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オリジナルを目指して|教室

2021.5.12(記)

教室「 表現の探求室 」覚書
- 頭の中を書き出してみる -


本当にそれぞれなのだ。
性質もその日のコンディションも。

最初に、枠を与える。(自由すぎると互いにやりづらい。)
プロセスの枠は、基本でウォーミングアップした後に、今日の作品を一枚仕上げるというフロー。そして、家に帰ってから作品を親御さんに見てもらうこと。(親御さんには、子どもの作品に関心を寄せてほしい旨、お願い済。)

カリキュラムの枠は、書く時間、枚数、課題を概ね設定すること。ただし、ここで大切にしていることは、その目標に対して自己決定をしていけるように支援するということ。そうすると、納得のポイント(機会や事柄)をその日の自分で選択できる。枚数なのか時間なのか自分の気持ちなのか等々。私は、各々の意見を聞いて、状況見て、問いかけして、一緒にその日の着地点を見つけ応援することが役割。自分が決めたところまでやり切ることができると、本当に晴れやかでスッキリした表情で終われる。表現とは、内にあるものを出すプロセスだから、そりゃそうだ。

ただ、自分で決めるということを大切にしてあげながらも、稽古をつけるという点を欠かしてはならない。そこが難しいなあと思う。



子どもの教室は、「動」の要素を多めにする工夫が要る。子どもってエネルギー高いので、文字の鍛錬をじっとするのは我慢も多いし、飽きてしまう。明るめの音楽をセレクトしたり、私が大ぶりな動作を用いてダイナミックに伝えたり。子どもたち同士がお互いに教え合い、認め合うなどのアクションも大切にしている。

娘にも意見を聞いたり、考えを伝えたりする。
ママは大人だから、「やりなさい!」と強く言って言うことを聞かせることもできる。でも、それはやりたくない。それぞれが楽しいと思えるポイントや方法を探して、そこに働きかける指導がしたくて、この教室をつくっていると。

対して、もし、おとなの教室をやるとしたら、「静」の要素を大切にしたい。その時間は自分自身に潜れる、全てを忘れて目の前のことに没頭できると良いのでは?と思うから。



やらされてやること、それでももちろんある程度は伸びる。でも、センスや感性を育むってそんなものじゃないと私は思うのだ。壮大なのだ。それから、書のお稽古を通じてその向こうにある人間性の成長を楽しみにしている。だから、あくまでもその子の持っているもの「素・ピュアな部分」に拘り、「尊重して」「引き出す」方法を選びたい。表現を磨くプロセスの中で、アウトプットしたものを承認されながら育つことってなんてステキなの!って私自身が思うから。

< ポイント >
・何をどう「尊重する」「引き出す」のか。言葉だけで終わらせないために、つまり具現化できるよう明確に持っておくこと。

・選択の自由(選択肢)や委ねるをどこでつくるのか。整理し検討しながら作っていく。(そうすれば、稽古をつけるという面との共存がよりやり易くなっていくのでは。)

・主体性や個性を大切にすることは、やりたい放題とは違う。手綱をどこで握るかの違いでは。心地よい表現ができる場を実現させる為には、教室としての手綱をどこで握ればいいのか。模索する。

・要所要所で整理して、アップデートしながら形作っていく。


オリジナルですが、これまで経験してきたこと全てを活かし、毎回、チャレンジしながら場をつくっています。

私自身が率先して試行錯誤し、その気づきの中から生まれたものを試し実行していくこと。その循環を繰り返すことで段々と磨かれ、やがては唯一無二の場になってゆくのだろうな、と思います。


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