ブラジル留学日記03 「ブラジル人的な土曜日」
2014年2月15日、サンパウロ2日目。
ブラジルの土曜日は楽しみが多い。
良いコンサートも沢山あるし、無料イベントも沢山ある。
また、この日は私の大好物フェイジョアーダの日でもある。
フェイジョアーダはブラジルの代表的な料理。
黒インゲン豆と、干し肉や豚肉のソーセージ、豚の足や耳の部分を煮込んだもので非常に脂っこい。
しかし、豆との組み合わせなのか、食べるとそこまで脂っぽく感じない。つい食べすぎて体が重くなり、その後は何もやる気が起こらない。
だからと言うわけではないが、フェイジョアーダは水曜日(もしくは他の曜日)にも提供されるが、土曜の昼に食べるのがメインになっている。
土曜日は遅く起きて、外でフェイジョアーダを食べ、家でゆっくりしてから、シャワーを浴びて夜出かけるのだ。
日曜はミサや礼拝があるので家族団欒の日という感じだろうか(ちなみに近年キリスト教信者は減少傾向にあるが、まだこの伝統は残っていると感じる)。
今日は今西さんと楽器屋通りを歩いてからベネジード・カリストの青空市に行き、近くでフェイジョアーダを食べる約束をしていた。
メトロを使って最寄り駅まで向かう。
メトロに乗るのは2度目だった。
2010年に初めてブラジルツアーでサンパウロへ訪れた時、1日だけ自由行動をしてブラジル人の友人とメトロを使った事があった。
ちなみにその友人とは、私が埼玉の某音楽教室でサックス講師をしていた頃の生徒さんである。
アデマール・アキオさんは、出稼ぎで埼玉に住んでいた日系ブラジル人。日本語が上手で、地元で通訳ボランティアもしていた。
アデマールさんは2年間教室に通った後、ブラジルに帰国してしまったのだが、連絡をとって再会することができたのだ。地方に住んでるが、その日はわざわざサンパウロ市内まで出てきてくれた。
メトロの話に戻るが、路線は色別に名前が付けられており、決して複雑ではない。
しかし治安面なのか、日本の情報は「メトロは危険だ」というものが多かった。
日本企業の駐在員に限っては、メトロの使用を禁止されるているところもあるそうだ。
久しぶりのメトロはちょっと緊張した。
スマホはむやみに出さない方が良いと言うので、斜め掛けしたバッグから素早く取り出して撮影した。
(ちなみに2022年現在はスマホが普及した事もあり、車内でスマホを使うことは当たり前になっている)
クリニカス駅を降りたら、すぐに楽器屋通りテオドロ・サンパイオがある。
今西さんは何かを探していた(確かギターの部品だったと思う)。
多くの路面店は狭く、すべての商品が店頭に並んでいない場合が多い。
これは楽器屋に限らず服屋でも靴屋でも同じである。
店員と話をしないと目的の物を買う事ができない。
店に入るたび、店員に何が欲しいか説明するというのを何度も繰り返した。
テオドロ・サンパイオの楽器屋はロック系のミュージシャンが多いのか、ブラジルらしい楽器(太鼓など)よりもエレキギターやドラムの方が多く、ブラジルに着いたばかりの私には退屈だった。
結局、探し物はみつからなかった。
通りを抜けるとベネジード・カリストの青空市。
多くの人で賑わっていた。
骨董品を扱う有名な青空市で、お値段も割高。
その青空市の近くにお目当てのレストランがある。
2010年のブラジルツアーの際に訪れた評判の良い有名店で、その美味しさもあるが、懐かしさにもう一度来てみたかったのだ。
レストランに入ると、私はフェイジョアーダ、今西さんはミナスジェライス州の郷土料理フランゴ・コン・キアーボを頼み、分けることにした。
相変わらず美味しかったが、2人で食べ切ることはできなかった。ツアーの時は気にならなかったが、これから6ヶ月間貯金で生活する私にとっては高額なお会計だった。
お腹いっぱいでベネジート・カリストの青空市を歩いてみる。
骨董品や洋服、本、レコード…
ここを歩く人はみんなオシャレだ。
お尻を強調するようなスキニージーンズに、短くてピタッとしたTシャツという所謂「ブラジレイラ」(ブラジル人女性)というタイプとはまた違った女性たちが歩いている。
両腕にタトゥー、頭にペイズリー柄の赤いバンダナを巻いて、ベルボトムのジーンズを履いた女性がレコードを漁っていた。そのレコード屋ではマイケル・ジャクソンの「Rock with you」が流れていた。
私が見たいのはこういうのじゃない。
もっとブラジルらしいものだ。
そう思って歩いていると、ホーダ・ジ・ショーロの会場に到着した。
ショーロとは、19世紀半ばにリオデジャネイロで演奏されていたヨーロッパ風の音楽がアフリカ由来の音楽と混じりあっていくうちに誕生した初めてのブラジル国産ポピュラー音楽である。
ホーダは「輪」という意味を持ち、ショーロを演奏する人たちが輪になって演奏することをホーダ・ジ・ショーロという。
ショーロは曲のキーや構成が決まっており、即興的な演奏をするセッションではない。リハーサルなしの演奏会という感じだろうか。
やっとブラジル音楽にたどり着いた私は、一気に興奮した。
かじりついて見ていたが、段取りが悪く、私がYouTubeで見たチャキチャキしたリオデジャネイロのホーダとは程遠かった。
それでも、演奏が始まるとご年配のギター奏者の音ひとつひとつが鮮明に聴こえてきて、静かな活気を感じた。
(ちなみにこの時に演奏していたクラリネット奏者のグスターボとは、この2ヶ月後にとあるオーディションで再会することになる)
「今夜、フンド・ジ・キンタウがライブするみたいなんですけど行ってみますか〜?今、友人から連絡あったんですわ。」
突然、今西さんが思いがけない事を言い出した。
フンド・ジ・キンタウ。
書いたらフンドシみたいな変な名前に見えるが、80、90年代のパゴージブームの中心となった伝説的グループだ。
パゴージとは、簡単に説明すると少人数編成で楽しめるサンバで、ポップス的な要素が強くて親しみやすい。
「行きます!」と即答した。
ゲストハウスに戻ると、土曜日のブラジル人らしく昼寝をした。
というのも今夜のショーは夜23時から。
時差ボケもあり、休まないと体力が保たない。
こうしてブラジル人らしく土曜を過ごし、夜は夢にまでみたフンド・ジ・キンタウを観に行くことにしたのだが、この後まさかの展開が起こる事は、この時は考えてもいなかった。