たった7分でわかるあいかの自己紹介
こんにちは、あいかです。(@mote_otokouke)
溺愛特化の恋愛系発信をはじめてから、早くも2年が経ちました。私の発信を日頃から見てくれている人が多いのに、ずっと自己紹介をしていなかったので、あらためて自己紹介記事を書こうと思います(遅すぎ🥺)
今までクローズドの場所で、コーチング生だけにお話してきた個人的な話を包み隠さずしますね。衝撃的な話もありますが、私のことを知ってもらえるいい機会になるとうれしいです。
堅苦しい文章を書くのが苦手なので、ここからは文章を崩して書いていきますね。それではあいか物語スタートです。
完全に人生ヲワタ…ハードモードすぎる幼少期の初期設定!
恋愛系の発信をしてたり、スペースでぺちゃくちゃ喋ってると「きっとあいかさんの人生はイージーモードだったんだろうな」「私とはちがって恋愛がするする上手くいってて羨ましい」と思う人もいると思います。
ただ私の人生はウルトラハードモードでスタートしたんです…。
私はど貧乏家庭に生まれて、毒親から24時間365日否定されて、しかも自己肯定感が極限まで下がる人生を送ってきました。私がカウンセラーの資格を複数とったのは"自分と同じようにハードモードな人生に苦しんでる人の助けになりたい"と思っているからです。
私は母親から浴びせられる猛毒の量がえぐくて、毎日瀕死になりながら、必死に生きていました。毒親エピソードを語るとキリがないですが、今でも記憶に残っている毒親フレーズを書きます…。
(毒親育ちの人は共感してくれるかな。一般家庭育ちの人は「こんな酷いこと言われるんだ」ってびっくりしちゃうかも…🥹)
など。攻撃力の高い毒親ワードを毎日浴びせられることが日課でした。今なら「自分の子どもにそんなこと言うのひどい!そんな言葉は間に受けなくていいんだよ。親でも距離をおいた方がいいよ」と思います。
ただ当時は、自分の力でお金を稼ぐこともできなくて、逃げることもできなくて、とても『無力』だったんですよね。
他にも、愚痴や悪口を永遠に聞かせられたことが、結構しんどかったです。口を開けば何かと、不安不満、愚痴、悪口を言っていましたね。本当にエネルギーバンパイヤすぎてこわいです🥺
あまりにもネガティヴを聞かされて、精神的にしんどいので「これ以上、愚痴を聞きたくない…」と母親に言ったことがあるんです。
そしたら『あんたまで裏切りものだ、ヒドい!』とヒステリックを起こされましたね。正気の沙汰じゃない。まじで狂っている人とは距離をおくべき。自分の精神までむしばまれます。
他にも「自分がやることは全てダメだしされる」「不機嫌で相手をコントロールする」「具合悪いアピールをして構ってもらおうとする」「常に粗探しをされる」など。
一言で言うと、あり得ないほど居心地の悪い家庭で育ちました。よく成人できたなと思うレベルです。(私、前世でそんな悪いことした?)
