電車に乗っていたら、途中で親子連れが乗ってきて隣に座った。 幼稚園くらいの男の子は、お母さんにちょっかいをかけて叱られていた。 甘ったるいやり取りが続いて、 ほんの刹那。 「ねえ、ママは百歳まで生きたら、またゼロ歳からやりなおすの?」 私「うぉう。。。」←心の声 するとお母さんはこう言った。 「んー、百歳まで生きるかわかんないよー。人それぞれじゃん」 病気や事故で死んじゃうかもしれないしさ、と落ち着いた声で返した。 男の子はちょっと空を見つめて 「そしたら
ぼーっと生きていて、チコちゃんに叱られるんだろうなと思いながら気付けば2023年末。早いものですね。 コロナ禍でいろんなものを失くし(ボーイフレンドとか実家とか色々) それでも何とか元気で生きている。から元気も元気のうち。 変わらないものなんて、どこにもないのだと半世紀生きて知る。 ここ数年、お酒を楽しみに生きています。 お酒を介しての食と、人との触れ合いも大好きです。 いやあ、二十代から飲んではいたが、飲み会で当てがいぶちのもの(お銚子で出て来る謎の日本
愛用のノートPC(林檎)の調子が悪いな、と思っていたら ある日、前触れもなく起動しなくなりました(絶叫)。 自力でリカバリーを試みるも、徒手空拳てこういう時使うのね、と思い知りました。車とおんなじ。運転できるけど、自分じゃ直せないの。 去年、スマホが林檎ループした時より、心の持ちようっていうか 否、ただ単に慣れただけだった。 諦めの気持ちでアップルケアのお世話になりました。ありがとうございます。本当に頭が下がります。 そしてボードごと交換になり、デー
このコロナ禍で私はここ数日、今後の生活についてクヨクヨ考えていた。 考えても仕方ないのに考えていた。当然といえば当然の事である。 昨日の夜、テレワーク中の伴侶とビールを飲みながらその話をちょっとして、せっかくオツカレ〜で飲んでいるのにつまらん、と思い直してやめた。 そして、IKKOさんのように人差し指を揺らしながら 「この状態は、まぼろし〜〜」 と現実逃避をしようとしたところ、伴侶も同じように人差し指を揺らしながら 「げんじつ〜〜〜」 と返してき
コロナ禍、色々締め上げられても、降参したって楽しくない。だって、悔しいよ。女の子たち、頑張りましょう。可愛いは正義❣️笑顔は戦闘力。必ず笑顔、取り戻そう⭐️幸あれ。祈ります。
習慣とは、一体いつどこで覚えたのだろう。 尾篭な話で恐縮だが、私の愛犬KMは、シニア期に入ってから大便のキレが今イチなときがある。 肛門の締まりも老化で緩むのかもしれない。切ないのう。 大ちゃんをして、それが柔らかかったとすると、お尻がスッキリせずにダガダカと走り回り、時々バスマットでズリズリっとお尻を拭くのである。 一体いつどこで覚えたのだろう。 バスマットに伸びる汚れの線、それはKMのウンスジ。 走り回っているときに捕まえてお尻を拭けたら私の勝ち
人魚の肉をうっかり食べたら、人は死なないという。 八百比丘尼の話を読んで、子供の頃あまりの恐怖に身悶えた。 少なく見積もって八百年、お殿様に寿命を二百年分けてあげても八百年。人魚の肉を食べるのはこんなにも罪深いのか。 私は、長生きをしたいと思ったことがない。 不死と不老は違うから、短命はちっとも構わなくて老化は出来ればしたくない。短命ならば、歳をとらなくても何とか市井に紛れて(擬態っていうか)生きてゆけそうではないか。 ところが、長生きしたとする!
このnoteのアカウントを取得して、早いもので約一年が経過した。 元々は、あやのさんの文章を読みたくて取得したので、自分で何かをここに書こうとは思わなかった。 「自己紹介」ホントに苦手なのだ。 第三者に、語らえる自分がないような気がする。 知ってほしいけど、知られたくないというアンビバレンスな気持ちがあるのでしょうなあ(他人事かいな)。やーやー照れます。 今は、上手に書けなくても、だんだんに自分のかたちを出せたらよいな。 球場でビールを飲みながら、人