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昔ながくて、今みじかいもの

Gemütlichkeit


去年の夏、夫と親しい友人(ドイツ人)を訪ねたミュンヘンで習った言葉。

昼下がりの散歩の途中に

川沿いのちょっとしたキオスクでビールをいただきながら

夫を含むドイツ語を母国語とする3人に

「これは覚えておくんだよ!」と何度も発音させられた。

ゲみゅートリッひカイT?!?

ü(ウムラウト)の慣れない難しい発音も入っているし

どこで音節が区切られてるかも分からず

なんじゃこのながったらしい単語は!!!と思った。

けれど、これが文化を象徴しているらしい

その文化はとてもゆったりと軽やかないい感じのものらしい

この単語を私に教えている3人は大変に楽しそうで微笑ましい

というようなことを感じて、とにかく大事らしいということは感覚的に記憶された。


1年以上経って、ドイツ語の学習も多少進めてきた今、

娘ちゃんがパパに贈った写真の裏に書かれていた一言の中で

Gemütlichという形容詞に出会った。


夫に意味を尋ねると、

「そういえばミュンヘンの川沿いで話したね、you know Gemütlichkeit!」

とのこと。

私の記憶もよみがえり、同じ時のことをイメージしてると思うけれど

「いや、あの時習った言葉はもっとう〜んと長かったよ」と私。


夫は、スマホのアルバムを開いて去年に遡り始め、

引っ張り出した写真を得意げに見せてきた。

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参りました。紛れもなくGemütlichkeitだった。


ドイツ語の音や並びにまったく馴染みがなかった去年の夏は

果てしなく長く感じて発音もままならなかった単語が、

今目の前にある私にも発音できる文字と同じとは!


今だったら、例えばNachhaltigkeit(持続可能性)という他の単語を知っていて、〜keitというのは名詞というパターンも分かっているので、逆にkeitを取ったら形容詞になるとか、lichが形容詞を作ってるただの接尾語とか、そういうことをなんとなく知っている。

(日本語だったら「良い」→「良さ」「明るい」→「明るさ」「持続可能な」→「持続可能性」みたいにパターンがあるようなもの。)


早くドイツ語を難なく使えるようになりたいと

焦る気持ちがあるけれど

去年の自分と比べたら、受け取れるものが確かに増えていると気づく。


過去の自分が感じていたことと

今の自分が感じられることの違いを

呆れて笑えちゃうくらいはっきり体験させられた。


今思い返して書くストーリーは

いつも今ここの自分が感じられることでしか

描き出せないけれど、

それをマイナスにもプラスにも解釈せず、

その時々に今を生きていたことに

今また意味を感じることを

ひとつずつ綴っていきたいと思う。


そうしてまた来年の私が、いつか先の私が

何をどんなふうに感じているのか

今はまだ知り得ないことに

ただ好奇心いっぱいにいるだけ。


Curios younger self と Wiser older self との

タイムトラベルを楽しんで、どんなお土産があるかな。

もしくは何もお土産がなくても

その旅自体をまた楽しみたい。

インカトレイルをただただ歩いたあの日のように。


ついでに、来年はGemütlichkeitを体現できるような生活・生き方も

もっと力を抜いて楽しんでいけますように。

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【写真】去年の冬はまだオーストリアに住んでなくて、夫を訪れたサルツブルクで連れてってもらったコーヒーハウス。大きなケーキとカフェ文化を堪能していたんだったなあ。同じ町に今は住んでいて、ロックダウンでStay at Home。クリスマスマーケットもないので、ホットワインも今年は自家製。

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