こんな家庭で育つと「口下手コミュ障自己肯定感底辺女」が爆誕するわけです。当時は自分から何かを話したり、自分の話をすることが大の苦手でしたね。
母親の影響を受けて「どうせ何を言っても否定されるんだ…」と思い込んでいたので、誰かに自分の聞いてほしいなんて思ったことはありませんでした。
毒親育ち勢だとわかる人も多いと思うのですが、母親に「コレしたいな」「アレやってみたいな」と自分の気持ちを素直に話すと「そんなのダメに決まってんじゃん」「そんなクダラナイことしようとするな」「ゴミになるもの買おうとするな」と秒速で自分の意見を、片っ端から粉々に否定されるんですよね。
そんな大否定されたら「私の意見は価値がないんだ…」「私はダメ人間なんだ…」と思うようになって当然です。
私は自分の意見をいけないロボットになってしまったんです。相手が母親じゃなくても、友達でも先生でも「誰も私の気持ちをわかってくれない…」と思っていました。一度、自分の気持ちを言えなくなると、本来の自分を取り戻すまでが大変です🤖
私は小さい時に「母親の思い通りの回答をしなければ、何を言っても否定されるんだ」「母親の意見を察して言わなきゃ怒られるんだ」と学習しました。だから自分の気持ちを言わなかったんです。
自分の気持ちを言わなくなると、自分が何を考えてるのか分からなくなるんですよね。自分が何を考えてるのか分からなくなると、自分軸がなくなります。自分軸がなくなるので、周りの顔色をうかがいながら、他人軸で生きることを余儀なくされるんですよね。
そして人に合わせてばかり生きてる人は面白くないんです。自分の意見もないし、全部周りに合わせる、相手の機嫌をとる、これだから当時の私はすごく中身が空っぽで面白くない母親の操り人間だったと思います。
学校でお友達と話すときも「こんな自分の意見言うなんて信じられない…」「何でみんな伸び伸び生きてるの?」と純粋に疑問でしたね。
そしていつの間にか自分らしく生きれなくなって、自分の人生なのに、常に他の誰かのために生きて、膨大なストレスを心に抱えながら生きることになりました。
毎日生きてるのか、死んでるのか、よく分からない状態で生きることを強制されましたね。自分で何か選ぶことも自信がない、自分で何か決めることも自信がない、他人に選んで決めてもらった方が安心できる。私はずっとそんな人生を過ごしてきました。
そして毒親に+αされたのが「貧乏」でした。毒親に加えて、貧乏くじを引かされるなんて、とんでもない悪運の持ち主ですw人生の前半戦で苦労しすぎて、今は毎日がハッピーです。
もちろんお金がすべてじゃないとは思いますが、人間はお金に困ると心の余裕が全然なくなるんですよね。
実際に極貧家庭で育った私は「ソース使いすぎ!無くなったらあんたのお金で買いなよ!」「クーラーつけるな。勿体ない(猛暑の中)」「どうせ来年着なくなる服なんか買うな!」「あんたはイトコのお下がりで十分。コレ着なさい」「ガラクタばっかり買って。お金が勿体ない(お友達が持ってて欲しかった化粧品)」と貧乏生活を余儀なくされていました。
てか今さらだけど、子どもを「あんた」呼びって酷いですよね。何回も「『あんた』って言うのやめてほしい。子どものこと『あんた』って呼ぶお母さんいないよ」って言っても「別に『あんた』でいいじゃない。『あんた』は『あんた』なのに、何がダメなわけ?」と言われましたね。お話しになりません。
きっと実家を出るまでに、一生分のストレスを浴びたと思います。ノイローゼーという言葉では表しきれません。毒親×ど貧乏生活でストレスが溜まって、苦しみ続けた経験は、いま私がお金をバリバリ稼いで、自分の好き勝手に楽しく生きるモチベに直結しています。
自由であればあるほどいい。お金はあればあるほどいい。というのが私の考えです。貧乏育ちだと反骨精神が養われるので、悪いことばかりじゃないですね。もう2度と毒親貧乏生活には戻りたくありません。
そして同じ毒親家庭育ちの人ならわかってくれると思うんですが、自分の家庭が異常だとは、割と大人になるまで、そこまで気づかなかったんです。これが毒親育ちの怖いところ。
私も親の愚痴を聞くのは当たり前だと思っていましたし、親は頻繁に機嫌悪くなるからなだめるものだと思っていたし、親から否定されるのは自分がダメで価値がない存在だからだと思っていました。それに自分が親のネガティヴを聞くハケグチになってあげないと可哀想とまで思っていたんです。
だがBUTしかし!!他の家庭は、うちの家庭とは全く違うと気づきました。
