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落としもの

若草山の山焼き、今年は例年よりあったかかったからか、人出が多かったように思う。終わってから、人混みに揉まれながら駅まで行き、山焼きを見た人たちで溢れかえっている電車に荷物を挟まれそうになりながら乗り込み、晩ご飯のお店に予約時間に少し遅れて到着した。
上着をとって、さぁ乾杯! となった時、首もとを触るとネックレスがないことに気がついた。ひとまず喉にビールを流し込んだ。乾杯してもスッキリしたのは喉だけだった。

「あんな人混みの中落としたら探せるはずない」希望は薄かったが、あきらめられなかった。次の日、朝早く探しに出た。東大寺南大門は朝日に優しく照らされていた。一枚写真を撮った。そんなことやってる場合じゃない。探さなきゃ! 先を進むと屋台が並んでいた場所はゴミ一つなくきれいに片付いていた。汚れた石畳もブラシで掃除した後のようだった。「こんな早くにもうお掃除終わってるんや」昨日の山焼きの賑わいの余韻はそこにはもうなかった。

山焼きを見た広場はその先にある。焼かれた山は黒くなっていたが、私の立っているところは一帯が白かった。まさか、山焼きの火がここにまで到達して消火剤でも撒いたのかと思ったが、まぁそれはないな、と歩きはじめたらとシャリッと音がした。芝生に降りた霜が朝日に照らされてキラキラと輝いていた。昨夜の赤く燃えた山とは対照的で、真っ白で音のない、静かな時間が流れた。落としたネックレスのことを少し忘れられた。

なくしてから3日目、こうなるとどこであきらめるのかの話になるが、まだあきらめきれない。以前にも落とし物を見つけたことがあるからだろう。20年くらい前になるか、業平橋に住んでいた頃、浅草の駅から帰る途中でお気に入りのストールを落とした。どうしてもあのストールはいるのだと、何度もその日歩いた道を行き来した。あきらめて帰ろうとしたとき、街路樹に引っ掛けてあるのを見つけた。きっと拾った人は、ここだよ! と分かるように、そして汚れないように、見つかりますようにと思って、そうしてくれたんだろう、そんなことを思い出していた。
分厚い雲の合間から漏れた太陽の光で掲示板が眩しかった。「あ、掲示板に画鋲で引っ掛けてくれてたりしないかな?」太陽の方を見たら、街路樹があった。もしかしたら! と見上げたが、枝は手の届く高さにはなかった。期待したからか、大きく息が漏れた。首の力が抜け、目線が落ちた。木の根っこには落ち葉があったが、そのあたりが光っているように見えた。
街路樹を囲うコンクリートの上にあった。鼻をすすりながら屈んで、両手で拾い上げた。「めっちゃ寒かったやろ。待たせたなぁ」ネックレスが白っぽく曇った。

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