宗教論➁
➀疑わないという状態
吉本隆明の祖父母は極楽や地獄の存在を疑っていなかったという。吉本は1924年生まれなので、吉本の祖父母は幕末か明治初期の生まれであろう。吉本は庶民家庭の出身だから、その祖父母も庶民だと考えると、幕末か明治生まれの素朴な人達は信仰を持っており、それも深いものだったと推測できる。
現代人の信仰は、吉本の祖父母のような初めから疑っていないような類のものではない。信じようと意欲して信じている状態であろう。(もっとも宗教二世は違うかもしれない)
疑っていないことと、疑っていたが信じるに到ったというのとは異なる。
小林秀雄は「信仰を持っているか?」と訊かれたら、「言下に持っている」と応えるが、「それは、お前を救うか?」と言われたら、「それは解らない」と応えると書いている。
小林は明治時代後半の生まれであるが、信じていたというより、信じようとしていたと考えられ、本当に信じていたか疑問である。
③無宗教
現代人の場合、疑っているのではなく、最初から極楽とか地獄の存在など本気にしていない。若い世代だと、三回忌とか七回忌などの習慣の存在じたいを知らないケースすらあるという。若い人達は墓参もしないし、これでは死後の世界のイメージを持つことはないだろう。
ニーチェの予言に「宗教はもぬけの殻になる」というものがある。このまま推移すると、若者が老人になる頃は、日本もニーチェの予言通りになっているかもしれない。
ニーチェはまた、「次の世紀には、まだ仏教風の超越者なき神秘主義は力を持つだろう」と予言しているが、ニーチェは19世紀の人なので、「次の世紀」とは20世紀のことを指しており、21世紀も4分の1を経過した現在では、この「神秘主義」も力を失っていると言ってよい。
➃新興宗教、新新宗教
昨年、新興宗教の創価学会の池田大作が亡くなり、公明党が議席を減らしたりしたのも、宗教の衰退現象の一環とも言える。
また、池田と同じ年に新新宗教の幸福の科学の大川隆法が亡くなったが、新新宗教も力を失っている。
宗教については、また書きたいと思う。
お読みいただき、ありがとうございました。