うちの家庭は異常だと気づいてから、実家を出るまでは、かなり時間がかかりました。私が実家から脱獄できたのは、大学進学のときです。
大学進学と同時に、一人暮らしをはじめました。ただその時の母親とのバトルで壮絶でしたね。絶対に実家から脱獄したい私VS絶対に実家に閉じ込めたい母親のバトルのスタートです。
というのも母親は、今まで私をいびっていたのに「〇〇大学行きます(実家から超距離がある大学)」と言ったとたん手のひらを返したように…
「私のこと置いていくの?ひどい…」「家から通える大学にしなよ!」「どうせ受かっても〇〇大学行かせないよ?」と毎日のように言ってくるようになったんです。大学受験のストレスと重なって、頭がおかしくなりそうでしたね🥹
ただ希望の大学にギリギリで受かって、なんとか実家から脱獄しました。もし大学に落ちてたら…と想像するとおそろしいです。そしてもし実家に監禁されたままだと、今のあいかは存在しません🥺一生母親の奴隷として生きていたでしょう。
実家から脱獄するまでは、ものすごい長く辛い戦いでした。…が、実家を出てからは天国でした。自分の存在を否定されたり、他人の比較してけなされたりすることがなくなったからです。(ふつうのことだけどね)
それに今までは、親の顔色をうかがって『やりたいことがあっても言えない』『やりたくなくても断れない』『自分の機嫌とりよりも親の機嫌とり優先』という生活を送ってきたのに…
『やりたいことをやり放題』『やりたくないことは何もやらなくていい』『自分の機嫌とりに集中できる』という天国へ辿り着いたんです。やっと私が地獄から解き放たれたときの感動は、今でも忘れられません。
私が『やりたいことは片っ端から全部やる』『自分の好きなことに貪欲に生きる』と常々言っている背景を少し理解してもらえたかなと思います。
秋葉原の有名メイドカフェで売り上げトップ飾る
実家を出てからは、これまで抑制されてきた反動で、今まで禁止されてたことを全て狂ったようにやってきました。私が「迷ったらGO!」「やらない後悔よりやる後悔」といつも唱えている理由です。
チャンスは何度もやってきません。流れ星のように突然やってきたチャンスを、いかに自分のものにできるかが、人生の満足度を決めると思ってます。(これは恋愛にも繋がるよね)
大学の友だちとピザパやタコパをしたり、カラオケオールしたり、いつメンでプチ旅行したり、サークルで合宿に行ったり、とにかく今までやりたくても我慢してきたことをやりまくりました。ここからがあいかの本当の人生のはじまりです。
ひと通り大学生活を楽しんだあとに、私はこう思いました。「なんか毎日同じこと繰り返して飽きた…!もっとわくわくする楽しいことがしたい!」
そこで面白いバイトを探すことにしたんです。安易な私は、狭い一人暮らしのワンルームで、天井を見上げながら『変わったバイト 東京』で検索しました。
とにかくガツンと稼げる面白いバイトならなんでもよかったんです。上から順番に見ていくと「治験」「キャバクラ」「引越し」「闇のバイト」などいろいろ出てきましたw
こんなことを思いながら、画面を下にスクロールしていきました。そして運命の出会いが訪れたんです。
上から7個目くらいに『秋葉原のメイドカフェ』と表示されました。「なんかウケる。異世界すぎるわ。ちょっとサイト見てみるか🥺」と思ったのが、メイドカフェとの出会いでした。独特の世界観に引き込まれて、気づいたらボチっと応募ボタンを押していましたね。(ポチッとな☝️)
そして物事が上手くいく時は、とんとん拍子に進むもんです。メイドカフェから応募後1日後に「書類審査合格です!二次審査は本社に来てください」と連絡がきました。
そして二次審査を受けて、その場で「合格です!きっと売れると思うので、ぜひ僕たちの仲間になってください!」と言われたんです。
今思い返すと、私は売上No.1&新人賞を受賞したので、あの時の面接管は見る目あるなぁと思います。金になる木を見つけたなと。(謎の上から目線👀w)
毒親環境で育って「この世でいいことなんか何ひとつないなぁ」と絶望を抱えながら生きてきたのですが、なんとメイドカフェで働く時に"毒親育ち"が活かされました。
というのも、お客さん言動を見れば「どんな言葉を求めているのか?」「どんな気持ちなのか?」が反射的に想像できるからです。
