無理して笑うあなたに、穏やかな毎日がこれからも続くようにと願わずにはいられない
その人はいつも笑顔だ。
何をしても「ありがとうございます」と言ってくれる。
「今が一番幸せだ」とも言う。全身を自由に動かす事が出来ないのに…。
まるで昔の私を見ているようだった。
私が仕事に復帰した次の日にその人は入院してきた。旦那さんの介護で自宅にいた田川さん(仮名)。介護疲れで体調を崩した旦那さんを家族が心配し、一時入院をした。数年前に癌を患い、全身を蝕んだそれは脳にまで危害を加え障害を抱えた。身体を自由に動かすことが出来ない、かろうじて左の人差し指が動くだけ。病室では左手にナースコールを常に持って過ごしている。
もし、自分が身体を動かせなくなったら――
田川さんの辛さは想像では計り知れないもので、頭のなかでイメージできるほど容易くはなかった。きっと苦しい思いや泣いた日はたくさんあっただろう。分かったつもりではないけど、少しでも寄り添っていきたいと思った。それは、田川さんがいつも笑顔でいたから。
「動けなくなった今のほうが幸せなんですよ」
と田川さんは言う。
「でも、最初のころはつらかったでしょう?」
昼の食事介助で核心をつく言葉をぶつけてしまった。そんな私を怒るわけでもなく
「そりゃあ、動かなくなった時はきつかったです。でもこんな私に一生懸命お世話をしてくれる人とたくさん出会いました。優しい人達ばかりで本当に会えてよかったと思えるんです。この身体じゃなければ出会うことできなかったんですから」
小さな顔をくしゃくしゃにして満面の笑みを浮かべる。
いつでも前向きの田川さん。自分がつらい目にあいながらも人の事を思える懐の深さ。終始温かい雰囲気が包んでいる。でも私たち看護師は少し頑張っていないだろうかと思うのだ。
数日後、情報収集のため記録を見ると不安を訴えている田川さんの言葉が書かれていた。
やっぱり
生きていくために必要な明るさ。病気になってから落ち込むことよりも前向きになることで現実に立ち向かっていた。
決して同じではないけど、私も無理にひきつった笑顔を張り付けていた日々があった。噴火するマグマのように感情が爆発しそうになるのを必死で押さえつけていた。解き放ってしまえば自分じゃなくなりそうで。
それでもありのままで生きれない世の中が窮屈でしょうがなかったのだ。田川さんを見ていると苦しかったあの頃を思い出す。
田川さんに残された時間はもう長くない。
だからもっとありのままで過ごしてほしいと思う。
「無理はしないでくださいね、少しでも田川さんの力になりたいです。つらい時には広くはないけど、私たちの胸にぶつけてくださいね」
そう伝えると
「ありがとうございます、私は幸せ者です。ここに来る前は不安があったけど、皆さん温かい人ばかりで本当に安心しています。」
いつもの笑顔で話す。
どうか少しでも長くこの穏やかな日が続きますように
と願わずにはいられない。
最後まで記事を読んでくれてありがとうございました!