起業前に知るべきAI時代の 「"全く新しい" 市場原理」
毎週水曜日は「新時代の起業術」です。
このシリーズではAI革命で大きく変化した起業の「成功法則」についてお伝えしていきます。
今回は「市場を動かす原理がAIの登場によってどのように変化するのか」ということを入口として、AI時代の起業家が取るべき新しい戦略について考えていきます。
AIの登場は市場を支配する競争原理を一変させます。
それは一体なぜなのか?
そして、それに合わせて起業家はどのように対応し、 "何を" 狙うべきなのか?
この2点について、具体例とともに分かりやすく解説していきます。今回はこんな方にオススメの記事です。
では早速やっていきましょう。
ビジネス戦略の中心は"能力"から"位置"へ
結論から言えば、企業の競争戦略の中心は "能力" から "位置" に変化していくことになります。つまり、競争上の優位性はその企業が持つ「能力(ケイパビリティ)」から、経済ネットワーク上の「位置」へと変化していくことになる訳です。
この変化は企業の「外部要因」と「内部要因」、それぞれから生じることになります。ここではまず、「なぜ、競争が企業の"能力"から"位置"へと変化していくことになるのか」ということを具体的にお話します。
(1)外部要因
大企業を動かす原理は、これまで内部にある資源や能力をいかに活かすか、という点に集中していました。企業の「ポジショニング」の話をするにしても「基本的には内部にある資源をどのように活用するのか」という企業独自の能力(ケイパビリティ)に依存した議論であることが多かったと思います。
少なくとも、この30年近くは企業の成長について次のようなストーリーが広く信じられてきました。すなわち、「大企業が持っている優秀な人材や、豊富な資金力、ブランドエクイティも含めた製品力、マーケティング等のノウハウなどの蓄積が競争優位性を作り出し、結果としてその企業が成長する」というものです。
しかし、AI中心の市場へ変革することでこの市場の競争原理にも変化が生じることになります。
市場を支配するのはアルゴリズムを中核においた「AIファースト企業」を中心としたネットワークの形へと変化するためです。その結果、その企業が扱うことのできるデータ量や質が、そのまま企業の能力を表現することになります。つまり、すべての企業はAI(アルゴリズム)にどのような情報を入れることができるか、という点が競争優位性に強い影響を及ぼすことになります。
いくら企業内部に優秀な人材やノウハウが揃っていたとしても、市場に流れている情報と切り離された"位置"にいてしまば、次第に売上を上げることは難しくなっていきっます。その結果、市場を動かす原理は"能力"から"位置"へと変わっていくことになると考えられる訳です。
(2)内部要因
一方で、AI時代には企業の内部構造も変化します。詳しい解説は来週更新する「AI時代の経営学」シリーズの記事に譲りますが、ほとんどの企業は「AIを中心においた構造」、すなわち先述の「AIファースト企業」へと移行せざるをを得なくなります。
この「AIファースト」を実現する具体的な方法は組織全体で「アジャイル」になること。つまり、ソフトウェアの分野では一般的な「アジャイル開発」という手法がビジネス全体に適用されるようになっていきます。
従来のソフトウェア開発では滝が上流から下流に流れていくように決められた順番に従って開発が進められていました。その様子からこの方法は「ウォーターフォール」と呼ばれます。これに対して「アジャイル開発」とは終わりのない循環の中で、即時適応でソフトウェアの質を高めていこうという考え方です。
こうした開発手法が一般的になっていった背景にはスマートフォン等の機器の進化と、サブスクリプションといったビジネスモデルの変革があります。これらの変化により企業は「あらゆる時点の、あらゆるユーザーのデータ」を得ることができるようになりました。アジャイル方式はこの状況で製品やサービスの質を高める最適な仕事の手法だった訳です。
今後は、この方式がソフトウェア開発のみならず、すべての分野の仕事に広がっていくことになります。そのため、自然と自社がAIにインプットできるデータの量と精度を高めていくことが企業活動の中心になっていきます。これが「データが21世紀の石油である」と言われる所以です。
こうした内部要因からみても自ずとその企業が扱うことのできるデータの質と量が高い、すなわちいかにデータを取れる位置に自社を置くことができるのか、ということが重要になるということが分かると思います。
ニッチ市場は消滅する
さてここまでは大企業を取り巻く競争原理の変化について見てきました。
「だからといって新しく起業する私たちに何の意味があるのか?」
と思う読者もいるかと思います。
当然の疑問ですので、もう少し話を突き詰めて考えてみましょう。
新しい事業を立ち上げる段階で重要であったのは「市場がニッチである」ということでした。つまり、市場が(まだ)小さすぎて大企業が手を出してくることがない分野を狙うというニッチ戦略です。ニッチ戦略を取ることで「起業家は成長する時間的な余裕を確保し、その間に爆速で成長する」というのがこれまでの起業の基本的なパターンだったと思います。
残念ながら、これからの市場ではこの戦略は通用しなくなります。これは既に述べた通り、大企業もアジャイルな組織になるという変化と深く関係しています。
アジャイル方式の仕事の仕方では企業は、「アジャイルポッド(ポッド)」と呼ばれる5-6人で構成される小さな基本ユニットで構成されるようになります。つまり従来の縦割り型組織は解体され、マイクロ・カンパニーが大量に集合することで企業や事業が運営されていくことになる訳です。