これは毒親育ちで、親の機嫌の1日中とってきた良い(?)後遺症だと思っています。もちろん先輩メイドさんからも、男性の心をわし摑む技術は教わりましたが、まさかココにきて毒親育ちで敏感な感性が活かされるとは予想すらしませんでした。
そして負けず嫌いな私は「どうせやるなら1位になるしかないでしょ!」と思ったので、大学が終わったら、すぐ総武線に乗って、メイドカフェがある"秋葉原駅"に行くことが日常になっていました。
当時私が売上1位を獲得し続けられた理由を分析すると、
が理由だと思っています。
勘がいい人は気づいたと思うんですが、これらの要素は、どれも恋愛を上手く活かせるためにマストなんですよね。
なのでメイドカフェをやめた今でも、男性の心を一瞬で射止めて、また会いたいと強烈に思わせて、自分だけに沼られ続ける溺愛される方法を教えられるんです。
有名メイドカフェで売上No.1&新人賞獲得、過去2番目のスピードで役職に就く、集客率No.1など異例の成績を叩き出せたので、メイドカフェには1つの悔いもありません。ありがとう、メイドカフェ。ありがとう、太客。ありがとう、仲間たち。
極端に自分に自信がなくて、生きてるだけで苦しい私に、圧倒的な自信をつけてくれました。自信は行動の連続からしか生まれません。
こんな私でも、努力し続ければ自信をつけられるんです。きっとあなたも正しい方向性で努力すれば、必ず揺るぎない自信をつけられます。
無意識バイト荒らし期
実はメイドカフェで働く前に、某ファミレスでバイトをしていました。当時は「メイドカフェに受かったからやめよっかな」と思ったのですが、万が一メイドカフェがやばかった時のために、しばらく続けていたんです。
そこではバイト先で働いている全4人の男から告白をされて、バイト荒らしをしてしまいましたw特にバイト先の男たちを惚れさせるつもりはなかったのに🥲にじみ出る萌えビームにやられちゃったのかなw←
「この店の男のバイト、全員あいかのこと好きじゃん」と同期から言われた時は、かなり気まずかったです。メイドカフェの出勤日を増やして、ファミレスバイト出勤日を減らしましたw
特に、恋愛テクニックを使ったわけでもないのですが、なぜか全男性を好きにさせてしまった理由を、自分なりに分析してみました。
一言で言うと「男ウケする趣味に同じレベルでハマれる」が鍵だと思います。
私は実家の隣に住んでるイトコのお兄ちゃんの影響を受けて、男向けの漫画やゲームがめちゃくちゃ好きなんですよね。
だから「パワプロやろーぜ」「スマブラやろーぜ」と男たちから誘われた時に「いいよ!(男より強いからよろしくな😈w)」という心境になるんです。
ファミレスのバイトメンバーでは、バイト上がりに誰かの家にいって、朝までパワプロをしながらパーティーをするのが日課でした。
そこで他の女の子は「パワプロわかんない…つまんな、なにこれ」と困惑してるのに「ナイスー!編成神だわ!」みたいに男たちと同レベルでパワプロを楽しめたのが、かなり貴重な存在だったのでは?と思っています。
今もそうですが、男から好かれたいなら男ウケするトークができる、男から求められたいなら男ウケする趣味にハマる、ハイスペから気に入られたいならハイスペトークができることはマストだなと思いますね。
結局、全員から告白されて「付き合ってもいいかも…!?」と思った時もあったのですが、この中の誰とも付き合いませんでした。結局、バイト先をかき乱して退職しましたw(最悪)
出会い狂い男グセ獄悪期
一度、複数の男性から極限までチヤホヤされて、ただ存在しているだけで可愛がられるメイドカフェを卒業すると、今までの生活に戻るのは結構大変でした。
今までは出勤するだけで、自分のファンが出待ちして、たくさん会いにきてくれたり、チェキを何十枚も撮りにきてくれたり、歌やダンスを踊るパフォーマンスするのが当たり前な生活だったのに、社会人になった途端に、家と会社の往復になってしまったんです。
ちなみにメイドカフェの店長からは「大学卒業してもうちで働いてほしい」「1回こういう仕事したら、もう下界には馴染めないよ?(下界www)」と言われましたね。
店長の言うとおり、結局サラリーマンをやめて、起業してるので、当時の店長のアドバイスは合ってると言えば合っていましたw
ただ私は現実主義なところがあるので「年をとってメイドカフェ着るのどうなんだろう?」「メイドカフェで働いた後のセカンドキャリア厳しくない?」「せっかく大学出てメイドカフェの正社員どうなんだろう…」と色々悩んで断りました。
