いかのおすし大喜利とオレンジの片割れ
1.いかのおすし
「ねえ!!!!!!!いかのおすしってわかる!!?!?」」
某日。もしもしを言う前に音割れ寸前の大声が飛び込んでくる。開口一番なんなんだ……?寿司??
そういえば今日はみんなでお泊まり会してるんだっけ。東京開催だから泣く泣く不参加だったのだがこうして気遣って電話をかけてくれたらしい。電話越しからは口々に3人の声が聞こえる。
「おはしは?火災の。言える?」
一体何の質問なんだ。仕事終わりのこちらのテンションは置いてけぼりである。
火災のおはし、それなら分かる。押さない、走らない、喋らない。頭文字を取って『お•は•し』だ。
「正解。じゃあいかのおすしは?」
妙に聞き覚えがあると思ったら、いかのおすしって防犯標語のことか。覚えておきたいことの頭文字を並べたらいかのおすしになるよーっていう。最後に聞いたのなんて十数年前なんじゃないか。
あれ……。おはしはすらすらと出てきたのにおすしとなるとサッパリ思い出せない。
『い』は行かないか。いや、『いか』で行かないだっけ、と朧げな記憶を引き出してみる。
「『の』は?」
『の』…………海苔巻き?ダメだ。さっきスーパーで買った20%引きの寿司に頭が侵されている。しりとりじゃないんだから。
あ、もしかして『飲まない』??
「何を?」
………異国の水道水。
「お腹壊すからな。
……いやそうなんだよ。『の』以降誰も思い出せなくて、みんなで考えてたらいかのお寿司大喜利が始まっちゃってさ。というわけで、大喜利させようと思って電話をかけてみた。新メンバー、参戦!」
後ろでズギャーン!という参戦の効果音をセルフで入れる声が聞こえる。
合コンの人数合わせより先に大喜利の人数合わせに呼ばれるとは思いもしなかった。人生。
誰も思い出せない防犯標語なんて義務教育の敗北じゃないか。
『いかのお寿司大喜利』って字面のインパクトにも白旗を上げる。
「敗北してるのは義務教育じゃなくて私たちということになぜ気づかない。じゃあいかのおすしの『お』」
ゔっ耳が痛い。自信満々な言い方だけど、自慢になってないぞ。
『押さない』??
「おはしの『お』輪廻させたな?
ちなみにみんな1回は『押さない』って考えたからいかのおすし大喜ラーの登竜門でもある。ようこそ」
流石に同じ答えなわけないかーー。
いやなんだよいかのすし大喜ラーって。もう人生で二度と聞かない呼称だよ……。
と、いかのおすしはあれでもないこれでもないと数時間喋り続けた。
大喜利って便利な言葉だね。タイトルに『大喜利』とつければなんでもありになるチートワードだ。
誰かが滅茶苦茶なことを言い出してそれに乗っかるといかのおすしはあさっての方向へ。どれもこれも明日には思い出せないくらいくだらない話なのにずっと腹を抱えて笑っていた。
最新の研究なんだけど、なんでもありの設定となんでも許される空間で滅茶苦茶やってみること、は高級化粧水より肌に良いらしいよ。
2.友達の同棲、変わるカンケイ?
実はこのいかのおすし大喜ラーの1人が同棲を始めた。
世間の同級生たちは第二次結婚ブームに突入している中なぜか私の周りには結婚した友人はいない。付き合って7年目になる彼女が1番ケッコンに近い子だった。
彼氏のことも知っている。電話したこともあるし一緒に飲んだこともある。誰からも優しいと太鼓判を押される柔和な人だ。
さて、仕事を辞めた矢先に(正確に言うとバイト先が消えた)彼女からうちに遊びに来なよというお誘いをいただく。え、同棲ハウスに!!?!
彼氏くんもいいって言ってるよ〜と言われても、一人暮らしの家に行くのとは違ってなんだろう、同棲しているお家にお邪魔するってプライベートに侵食しているみたいでドキドキする。
友達は、会社とやりとりする中でぐったりしている私に気づいて連絡をくれたようだった。
いつでも、いつまででもいていいよと言ってくれたので、優しさに甘えてエネルギーを補充しに行こうと思う。田舎で静養、最高だー!