ここで私たちが考えなければならないのは「ニッチ市場がこれによってどうなるのか?」ということ。
これまでのニッチ戦略は「将来的に急成長する市場だとしても小さすぎて大企業がコストを割くことができない」という背景から成立していたものでした。しかし、縦割りから、ポッドを中心とする組織構造へと企業の形態が変わっていく中で、いくら規模が大きい企業であってもベンチャーと同等の機動力や反応速度を有するようになります。
したがって、いくらベンチャーや個人事業主が「ニッチな市場を見つけた!」と思っても、すぐに大企業が追従してきて潰されるということが起きやすくなってしまうということです。
既に2010年代を通して、こうした「ニッチ市場」の消滅の事例は特にGAFAMの周辺で起きてきました。例えば、Amazonは小売業全体へとアメーバ状にその事業を広げていったために、米玩具販売大手のトイザラスや米書店チェーンのバーンズ・アンド・ノーブル等の比較的ニッチ市場を支配していた企業を駆逐してきました。これはまさにAmazonという「AIファースト」をいち早く実現した企業により、周辺のニッチ市場が消滅した好例であると言えるでしょう。
AI時代に起業家が取れる戦略は2つある
そこで私たちが「ニッチ戦略」の代わりに取るべき戦略は2つあります。
(1) 大企業の経済圏に影響を及ぼさない市場で起業する
(2)「コア・ファン」を中心に事業を成立させる
順番に検討していきましょう。
(1)大企業の経済圏に影響を及ぼさない分野で起業する
「ニッチ市場」が消滅するといってもそれは、大企業が自分の設定する顧客との関係で大切だと考えている市場周辺においての話です。したがって、そうした市場でなければ「ニッチ戦略」は今後も有効な可能性が高いです。
逆説的ではありますが、大企業が進出しないということは「利益が上げることが難しい」「リピーターの獲得が困難である」など、構造上「旨味」が少なすぎる市場である可能性が高いと言えます。
また、顧客データの獲得や利活用が難しい等、シュリンクしていくことが予想される市場である可能性もあります。確かに大企業は進出してきませんが、長い目で見れば筋の良い市場ではないという場合も少なくありません。
したがって、この戦略を取る場合、「短期勝負で勝ち筋を見つけ、稼ぎ切る」ことが大切。逆に「短期で一挙に稼いでイグジット」を目指している起業家にとっては魅力的な戦略ではあると思います。
例えば古典的ではありますが予め「どの企業に売却するか」ということをある程度絞っておき、その企業に事業を売却する前提で事業を立ち上げるという方法などが挙げられます。
特にAIを用いた事業であれば数年はこのパターンで成果を上げることができる可能性が高いと考えられます。しかし、リスクヘッジをうまくしながら長期的に自分の事業で成功し続けたいと思う起業家にとっては将来性の側面から考えると避けた方が良い市場であると言えるでしょう。
(2)「コア・ファン」を中心に事業を成立させる
最適な戦略は自分の事業の「コア・ファン」を探すということになります。
すなわち、これまでの大きな隙間ではなく、一部の層を掴むという方法です。このnoteでは「コア・ファン」戦略と呼びます。
AI時代の起業の方法としてはこの戦略が標準になっていくと考えています。
その理由は3つあります。
第一にSNSの進化です。これは耳にタコができている方もいるかもしれませんが、やはり現代における無視できない変化の一つです。起業をする上で簡単に自分の顧客とつながり、直接コミュニケーションを取ることができるというのは少ない資源で結果を出さなければならない起業家にとっては大きな武器になります。
現在、うまくSNSを使いこなせば、事前予約から資金調達まであらゆる事が可能であり、起業に伴う不確実性を極限まで下げることができます。このように緻密に顧客とつながることが可能なツール(SNS)が整っていることが一つ目の理由です。
第二にサブスクリプション型サービスの浸透です。現在、XやYouTube、そしてこのnoteでも、簡単にサブスク型のサービスを提供できる時代になりました。サブスクというビジネスモデルが社会に広がったことでコアなファンを獲得すればすぐにマネタイズができる時代になりました。「いかに早くマネタイズを達成するか」ということが一つのマイルストーンになる起業家にとってはこれは大きな追い風です。なお、サブスクについては重要な要素なので、また別の記事で詳しく解説をする予定です。
最後にAIの登場です。AIを適切に用いることで少人数、時には1人でも大きな利益を上げることが可能な時代が目の前まで来ています。自ずと起業家が目指すべき損益分岐点は低くなります。したがって「市場を狙う」よりも「少人数のファン獲得を目指す」方が最適な方針となる訳です。
当然、一定以上の規模を目指すのであればいずれの時点で「市場」を狙っていくべきですが、そこまではやはり一部の「コア・ファン」と共に成長していくべきだと言えます。
このようにAIの登場やビジネスモデルの変化、SNSの発達などが起業家にとってのベストプラクティスを「コア・ファン」戦略にしていると言えます。すなわち今後の起業家は「ニッチ」市場を見つけるよりも、「コア・ファン」をつけるということがまず目指すべきマイルストーンであると考えられます。
さて今回はAI時代の競争原理の変化と、その対応策について考えてきました。AI時代には「ニッチ市場」が消滅し、起業家がこれまでとは違う戦略を取らざるを得なくなります。一方で、これをチャンスと見てうまくAIを使いこなせば市場の変化を追い風にすることもできます。
次回の記事では今回紹介した「コア・ファン」戦略について現代の芸人の事例を元に深堀りし、起業前にまず考えるべきことを具体化していきます。