ただメイドカフェという異次元の世界から脱却した私は「なんか人生つまんな…」「自分のファンいないの寂しい…」「もっと自分のファンたくさん欲しい…」と強く思うようになったんです。
そこで出会い厨のお友達に誘ってもらって、合コン・HUB・スイッチバー・コリドー街・知り合いの紹介・街コン・婚活パーティなど、ありあらゆる出会いの場に顔を出すようになりました(男狂いの幕開け)
この時は素行があまりよろしくないので、話せるところだけかいつまんで、お話ししていこうと思います。
当時のリアルな私の行動スケジュールは、こんな感じでした。
こんなかなりのタイトスケジュールで、いろんな男性と出会いまくっていましたね。ここに合コンやHUBなどの出会いも加わるので、どれだけ少なく見積もっても、出会った男性の人数は3,000人はクダラナイと思います🥺
さらに合間を縫って、アプリで出会った男性とのメッセージやLINEのやりとりもマメにしていましたね。「早く会いたいですね☺️」「何日に〇〇さんと会えるの楽しみです」と期待をもたせるテキストを息をするように送りまくって、自分のファンを大量生産していました。
前にスペースでお話ししたことがあるんですが、私はマッチングアプリで男性と会うときなどに「絶対に運命の相手を捕まえにいくぞ」「絶対にこの人から告白されたい」とは1mmも思っていなかったんですよね。
じゃあどう思っていたのかと言うと「まぁいい人がいればいいな」「私が好きな食べ物を食べれるの楽しみ」「今日は東京駅のすき焼きだよね?ヒャッハー」的な感じで、かなり軽い気持ちでアポに行っていました。
もともと私は、新しいお店開拓が好きで、行きたいお店を探して、行ったことない新しいお店に行くのが趣味なんですよね。だからこそ、男性とのお食事は私にとって神チャンスでした🥺
だってただ男性と会うだけで、食べたいものを無限にタダ飯できるからです。(最初に謝っておきます。ごめんなさい🙏)
というのも、男性は「絶対にこの子を彼女にしたい」「他の男に奪われたくない」「この子にカッコいいところ見せたい」と思った女性には、99%『割り勘』を提案しないんですよね。
「好きな女性には全奢りしてカッコつけたい」と思うのが男という生き物です。そんな男のプライドを逆手にとって、奢られまくってきましたw
どうしても付き合いたい女性とデートした時に、
となるのが男です。
今度どこかでメソッドをお話ししようと思いますが、自分が行きたいお店を何個か提案して、相手に喜んで連れていってもらって奢ってもらう。
これがあいか式デートルーティンです。こうやって私は、男性に喜んで食べたいものを食べさせていただく生活をずっと送ってきましたw
なんでここまで奢られにこだわっていたのかと言うと、実家を飛び出した私は、自分で学費を支払っていて、とにかくお金に困っていたからです。
「奢ってくれたらうれしいな☺️」どころの話じゃありません。「絶対に負けられない戦いがある。奢られねばオワル…」と必死ですw
私の当時の悩みは「食事代をなんとか浮かしたい…」「学食も高いしお腹いっぱいごはんを食べられない…」と思って、とにかく食事代をカットする戦略を考えました。
そこで思いついたのが『自分を好きな男のファンたちに奢ってもらう』だったのです。
さっきも書いたとおり、男性はデートしてみて「え…この子可愛い!!しゅき!!付き合いたい!!」と思うと、問答無用で奢ってくれる人が多いからです。
だから私は、いろんな男性とごはんに行きながら、美味しいものをたらふく食べて、かつ男性たちから可愛がられるという生活を勝ち取ってきました。(もちろんずる賢く頭をフル回転させてw😼)
なので生活費はだいぶ浮きました。基本的に男性から奢ってもらえるので、食事代はゼロ円、行き帰りの電車代のみ。
新しく出会った男性と楽しくおしゃべりして、新しい刺激的な世界を見せてもらえて、好きな食べ物を食べ放題。それに男ウケを狙った言動を連発すると「可愛い!可愛い!」と褒めちぎられる。刺激中毒でお金のない私には最高の場でしたw
メイドカフェで培ったプロの沼らせ技術を駆使して、数えきれない男性の心を射止めて、貢いでもらったり、苦手な家の掃除をしてもらったり、サプライズプレゼントをもらったり…
ここには書ききれないですが、男性からたくさんの恩恵を受けてきました。この時に身につけた、男を極限まで沼らせて、自分の思い通りに動かして喜ばれる方法は沼らせnoteにみっちり書いています。