電車とバスを乗り継ぎ片道3時間。到着すると、周りには家と、田んぼと、大きめのイオンしか見えなかった。これでは家の数より田んぼの数の方が多そうだ。周りは高い建物は見当たらず空が広い。時間の流れがゆるりとした感覚は久しぶりで気持ちが良かった。
この2泊3日は何もしなかった。金曜日の日中は喋りながら在宅ワークして、土曜日は寝転がってYouTube見た。一緒に『何もしない』をした。
せっかく会えるんだからと予定を詰めるのが好きな人なのに、「ゆっくりしてって呼んだから」と曜日を忘れてしまうような穏やかな時間を過ごした。
日が暮れるとカエルが爆音で合唱を始めた。コンクールがあれば金賞である。ここはカエルが多い地域なんだろうか。
今の野太い声がウシガエルだと教えてもらう。彼女はウシガエルが鳴いた後を追いかけるようにグエエエエとモーー゛の中間みたいな声真似をする。クオリティーの高さに笑っているとウシガエル声真似レッスンが始まった。
真剣にウシガエルの声真似を教えるアラサーと真剣にウシガエルの声真似を習うアラサー。2人ともどうかしている。
ちなみに私たちはモノマネが全然似てないのにそれが一人歩きしてしまった場合、それをイマジナリー○○と呼ぶ。私は下手くそなのにやり続けたから私のウシガエルちゃんもイマジナリーと化してしまった。
本物とは程遠いのにも関わらず飽きるまでなりきりウシガエルした後はご飯を作って食べた。彼氏は仕事で帰るのが遅いから先に食べていてもいいんだって。
ずいぶんとゆっくりして話に花を咲かせている頃電話が入る。彼氏くんからだ、と私にも聞こえるようスピーカーにしてくれる。
🧑🏻🦱「どーもー南海キャンディーズでーす!」
電話から聞こえたのはもしもしじゃなかった。もちろん彼は南海キャンディーズの山ちゃんじゃないし、私の友達はしずちゃんでもない。
👩🏻🦰「ばーん!」
🧑🏻🦱「いや〜セクシーすぎてごめんなさいね〜!」
間髪入れずに返す彼女。
鮮やかな流れに何が起こったか分からない。
🧑🏻🦱「今から帰るよ〜じゃあね〜」
本題は一瞬で終わってすぐ電話は切れた。
呆気に取られる私。一拍置いて、このやりとりはお決まりの挨拶なのかと聞いてみる。
「いや、初めて。」
打ち合わせなし。見事なものである。
これは南海キャンディーズ M1グランプリ2004決勝ネタの冒頭である。
2人はお笑いファンで、当時放送されていた『だが、情熱はある』というオードリー若林正恭と南海キャンディーズ山里亮太の半生を描いたドラマに熱中していた。
ドラマは後半に差し掛かり、南海キャンディーズが準優勝した週にお家にお邪魔したから見られた掛け合いだった。
2人はベタな海外ドラマの真似してよく遊んでいるので、そこも含めると『いつものやりとり』っちゃ『いつものやりとり』ではある。口に出さずとも伝わる2人の関係が羨ましく思えた。
2人は似ていた。鏡みたいに。
同じ空間で同じものを食べて生活して同じ時間を共有して、目には見えないのだけれど息がぴったり合っていて。
片方が笑うと同時にもう片方も笑うのだ。
阿吽の呼吸で、口癖がうつって、方言が混ざってキメラ状態な2人はたまらなくかわいかった。
さて、南キャンのネタを真似るところを見て、私は何が羨ましかったんだろう。
彼女たちの『いつものやりとり』は共通言語と言えよう。
彼女らは、2人だけにしか分からないことをよく言葉にして遊んでいた。
旅行中に起こったアクシデントに名前をつけ、似たような出来事が起こった時その名前を出すって具合。
みんなも半沢直樹が流行った時『倍返しだ!』ってセリフを日常で使いたおしたでしょ?この倍返しだにあたる言葉を高い頻度で生産してる。自分たちの思い出から作る言葉遊びは特別で楽しいということは想像に易いよね。
そんな遊びは友達とだってできる。でも、頻度や浸透力が違って見えた。
子供の頃にした、秘密基地の合言葉を決める時のような体験が毎日にある。そんなのって…………最高じゃないか。
さすがに1人じゃできっこない。そんな秘密を見せられちゃったらそら羨ましくもなる。私は友達とも恋人とも、『放課後』をやり続けたいと思ってるよ。
いつか変わっちゃうのかな、変わらないといいな。
私は独身を謳歌してるし今のところ結婚願望もないんだけどね、今回お家にお邪魔して人と生きるのも楽しいかもと思わされた。
うっかり結婚してみるのも楽しいかも、なんて。
じゃあこのへんで、タイトルの話。
オレンジの片割れとはスペインの慣用句だ。
最初から半分に割れた状態で生まれるオレンジなんてない。私のもう片方もどこかで彷徨っているのかな。
もしもう片方が存在するなら、問答無用で一緒にエチュード(即興劇)をさせるので、心の準備をして待っててね。
今回は全然違う2つの話をしたからまとまりがなかったかな?いやーいかのおすしの解答は棺に入るまでずっと忘れないだろうな。
いかのおすし大喜利、みんなもやってみてね。もしお気に入りの珍回答が出たらそれも教えてね。きっと私の走馬灯にも登場することになるから。
2023/10/10
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