっぺの私。でも、イヤイヤやるんじゃなくて、たとえ現実が厳しくても、もっと楽しさや面白さ、ワクワクいっぱいの期待を前面に出していけたら、自然と人が集まるんじゃないかとも薄々感じている。
どうして産前産後にこだわるのか。現時点での想いを再度、綴ってみたい。
身体にいのちを宿し生まれ出づるーー稀有な体験
産前産後は一時のこと。人生の中でもごくわずかな期間。だから出産はイベント的位置づけで、妊娠中や産後につらくても「しばし我慢すれば…」とその瞬間を耐えることを受け入れがちだ。そもそも、出産一時金が出るとしても、産院への支払いが先行するし、その後の子育てでも教育費の重圧が…。
だから、産前産後には+αのお金を発生しづらい。ビジネスになりづらい。
でも、妊娠・出産は人生を変え得る節目になる。人の身体に命が宿り、体の中で少しずつ育ち、命を身体に宿したその人は親になる。人の中から人が出てくる。物理的にも、精神的にも、心理的にもーー変化の連続。
そして、妊娠・出産自体が稀有な体験になりつつある。子を持つも持たないも人生の選択――そう考える人が増える現代社会において、また不妊治療の増加と共に、代理出産という言葉も飛び交う中で、子を産むことは「誰にとっても当たり前のこと」ではなくなっている。
たとえいのちが身体に宿っても、無事に生まれる100%の保証はない。いのちが宿るのも奇跡だし、無事に育って、この世界に出てくることも奇跡の連続。もちろん、身体づくりとか、環境整備とか、産む女性や家族にも、できることがたくさんある。しかし、完ぺきな結果は約束できない。何が起きるのかわからないのがお産でもある。そんな自然の摂理を突き付けられる。
たとえ生まれた後も、いつ寝返りするのかハイハイするのか、歩くのか、自分の親に抱いてきた想いや親との関係が、自分の子との関係を通してあぶりだされ、子を育てるとはつまり、人間を育てる行為を通じて、自分の価値観を問われ、ここはどうするか、にこっと笑うのか、怒るのか、泣くのか、1人の人間として正直な感情を伝えるのか、「大人」として少し距離を置いて対応するのか、正解のない難題の連続に直面する。
人生のトピックスが凝縮されているのが妊娠・出産・子育ての一連の流れだと、自分も3度の妊娠・出産を経て、3人の子育てをしながら、まさに痛感する毎日を過ごしている。
妊娠・出産で人生のスタンスを見つけておく
自分や家族の価値観を変え得る体験が妊娠・出産なら、あらためて家族を作るスタート地点に立てるのが妊娠・出産なら、子育てを通してもう一度、生まれ育ちをやり直せるのが妊娠・出産なら、「人生をどう生きるか」のスタンスについて、ちょっと深く考えるのもいい。妊娠・出産はその好機になる。
なぜ妊娠・出産が大事か。それは人生にまたとない稀有な体験から、その後の子育てや仕事にも大いに影響を及ぼすから。
もちろん仕事だって思い通りにいかないことが多いけれど、赤ちゃんは本能のままに生きている。理不尽な体験は仕事の比じゃない。また、妊娠・出産では自然に返るというか、自分の心身が今、どんな状況で、何をしたら心地よくて、何を自分が必要としているか、自身の身体と心の声に耳を澄ませ、感覚優位で過ごすことが重要になる。自然との自分なりの距離感を知り、思考優位の現代人を自然に返してくれる絶好の好機が妊娠・出産なのだ。
妊娠・出産・子育てで学んだ「時短で効率よく過ごすコツ」と「どうしようもない時に腹をくくる度胸」は仕事でも活かされている。自分ができることを尽くす一方で、思い通りにならないことは手放す。この絶妙なバランス。その時の精いっぱいを全身全霊で尽くすと同時に、執着を手放すことの繰り返し。妊娠・出産・子育ては自力と他力のバランスを磨く修行でもある。
もちろん、気づいたときに、人はいつでも変われる。変わらないようで、大人だって日々の出来事を通して、少しずつ気づき、学び、成長している。
でも、人生におけるインパクトとしては、子を身体に宿す、生まれ出づる、そして育てる――この出発点である『妊娠・出産で尊重される体験や主体性を発揮する経験がいかに大事か』を、声を大にして何度も何度も伝えたい。
自分が自分の人生の主体者になる
現在、ほとんどの人が病院で出産しているが、大きなシステムの中では、声が届きづらい場合が多い。どうしても病院や医療スタッフの都合が優先される。個別の声を聞き入れられないのも仕方ない一面がある。
それでも、諦めたくない。現状の環境の中でも、もう少しの配慮で、もっとできることがあるのではないかとの思いを払拭できない。