私に幸せを与えてくれた男性諸君たち、本当にありがとう。今ではあなたたちと私のやりとりが、多くの女子が溺愛を叶えるためのヒントになってます🥹
大企業で最年少出世したけど、色々つまんなくてソッコー退職する
私は親から「安定した職業に就きなさい!」「安定してる大企業一択!」と耳にタコができそうなくらい何度も言われてきました。一度、植え付けられた毒は、何年経っても完全には解毒できないもんですね。
本当は大企業には1mmも興味がありませんでした。ただ「特に就職してやりたいこともないし、最初からベンチャー企業に入るよりも、まずは大企業に入った方が、その後の転職が上手くいきやすいのかな?」なんて当時は思って、目についた大企業の面接を受けることにしたんですね。(マジでやる気なすぎ)
とにかく私は舐め腐ってました。同級生が丁寧に履歴書を書いたり、企業分析をしている中で、一人だけメイドカフェで「萌え萌えキュン♪」と毎日やっていましたね。そりゃあ、遅れをとって当たり前。
周りが1次面接、2次面接と進む話を聞いて「私まじで本気出さないと進路ヤバいんじゃない🥹」「メイドカフェしか選択肢ないじゃん🥹」と内心焦った記憶があります。
ここからはテキトーに、名前を聞いたことのある大企業の面接を受けました。ただ全然やる気がなくて「まぁ、聞いたことある会社だから受けておくか〜」と思った会社を何社か受けたんです。当然、舐め腐った態度は、面接官にも伝わります。
"私なら何とかなるっしょ精神"で、有名企業の面接を受けたら、あれよあれよと次々に面接に落ちた記憶があります。(落ちて当然だし、面接官の時間を奪うのも最悪だわ🥹)
ただここで心が折れないのが私。「私レベルになると、もっと規模の大きな最大手企業の方が受かるんじゃない?とにかく面接が重要視されてて、一発逆転が狙える企業を受けよう」と思って、そこから3社に絞って会社を受けました。完全に戦略狙いです。
ここからはめちゃくちゃイージーでした。恋愛は面接と同じです。相手の情報をリサーチして、相手が欲しい言葉をその場でポイポイ打ち返すだけ。
前はろくに面接を受ける会社のリサーチもせずに、一か八かで面接に臨んだけど、今度は相手が求める就活生の人物像を、しっかり頭にインストールした上で、面接を受けにいったのです。
この戦略が成功して、誰もが知ってる有名老舗企業から、内定をもらうことができました。しかもたった1回の面接で、ですwその場で合格をもらえましたね。(やれば出来るじゃん!そして最初から本気でやれ!)
入社後に同期たちと面接の話をすると「4回の面接通るのキツかったよね」「え、私は面接3回だったよ?」と言っていました。どうやら人によって面接の回数は違うようです。(ニヤリ)
他にも複数の会社から内定をもらっていたのですが、四季報でみた時に、1番40歳の時の年収が高かったので、安易にこの企業にすることにしました。(結局すぐ退職したから意味ないけどw)
そして入社後には、誰から可愛がってもらえれば、最短最速で出世できるのか?を見抜いて、過去一のスピードで、異例の若さで出世できました。ただ問題はここからです。一筋縄で行かないのが私の人生…
向上心が高い私は、平日に業務で分からなかったことは、休日に自分の家で勉強して、1つずつ分からないことをつぶしていきました。
同僚ができないことを代わりにやったり、先輩の仕事を巻き取って働いているから、異例のスピードで仕事ができるようになっていったんです🥺
すると上司から「あいかちゃんは飲み込みが早いね(そりゃ家で練習してるからね)」「あいかちゃんこれも頼める?(もう手がいっぱいなんだけどな)」という自分に仕事がふってくることが頻繁に起こるようになりました。
私は日に日に疑問を感じるようになりました…。「この会社にいても、尊敬できる着いていきたいロールモデルがいない」「自分がスキルアップすればするほど、他の人の雑務が舞い込んでくる」「この仕事量で40歳になった時に⚪︎万円しかお給料もらえない」「私、絶対成果報酬の方が合ってるよね?」と思いはじめたんです。つまり…「今の私の状態って詰んでね?」という思いがだんだん心の中で大きくなっていったんですね。
私は勤続年数が長くなるほど、別に頑張らなくても給料が自動的に増えていく『年功序列』じゃなくて、若くても仕事ができる人が、たくさんお金を稼いでモチベを上げていくべきだと思っています。
だからこの会社とはやっぱり価値観が合わないなと思いました。そこで職場のみんなには内緒で、こっそり転職活動をはじめたんです。
