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もう、さよならだと思ってた
「あいこうさーん」
名前を呼ばれてスマホから顔を上げる。視線の先では僕を担当してくれている医師から、診察室へ入るように促された。
「体調どうですか?変わりない?」
診察室に入って椅子に腰かけると、こちらを心配して声をかけてくれた。
「あ、はい。変わりないです」
僕がそう答えると「オッケー、オッケー」と言いながらパソコンに文字を打ち込んだ。
「紹介状、書いときました。今までの検査の結果も全部入れてます」
渡されたA4サイズの封筒には、書類や検査結果のCD-Rなどのデータが入っていて少し重い。
僕がIgA血管炎を発症して丸3ヶ月が経った。今までは地元の総合病院の皮膚科を受診し、回復するのを待っていた。だが、なかなか紫斑と呼ばれる皮下での内出血は治まらない。
そもそも大人での発症は稀で、地方では症例も少なければ専門医も少ない。こういう事情がなんとなく僕を焦らせる。
このまま治らないのではないかという不安。
そして牛歩並みにゆっくりとしている回復のスピードを、もっと上げる方法はないのだろうかという疑問。
そういう気持ちを今の担当医に相談した結果、福岡県にある病院の膠原病内科を受診することになった。そこには、血管炎なども診てくれる専門医がいるらしい。
ただ、紹介状を書いてもらうということは、今後の治療方針や診察を他の病院に委ねるということでもある。一度他の病院に行ってしまったら、おそらく今の病院には戻ることはない。
…と、思っていた。
「次、いつ来ます?」
紹介状の書類を渡し終えた担当医が、いつもと変わらないテンションで言った。
「…え?」
僕のきょとんとした表情を見て、彼は慌てて補足する。
「あ、もし福岡の病院でそのまま診察を続けるなら、それはそれで大丈夫ですからね。ただ、病院同士で連携できるところもあるだろうから福岡で通い続けるのが厳しければ、また診断結果をもとに戻ってきてもいいですし」
一度紹介状を書いてもらったら「さよならバイバイ」で、その病院とは縁が切れるものだと思っていた。そんな選択肢もあるのかと驚きつつ、温かい言葉になんだかホッとした。
「しっかり診てもらってくださいね」
医師は僕の目を見て言う。
「ありがとうございます」
僕が頭を下げると「それじゃあ、よろしくお願いします」と、頭を下げ返してくれた。
悩んで出した答えに背中を押してもらえた気がして、単純に嬉しかった。
スマホで自分のスケジュールを確認する。福岡の病院での受診は来週の火曜日。
何かしら現状からの打開策が見出せることを、今は強く願っている。