カウンターカルチャーからのコペ転

選択肢の展開はカウンターカルチャーが得意とする。
しかし、選択肢が展開してからは統合は行われず、細分化するのみである。マイノリティはマイノリティのままであり、マジョリティになることはない。多様なマイノリティが増えていくだけだ。

選択の権利が目的ではなく、母数を増やすことが目的のマイノリティは、ノイジーマイノリティへと変貌する。

統計上、LGBTはマイノリティなのは自然であり、マジョリティになることはないだろう。
本来マジョリティな人間がマイノリティを装うことほど、倒錯して滑稽なことはないだろう。どの立場の人間に対しても冒涜だ。

マジョリティ、マイノリティ関係なく、それぞれの目的は楽しく豊かに暮らすこと。

選択肢が細分化されたままでは、それぞれが違うベクトルで突き進む可能性が高い。真理がわからない以上、美しさを求めないものが行うのは他者否定から始まる自己肯定だろう。
一方の否定ではない、美しさ・真理を源泉とする選択肢の追求が求められる。

現体制ありきの反体制といった、思春期特有の反抗から選択肢を広げるのはもういいんじゃない?
とりあえず、もう出涸らしでしょ。

マウント合戦飽きないっすか?
もうファッション化してないっすか?

ポリコレ、過剰なヴィーガン思想、過剰なLGBTQ権利運動、いつまでこすってんの?
もうそろ、選択肢全部俯瞰から眺めてコペ転しようよ。


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