ただ転職活動をしようと思って、求人サイトをざーっと見ていても、ぜんぜんやりたい仕事が見つからなかったんです。私はやる気あることには200%の情熱を注げるし、やる気ないことには1%の情熱も注げない極端な性格です。
実際に、転職活動を2ヶ月だけしていた時には、自分が今までやってた職種から、全く別の職種に転職しようとして、上手くいかないことが多かったです。
そりゃあ何のスキルも持たない未経験の人を、あえてお金を払って、ゼロから教育して雇うメリットは1mmもないですよね。雇う側の立場に立って考えるとよくわかります。(ここでも相手目線が大事)
ただ持ち前の切り返し力で、WEB広告の最終面接までは上り詰められました。ただ事件は起こりました。最終面接で社長から言われた言葉が
ここで私は、めちゃくちゃ歯切れの悪い返答をしたことを覚えています。私がやりたいのは、WEB広告の技術を磨いて、最終的に独立することでした。だから営業は1mmもやりたくなかった。さらに私はとどめを刺されました…
社長の隣にいた右腕らしき若い男がこちらを凝視していて、めちゃくちゃやりにくかったです。社長の右腕かもしれないけど、そんな人を睨みつけるような高圧的な態度の下では、誰も働きたいと思わないよね。こちらからも願い下げである😾
私がやらかしたのは、企業分析が甘かったことでした。正直、ホームページを見ても、どの広告運用会社も同じような理念やビジョンを抱えていて「くっそおもしろくねーなwww」と本心では思っていたんです(いい子ぶらずに、正直なところが私の良いところでしょ?🥺)。ただその生意気な気持ちが、きっと面接官に伝わって、最終面接で落とされてしまったんだと思います。
最終面接に落とされた時に思ったことは「悔しい…!!」じゃなくて「また転職1からダルいなぁ…まぁブラック企業ぽかったし落ちて正解か🥱」でした。それに「私を選ばないなんてセンスない会社だな!こちらから願い下げじゃボケナス」と思っていましたw(口悪い)
そこから私は転職活動するのをやめて、副業をはじめることにしました。もちろん会社では副業禁止です🤫
ただ会社で任された仕事を続けても、その技術は今の会社では通用しても、他の会社では通用しないと思ったんです。
どこの会社に行っても通用する技術や1人でお金を稼ぐ技術を、私は求めていました。なので勝手に副業を始めることにしましたw
最初はコスメ系のブログを書いて、2~3ヶ月後から数万円のお金が稼げるようになりました。「お金稼ぐの楽しい(アドレナリンブッシャー🤯💥)!会社で出世するよりも10倍難易度低いじゃん」「やればやるほどお金が手に入るって楽しい!」と思って、とにかく副業にフルコミットしたんです。そして会社へ出社する時間が、だんだん勿体なく感じてきました。
私はもともと面白いと思ったことにしか打ち込めない性格です。たとえば、数学の成績は5だけど、国語の成績は1みたいな極端な人生を送ってきました。
義務教育では、何でもまんべんなくできることが美徳とされてるけど、今の時代では尖った能力を持ってる人が強いよねと本気で思っています。何か一点突破で、自分に自信が持てるスキルを身につけることが大事だと思うんです。
そしてもともとルーティンワークが大の苦手&人から指示されたくない性格なので、会社に属して働くのが向いてなかったんですよね。
「上司より私の方が仕事早いのにな」「もっとこうした方が効率いいのに」としょっちゅう思っていました。一度、思い立ったら私の行動は鬼早いです。「あー、会社やめよ!」と決心してから"1週間"で完全退職しました。(即断即決即行動でしょ?🥺何事もスピード感が大事。)
話は戻りますが、大学のゼミの教授からも「あいかさんは会社で働くのは向いてないよ」「1人で会社やったりする方が向いてると思うけど」と他のゼミ生全員の前で言われたことを思い出しました。
当時、大学生だった私は「そんなことない😾私は大企業に入って出世するんだ!今にみてろ!」なんて当時は思っていました。
ただあっという間に伏線回収です。大企業に入って、異例の速さで出世して、光の速さで退職して、秒速で起業しました。そして今は好きな人と好きな場所で好きなことを仕事にして楽しくやっています。ハッピー。
ちなみに私と同じゼミだった男友達は、今ではフォロワー20万人超えのTikTokerになっています。彼もゼミの教授から「君も会社員は無理だね。なんか自分で事業するしかないよ」と言われていました。ゼミの教授…もしかして預言者なの!?
