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#04 Jogral / Djavan

MPBの誕生からしばらく経った1980年代のブラジル音楽。
ブラスセクション、電子楽器、ストリングス、スルド(サンバに使われる大太鼓)からヒントを得たエレキベース奏法、ドラムと豊富なパーカッションをバランスよく使った豪華で手の込んだアレンジが多い、個人的には大好きな時代です。

中でもジャヴァンの歌う「Jogral」(ジョグラウ)は、何回聴いても私をワクワクさせてくれます。
2分13秒と非常に短いので、何度もリピートしてしまうが全く飽きません!
音楽院のアンサンブルの授業でも演奏したので、何百回とこの曲に触れていると思います。
そんな大好きな曲に、考えてもみなかった誕生秘話があることを知ったので、今日はそのエピソードをご紹介します。

この曲はジャヴァン、フィロ・マシャード、ネタォンことジョゼ・ネトの共作です。

フィロはサンパウロの有名な音楽一家出身。
サンパウロのナイトシーンで演奏を続け、ブラジルのみならず、ヨーロッパや日本での公演経験もあります。

トレードマークのGodinのギターを弾き、歌いながら魅せてくれるエンターテイナー的ミュージシャン。
一度聴いたら忘れられないギターとスキャットはまさに達人技です。これはひとつの奏法としても確立できるもので、彼のスタイルを研究する音楽家も多いです!

もう一人のネタォンはフィロの友人音楽家で、世界的パーカッショニストであるアイルト・モレイラのアルバムにて編曲を手掛けた経験もあります。

タイトルになった「Jogral」は、なんとサンパウロにある有名キャバレー「Jogral」からつけられたものでした!
*Jogralは、詞や歌を披露する発表会のような意味合いがあります

Jogral店主のルイス・カルロス・パラナーは、音楽フェスティバル史上最も盛り上がったと言われる1967年のブラジルポピュラー音楽祭にて楽曲「Maria, carnaval de cinza」を歌手のホベルト・カルロスに提供した作曲家でもあります。

↑ 今ではブラジルで「王」と呼ばれる歌手ホベルト・カルロス

キャバレーにやってくる人たちの多くは、夜の相手を探し求めているわけですが、素晴らしい音楽が聴けたため、純粋にそれを観にくる人もいたようです。特にJogralは良い音楽家が集まると定評がありました。
また、当時の音楽家にとって、キャバレーでの演奏は主な収入源でした。

キャバレーJogralで演奏していたフィロとネタォンの休憩中の楽しみは、女さがし…ではなく、当時人気だったジョーゴ・ジ・ボタォンと呼ばれるサッカーのボードゲームの試合。

この名曲は、その試合の合間にフィロがガットギター、ネタォンがエレキギターを弾いてセッションしている間に誕生したそうです。

曲には歌詞がなく、メロディと共に自然に転調が続くのですが、実は複雑なのがフィロらしいと感じます(正直、この曲を授業で演奏したとき、私はアドリブソロに苦労しました…泣)。

しばらくしてキャバレーJogralは閉店。
フィロはBoca da noite(ボーカ・ダ・ノイチ)という店で演奏をすることになりました。
8年間と長い間演奏をしていたため、お客さんには店主だと思われていたそうです。

ある日、既に歌手として成功していたジャヴァンが店にやってきます。
そこでフィロは“Um chorinho”(あるショーロ)として、ネタォンと作曲したあの曲をジャヴァンに披露。
「あとでじっくり聴きたいからテープを送ってくれないか?」と大変気に入った様子でした。

フィロはその日の夜にテープに録音。
代理人を通して、リオデジャネイロに戻るジャヴァンを追いかけ、空港でなんとかテープを渡す事ができました。

数日後、ジャヴァンはフィロに電話で、「録音したいからリオに来てほしい」と頼みます。
最初は信じられない様子のフィロでしたが、リオのOdeonのスタジオにて、同曲のギタリストとして録音に参加しました。

更には、そこに同席していたフィロ憧れの作詞家アルジール・ブランキと親交を深めることができ、のちに2人は共作をする仲となりました。

↑ フィロとアルジールの共作。サンバでブルージー、かっこよすぎ!

歌詞は、元々インスト楽曲だったため、ジャヴァンは故郷マセイオで歌手になることを夢見ていた青年時代の想いを寄せました。
Jogralの他にも、ジャヴァンの作品にはマセイオという地名がでてくる曲が存在します。

ブラジル北東部にあるアラゴアス州の首都マセイオは水色に輝く海が美しい街。
ジャヴァンは幼い頃サッカーと蓄音機に夢中だったそうです。23歳で音楽で成功するチャンスを求めてリオデジャネイロへ向かい、ナイトクラブで歌いながら下積み時代を過ごしました。

マセイオとリオは距離にして2000km越え。日本から北京までといったところでしょうか(ブラジル大きすぎる!)。
ジャヴァンを含め、決して裕福ではない家庭に生まれた人たちからすれば、夢を叶えるためにリオへ向かうことは、相当の覚悟がないとできないことです。

「歌手になってみせる!」というジャヴァンの想い、そして何度も転調を繰り返す魔法のようなメロディに、知らぬ間に私はウキウキしていたんですね。
でも、まさかJogralがキャバレーの名前だとは思ってもいませんでした。笑
歌詞と曲名の関係がよくわからなかったの、納得できましたよ~!

ちなみに、このエピソードは、Youtubeの人気チャンネルであるネルソン・ファリアの『Um Café Lá Em Casa』で、フィロがインタビューで話したものを日本語訳しました。
この話をまるで昨日のことかのように楽しそうに話すフィロをみて、この曲が更に好きになりました。

↑ この番組では数多くのミュージシャンとの共演と対談をみることができます。

アルバム: Seduzir (1980)
作詞: Djavan
作曲: Filó Machado, Netão (José Neto)
編曲: Djavan, Luiz Avellar
録音:Café : Congas, Xequerê、Djavan : Violão、Filó Machado : Guitarra、Luiz Avellar:Mini-moog, Piano Fender Rhodes、Marquinhos:Saxofone Alto、Moisés Nascimento:rombone、Sizão Machado:Baixo Elétrico、Téo Lima:Cowbell, Bateria, Guiro、Zé Nogueira : Saxofone Soprano

【協力】Adriano Diamarante

※ この記事はサイト『南米音楽365日』の2020年6月5日投稿分を一部修正して掲載しました

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