専門性が高まるほど、「素人が何か言ってもいいのか」「些細な疑問を聞けるか」の不安に陥る。「病院・医師頼みで産ませてもらう」ことが、「何かあったら病院・医師の責任」に過剰に偏り、医療訴訟を生んでいる。妊娠・出産の現場では他力本願になりすぎる傾向があり、少子化と過酷な労働環境も相まって、全国各地での参加病院の閉鎖につながっている。コロナ禍で面会も立ち合い出産もままならない。安心して産み育てる環境が危機に瀕している今、もっと産む人主体でお産環境を作り直す時期に差し掛かっている。
その人が親になるスタート地点で、自分で情報を調べ、自分のできることを模索し、可能なことと自然に任せるべきことの中から可能な選択を尊重される体験。他者依存だけに偏らず、自律と健全な頼り合いのバランスを知る。
文科省が教育改革の目玉として掲げ、学校現場で必死に取り組まれている「主体的な学び」=アクティブラーニングの原点が妊娠・出産にあると言える。
親の背中を見て子は育つ。はっきり言って、口先だけのしつけなんてほとんど意味がない。しつけは行動でしか示せない。それなら、親が妊娠・出産の節目で、人生をどう生きるかを決めておく。これがその後の子育てにも多大に影響することは容易に想像できる。
親がまず自分の人生で自分が主役となって、自分の選択の中で生きる。他力本願になりすぎず、自律しながらも、自力だけで頑張りすぎずに、素直に他者を頼る。その背中から、子どもたちは自分でできることを尽くし、困ったら人を頼ることも覚えていく。親の言動で、子供たちに伝えられることがたくさんある。
自分が自分の人生の主役となるきっかけを作る妊娠・出産。もう一度、その価値が見直されるよう、地域社会にもっと働きかけ、啓発していきたい。
リアルなつながりが地域社会を変える
妊娠・出産が人生の中で大事だということと同じくらい、支援者がつながることも大きく影響する。そして何より、これだけ情報通信やSNSの発達した社会だから、顔の見えるリアルなつながりが大切になってくる。
産院が、産前産後の支援者が、単独で取り組んでいる事例はたくさんある。でも、産院や支援者同士がつながったら、立場や考えの異なる者同士が対話をする機会が少しでも増えたら、単独で動くよりも効果を倍増できるんじゃないか、自分の手元で振り返りもままならないまま保管されたままになっている、いくつもの事例や幅広い知見を共有し、地域に合ったケアやサポートを提供し、妊産婦の自律的なお産も増やせるんじゃないかと考えている。
価値観や表現方法はいろいろあっていい。その多様性の中で、共通の核になる「大切なこと」を模索し、もっと妊産婦さんへ伝えていけたら、安心できる産み育て環境を地域につくれるんじゃないかと妄想している。
それには、まず気づいた人からつながること。つながることの重要性や効果に気づいていない人、または日銭を稼ぐよりも重要じゃないと比較している人が一定数いるんじゃないか。諦めずに、そこに抗いたい。私たちが挑んでいることは、もっと大きなことだと。その価値を認めあえる社会にして、みんなが少しずつ支援の輪をつなぎ、妊娠・出産のプロの支援で経済を回す社会にしていきたい。誰のためでもなく、自分自身を大切にする社会に。
私が私らしく、あなたがあなたらしくいること。誰もが自分を大切にする。自分が自分らしく生きることを尊重する。それは、自分についても、目の前のパートナーや子どもに対しても。
妊娠・出産・子育てを通して、自尊心を高め、多様性を尊重する。みんな人生のスタートは赤ちゃんだった。妊娠・出産・子育てを真ん中に、誰もが輝ける地域社会を作る。その舞台が妊娠・出産・子育てのケアやサポートにはある。たとえ子どもを持たないと決めた大人にも、10分、20分抱っこしてもらえるだけでいい。その子の話を聞くだけでもいい。自分の経験を語るだけでもいい。少しの寄付をしてもらえるだけもでいい。わが子との日常に体力や神経をすり減らし、疲弊している親にとってはそれだけですごく助かる。
そんなワクワクいっぱいの舞台をこの身近な地域社会に。最初は草の根運動でも、理解し合える人がつながって、少しずつ大きな輪に、集いにしていけたら。そんな思いを込めて、助産宿を運営していきたい。
まだ生後1年にも満たない、よちよち歩きのチームだけれど、賛同いただける方のご寄付や、4月からの会員登録制度への申し込みを募っています!
安心して産み育てやすい社会を作るため、また社会全体で子育てを支援する仕組みを作るため、サポートいただけると嬉しいです。いただいたサポートは、あいのちの活動で使わせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。