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コンプレクッスはコンプレックスなのか。

コンプレックスはそもそもコンプレックスなのか?ある出来事がきっかけにこの疑問が浮かび上がりました。そして、自分のコンプレックスが生まれた原因を洗い出していくうちに、自分のコンプレックスを以前よりも受け入れることができるようになりました。
この一連の流れをお話するのと同時に、現在のコンプレックスが生まれる社会的価値観について書いていきたいと思います!☺︎

先月コンプレックス産業について少しツイートしたのですが

コンプレックス産業ともつながりが深いと考え、コンプレックス産業について少し調べてみました。

コンプレックス産業とは...顧客の外見・内面の問題を解決し、それに対する対価を得る産業である。ここでいうコンプレックスとは、心理学用語ではなく、いわゆる「劣等コンプレックス(→劣等感)」を指す。


例をあげると、脱毛・美容整形・ダイエットサプリ・育毛剤など、街には多くのコンプレックス産業の商品で溢れています。
コンプレックス産業は顧客のコンプレックスを改善できるサービスであるのは間違いありません。ただ上でのツイートの通りコンプレックス産業自体が、人々にコンプレックスを誘起し、それを「改善」するよう促し、利益を得ようとする場合もあるのではと考えています。

なぜこのように考えるようになったのかというと、どうして改善したいと思うようになる理由が答えられないからでした。

なぜ改善したいと思うようになったか答えられない。

上記の例の中で、私が頻繁にお世話になっているのは脱毛の商品です。中学1年生の時に自分の体毛を処理しないといけない、脱毛したいと思うようになり、現在では永久脱毛にも通っています。

xxxxxx体育と水泳の時間に脱毛をしたいと感じるようになりました。半袖半ズボンになると毛が生えているのが目立ち、体育座りをしている時に男の子が私の隣に座ると、毛が見える足の部分を自分の腕で隠していました。
ただ必死で隠していた記憶はあるのですが、なぜ自分の体毛を隠したいという感情が芽生え始めたのかが覚えていませんでした。誰かに「腕の毛を剃りなさい」と言われるなど、脱毛をしたい感情が生まれる具体的な機会は存在しなかったからです。
実際に母親に脱毛したい思いを伝えると、あなたにはまだ早いでしょう?と言われ中学2・3年生になるまで脱毛を我慢した記憶があります。
そして中学2年生になり母親から許しを得ると、それ以降はあたりまえの習慣として脱毛を行い続けています。

中学生の頃も誰かに「女の子なら肌スベスベでいなきゃね〜」と言われていたらきっと嫌な顔をしていたはずだし、すべての女性が脱毛をするべきという義務感を抱いたこともありません。
けれど、いつからか自分に毛があることを恥じらい、「脱毛をしないければ、脱毛をしたい」と思うようになり、近くにいる男性は処理をしていない人が多くいるにも関わらず、つい最近まで脱毛をしない選択肢が存在するという意識は皆無でした

こうした価値観があった中で、脱毛をしないという選択肢が生まれたきっかけは、大学のサークルでフランス人の中学生と高校生の姉妹とお話した時でした。
ふと彼女たちの腕を見ると腕の毛を処理している形跡がありませんでした。
中学生では何人か処理をしていない友人はいましたが、高校生で無処理の人は見たことがなかった私には衝撃でした。
私が中学生の時に自分の腕や足を恥ずかしいと思い必死に隠していた姿を比べると、彼女たちからは毛があることを恥ずかしむ気持ちや態度は、一切感じ取れませんでした。

彼女達の腕を見て、私はどうして脱毛をしているんだ?どうして脱毛をしたいと思っているのだろう?と疑問に思うようになりました。
したいと思うきっかけがないため、一番影響があったであろうものを考えてみると、テレビCMや雑誌にありました。

脱毛のテレビCMや毛が一切見えないスベスベな肌のモデルさんの姿を小さい頃から見ていた私には、スベスベな女性が美しいと思い込み、その姿になることが価値があると思い込んでいたのかもしれません。


ここで脱毛(脇毛に絞る)の歴史を調べてみると

古代から毛を剃ろうとする風習は見られるようですが、近代において女性は脇を剃る状態が望ましいという風潮が生まれたのは、1915年の5月のハーパーズバザールという雑誌が一つの引き金になっていたそうです。その雑誌には脇毛が生えていないノースリーブで両肩を上げて、ポーズをとった女性の広告が掲載されていました。

私たちがコンプレックスと思っていることはコンプレックスなのか?

