ミニスカートのすゝめ②
そろそろ出ようか、と荷物をまとめてカフェを出る。カフェの自動ドアを出たところで彼が口を開いた。
「愛ちゃん。『おさんぽ』しようか。」
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彼の言う『おさんぽ』がただの散歩でないことだけはわかる。
わざと離れたところで待ち合わせたのは前のお客さんの都合じゃない。
最初から『おさんぽ』するつもりで遠くに待ち合わせたと分かり鳥肌が立った。
手のひらの上で転がされている。
「道、分かるか?」
首を横に振る。
「この道を出て右にまっすぐ行くと地下に降りれる階段があんねん。そこを降りて、13番出口から出て。」
方向音痴だから説明されても辿り着けるか不安だった。途中で迷って後ろを振り返るのだけは避けたい。
「……スカート、後ろ隠したらあかんで。」
肩をとんと叩くと彼は雑踏の中に消えた。
平日の18時20分。待ち合わせ前の17時台とは打って変わって人が一気に増える。金晩でこれから飲みにいく人が多いのか、街は急に活気付いた。
『後ろ隠したらあかんで』なんて私のやりそうなことがバレてる……。そう思いながら人混みの中を歩き出す。後ろからぴったりくっついているわけではないので、前を向いている私には彼はもう認識できなかった。見知らぬ他人だ。
認識できないと、『この服で街を歩くことが恥ずかしい』というだけで、カフェの時のように足が震えて歩けないなんてことはなかった。
地下に繋がる階段までついた。下りは振り返る人がいない限り中身が見えないので安心する。
5年ぶりのミニスカとぴたぴたのニットは慣れなくて足元がスースーする。
当然だ。私が『見てもらいたくて』『スカートにくっついているインナーを剥ぎ取ってきた』んだから。
まあ、1番の理由は彼が世界一スカートのインナーを憎んでいるからなんだけど。どうやら前世でスカートのインナーに親を殺されたらしい。
「インナーつけてきたら剥ぎ取るからな。」
そう事前に言われていた。前世での親殺しの犯人に会わせるわけにはいかないので、家で綺麗に解くしかない。あーあ、この服もう他では着れないね。可哀想なミニスカート。
「外に着ていけへんとか当たり前やろそんなケツ見えそうな服。」
インナー剥ぎ取ると言った後に『当たり前』の話をされるとそのギャップに思わず笑ってしまう。
この服は、自分でもめちゃくちゃエロいと思う。そう思って着てきた。
淡い、女性らしいベージュのニットのトップスは身体の凹凸に合わせてぴったりと沿っている。
それに、もう1トーン暗いベージュのタイトなミニスカートを合わせる。身長の高い私にはフリーサイズの洋服は丈が短すぎて、太ももとお尻の境目が見えそうだ。どちらも身体のラインがよく分かるので脱いだ姿が容易に想像できてしまう。
この服は韓国通販で買った。そこで買う服は、デザインがお洒落な代わりに信じられないくらいペラペラだ。ゴミか服か分からないものもたまに届く。
そんなスカートに元々付いていたインナーまで取ったせいで、薄い布は光に当たると太ももの隙間のシルエットが透けて見える。念のために言っておくと下着は透けてない。色んな意味で『ギリギリ』のスカートである。
会う直前までインナーを履いていた。家でインナーを剥ぎ取り、会う直前までその剥ぎ取ったインナーを履き、駅のトイレでまた脱ぐ。我ながらめちゃくちゃだ。
たった1枚の安心感を失った今、歩くだけで恥ずかしい。ペラペラのタイトスカートはかなり心許ない。
地下へ降りたら、駅の通路には案内表示があったため指示通りに動くのは難しくなかった。いつのまにか、この階段を登れば指定の出口というところまできた。13番出口を目指して、階段を登る。
仕事終わりに足早に進む人は皆予定があるのか、階段を登っていると後ろから次々に追い越されてしまう。私より下の段にいる人にはスカートの中が見えてしまいそうだ。
背中で視線を感じる。
階段の踊り場で身体の向きを回転させる時、ふと目の端に『金髪』が映った。ついてきている……。意識すると途端に緊張が走る。
歩みを緩めると、『金髪のその人』もスピードを落とした。ヒールを履いている女性とは違い、混み合う階段で成人男性がゆっくりと歩くのには少し違和感がある。
見られていることに鼓動を高まらせて階段を登る。ようやく出口につき、安堵した。
ほっと一息ついてふと考える。出口に着いたもののここからどうやって合流しよう。先に進んでホテルまで行った方がいいのかな?歩くペースを落として携帯を取り出す。
ロック画面を解除すると、一拍置いて通知が来た。
『〜枚の写真を共有しようとしています』
AirDropだ。恐る恐る『受け入れる』の表示を押す。
写っていたのは私だった。思わず立ち止まる。自分のスカートが、足が、後ろ姿が写っている。
揺れる黒髪も、駅構内で上を見て13番出口の矢印を探すところも。……スカートの中身も。
画面の中には「服は恥ずかしいけどさっきよりは大丈夫……」といった風にのんきに歩いている私がいる。この一部始終が全て写っていた。
怖い。この動悸はときめきなんかじゃない。恐怖だ。盗撮された?そしてAirDropの名前まで知られている?
