まがいもの
タイムリミットの午後1時まであと5分。
どうしてもラスト1シーンの照明の光が定まらない。
予想以上に天気が良くなり、モデルハウス内に自然光が強く差し込んできた。光を遮る為に持ってきた暗幕も、既に全て使い切っている。
どうする?
カメラマンと目が合う。
このシーンは、もともと予定のシーンを撮り終えたあとのエクストラカット。光の差し具合は違うが、さっき同じシチュエーションで撮ったOKカットある。
ここまでか…。
自分の中で張り詰めていた緊張の糸が、フッと緩んだ。
この日は、朝から3月から放送される予定のCM撮影の仕事だった。自分の場合は、その時々で役回りが変わるのだが、今回はディレクターとして参加した。
場所は宮崎市内のモデルハウス。演者は4人。地元の役者さんやアナウンサーなど、演技に長けている人たちと一緒の現場だった。
撮影は至って順調に進んだ。
予定通りに撮り終えられそうだなと、ゴールが見えたところでカメラマンから話があった。
「さっき撮ったシーンと今のシーンでは、光が変わったのでさっきシーンを撮り直した方がいいかもです」
モデルハウスの吹き抜け2階の窓から差し込む光が、CM撮影用に作った照明の光に干渉してきていたのだ。ロールカーテンを下ろしても尚、その光は漏れてきていた。
なるほど。じゃあ、撮り直しましょう。
今撮ったシーンの光を活かして再度撮り直せば問題ない。時間にも余裕はある。
対象のシーンを撮り直す段取りを進めていた時だった。
予想以上に晴れ、差し込んできた自然光の影響が刻一刻と強くなってきた。モデルハウスは住む人のことを最大限に考えて作られていたとても良い家だった。
それ故に、あらゆる所から自然光を取り込む造りであった為、塞いでも塞いでも光が漏れ出てきてしまう。
そうこうしている内に、残り時間はあと5分。
午後1時には演者さん達を解放しないといけない事情がある。これからの段取りを頭の中でシミュレーションしてみる。
照明の光を確定させ、演者さんを呼び込み、動きを確認して、ようやく撮影。
これを5分以内で完了させるのは無理だと思った。
もう、さっき撮ったカットで…
これで終了かなと諦めたタイミングで、現場の人達が立ち上がった。ヘアメイク、スタイリスト、美術、演者までも、みんなが「こうしたら?これだったらどう?」と協力してくれたのだ。
「これだったらいけます!撮りましょう」
みんなの試行錯誤の甲斐があり、カメラマンからのOKも出た。結果、少し時間をオーバーしたが何とかそのシーンまで撮ることができた。
「お疲れさまでした!」
全員で作り上げた良い現場だった。撮ったシーンも申し分ない。現場的には大成功だった。
ただ、思うのだ。
自分はやっぱり本当の意味でのクリエイティブでないな、と。
映像の質と、現場のスケジュールを天秤にかけた時に、自分は確実にスケジュールを優先しようとした。
本物のクリエイターなら、時間が押そうが自分の思い描いた画に向かって突き進んだはずだ。
周りから止められるくらい妥協せずに、時に頑固だと思われるくらい細部にこだわった人たちがクリエイティブと呼ばれる人達なんだろうなぁ。
全ての撮影が終わった後、自宅のイスに腰掛けてそんなことを考えていた。
まがいもの。
そんな言葉がふと頭に浮かんだ。
テーブルの上の湯呑みを手に取り飲み干す。
お茶はすっかり冷え切っていた。