テレビCMや雑誌で脱毛の広告をしないでほしいとは思いません。CMがなければ、もしある体の部位に毛があることをコンプレックでいる人が、コンプレックスを無くせる情報が入ってこなく、コンプレックスを改善できないかもしれないからです。

私が日々疑問に感じていることは、”自分たちがコンプレックスだと感じていることが、本当にコンプレックスなのか”ということです。
コンプレックスというのは相対的なものです。
それぞれ顔つきや肌の色が異なるように、一人一人異なるコンプレックスを抱いているはずではないでしょうか。

もしコンプレックスを持っている人がいたら、何がきっかけでどうしてそれがコンプレックスになったのかを思い出してみてください。

もしかしたら社会の良いとされる価値基準にずれている個人の特徴を、コンプレックと認識しているだけかもしれません。
私の場合は、女性の肌がスベスベである社会的な美の価値観を絶対的なものと認識してしまい、毛が生えていることをコンプレックスに思い、脱毛を行っていました。

サービスを使いながら自分のコンプレックスを嫌いになることをなくしていきたい

コンプレックスをなくすことは不可能に近いのではと感じています。
なので、これからもコンプレックス産業が成長していき多くの人のコンプレックスを改善される商品が増えることを望みます。

コンプレックスの商品を使いながら自分のコンプレックスとの向き合い方が変化していってほしいです。
コンプレックスを個性だと捉えなおすのは難しいかもしれませんが、自分が嫌いだと思っていた自分の体を、”嫌いになるのをやめる”ことはできるのではと思います。
実際に私は自分の顔のある部分がコンプレックスです。(どこかは秘密にさせて)今でもコンプレックスであるけれど、自分の美の価値観がアップデートされていき、昔に比べるとコンプレックスの部分が嫌だと思うことは減りました。

そこで商品を使いながら、自分のコンプレックスの認識をアップデートできるようなブランドを紹介したいと思います。
アメリカのbillieというシェービングやボディケア商品を扱っているD2Cのブランドです。
A CELEBRATION OF FEMALE BODY HAIRと称したBody hairのプロジェクトを行っていました。


過去100年間、女性の剃刀ブランドは女性の体毛を認めていません。コマーシャルでは、完全に滑らかで毛のない脚を「シェービング」する女性を映しています。不思議ですね?しかし、誰もが毛を持っています。あなたが毛を成長させる、それを取り除く、またはそれを梳くかはあなた次第です 。
(引用:https://mybillie.com/pages/projectbodyhair)

billieは毛が生えていない肌は女性としての美しさを持っていると伝えるのではなく、「女性達には毛が存在しない」とされていたものを、実在すると伝えています。そして毛を処理する・しないもあなた自身と私たちに選択を委ねています。

社会的な価値観のアップデートの動きも

こうした価値観を伝えてくれるブランドが増えるのと同時に、社会的な価値観のアップデートをしていく必要もあると思います。
綺麗な女性と認識するために演出された女性は、全て毛が生えていないスベスベな肌でした。そこから美しい女性=毛が生えていないという価値観が生まれ、コンプレックスがうました。なので、その価値観がアップデートされなければ、コンプレックスと認識し続けてしまいます。
私が最近、体毛に関して価値観がアップデートされたのは、歌手のあっこゴリラちゃんの曲です。
GIRLの脇毛解放ソング「エビバディBO」です。ぜひチェックしてみてください!

「自分の体を必要以上に嫌うってすごく損!どうせなら自分のことを好きでいたい!」
そんな思いから自分のコンプレックスと向き合っていき、数年前よりもだいぶ自分のコンプレックスが減りました。

以前よりも手入れをする回数が減ったり、以前は毛を剃り忘れた時には自分をだらしないと責めていましたが、今ではそろそろ剃らなきゃ!と思わぐらいになりました。少しはアップデートされたのかな?と思っています☺️

コンプレックスが減るきっかけとなったのは、自分の古い価値観がアップデートがされる何かと遭遇した時です。
なのでコンプレックスを改善できる商品が増えるのと同時に、自分の価値観をアップデートできる商品や価値観が増え続けていって欲しいです。

終わりに

今回は古い価値観をアップデートできる一つのきっかけになればと思いnoteを書かせていただきました。
今後も自分の体毛を処理してくれる脱毛サロンを探しつつ、自分の価値観もアップデートしていこうと思います。



未熟者なのでインプットしまくり急成長中です〜!なのでこいつ面白そうだなと思いポチっとしてくれたら本代に当てさせていただきます!