送られてきたその『事実』に慄然とする。ゾクリと背筋に冷たいものが走る。
「愛」
声に反応して振り返るとはるさんがいた。
恐怖と、ドキドキと、安心感でぐちゃぐちゃになる。緩急がつきすぎててしんどい。息ができない。
「言うこと聞いてえらいなぁ。」
「インナー、ちゃんと取ってきたんやな。」
高揚して、怖くて、心臓がバクバクした。相手がはるさんでよかった。今、そんな優しい言い方をするのはズルい。
そのまま歩いてホテルに向かう。気持ちはぐちゃぐちゃに掻き乱されたままだったから、喋ることなんてできるはずもなく無言で歩く。
道中で彼は口を開く。
「『欲しく』なったら、自分から『欲しいです』ってお願いするんやで。わかった?」
それに小さく頷いてホテルに入る。これから何をするのか………想像して、期待してしまう。
扉を開けてすぐ、ソファーの前に立たされた。
「ほんまに恥ずかしい服やな。」
「今日はいっぱい見てもらおうな。」
僅かに語尾が伸びる妖しい声がして全身を視姦された。もちろん彼の顔を見ることはできなかったからずっと俯いていた。触られなくても視覚と聴覚を奪われたような感覚に陥り気が狂いそうになる。
途中で目の前に鏡があることに気づく。見られているという『感覚』だけだったものが『視覚』に変化する。今、何をされてるのか知りたくて鏡で彼を追う。
すると、鏡越しに見ていることに気づいたのか途中で立ち位置をずらされて見えなくなった。悔しい。なんで……。しょうがないのでまた感覚を集中させる。
触りたくて触れたくて体温を感じたくてたまらなかった。カフェにいた時からずっと。
たまらず手を伸ばす。
「まだダメ。」
おあずけくらった、辛い。触りたいのに。『まだ』の時間は永遠に感じる。
『視覚』が恋しくて、バレないようにこっそりと彼を見た。思っていたより私の近くに顔があった。お尻に彼の顔がくっつきそうなくらいの距離で見られている。少しでも動いたら顔に当たってしまいそうだ。それが移動して、今は私の真下に顔がある。スカートの中に顔を突っ込んで覗かれている。彼の欲情した姿があまりにも気持ちが悪くて……興奮した。
耳元で「変態」と何度も言われた。いつからか分からないけど、ずっと叫んでいた。途中で立っていられなくなってソファーの前で崩れ落ちる。腕を掴まれ立たされてもその姿勢を維持することは出来ず、そのまま持ち上げられドサっとベットに置かれた。
ここからはあまり記憶がない。
目も口元も笑っているのに、目の奥に光が入らない『笑っていない』顔を下から見上げたのだけ覚えている。
ずっと叫んでいたので喉が痛い。終わった後、彼は「外、楽しいやろ。」とケタケタ笑っていた。
8月末、喉が枯れていたのと酷い足の筋肉痛はこれが原因だ。
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今回の依頼内容
『エロい服を着るのは好きですが、それが露出癖かどうかわかりません。』
やっぱりわからない。はるさんじゃなかったら怖くて耐えられなかったと思う。でも……めちゃくちゃ興奮した。視線は十分刺激になりうるらしい。
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