元彼暗黒感情ジェットコースター期
この時期は、私にとって1番つらい人生でした。母親から当たられることには慣れてましたし、もともと母親には根本的に期待していなかったんです。
一方で、成田凌に似てる元彼(通称:成田)は私をすごく理解してくれて、どんな時でも優しく寄り添ってくれました。そんな成田からいきなり見捨てられたと感じたので、人生で1番傷つきましたね。
私が暗黒感情ジェットコースター期と名付けたのは、成田と付き合っている時に、私の感情がまるでジェットコースターのように、天国と地獄でぐらんぐらん揺さぶられたからです。
この経験をしたからこそ、今のあいかが存在すると言っても過言じゃありません…🥺
私があの手この手を使って振り向かせたロードマップnoteにも書いてある元彼は、職場の1個上の先輩でした。
彼とは同じ部署だったのですが、一目見た瞬間に「絶対に私のものにする……」「必ず私を好きにさせてやる!」「今まで見た男の中で1番カッコいい!」と身体中にイナズマが走ったことを覚えています。
職場にはいろんな男性がいるのに、彼だけめちゃくちゃ神々しく輝いているように見えました。同期から「成田凌にそっくりじゃない?」と言われて、そこから元彼の呼び名は通称"成田"になりました。
どうやって草食系かつ恋愛経験の少ない成田を振り向かせたのかは、ロードマップnoteを見てほしいのですが、硬派な成田を振り向かせるために『半年以上』の時間をかけて、じわじわ心の距離を詰めていきました。(これぞプロの力。狙った獲物は逃さないぞ)そして無事に彼と付き合うことになりましたね。
成田は恋愛経験が少ないことがコンプレックスだったみたいですが、そんなことは私にとってはどうでもよかったんです。むしろ女遊びしてきた男よりも何億倍もマシw
もちろんイケメンだから女の子から定期的に飲みに誘われたり、ファッションモデルにならないか声をかけられたりしたそうですが、警戒心が鬼強い成田は全て誘いを断ってきたそうです。
そんな成田の性格を考慮して、私はグイグイ成田に攻めるんじゃなくて、段階を踏んで、成田の心のぶあつい壁を1枚1枚優しく丁寧に開けていきました。そしてついに、会社の飲み会(2〜3回)+2人きりのデート2回目を経て、成田と付き合うことになったんです。(詳しくはどこかで話せたらいいな)
成田から「俺もすき…」と言われたときは「うぉおおおおおおお!!!」と叫びたいくらいでしたが「うれしい🥺これからよろしくお願いします」と言って、家まで送ってもらって解散しました。
家では半年かけてやっと両想いになれた喜びで、気が狂うんじゃないかってほど、爆音で音楽をかけて踊り狂いました。嬉しすぎて寝れなくて、成田とのLINEを永遠に振り返っていましたねwそうしてるうちに、成田からこんなラインが届きました。
はぁあああああ!?自分のこと苗字呼びなのドチャクソ可愛いんだが!しかも「末長く」って書いてあるから、私とずっと一緒にいてくれる気持ちでいるんだ…と舞い上がったことはタヒぬまで忘れないでしょう。
成田とはほぼ毎日一緒に夜ご飯を食べたり、四六時中LINEをしたり、休日には水族館や読売ランドに行ったり、クリスマスには押上のクリスマスツリーを見に行きましたね。
あと初詣には浅草寺にいって2人とも大凶を引いたり、2人だけの思い出をたくさん作りました。
成田とはたった半年しか付き合ってないのに、職場でもほぼ毎日顔を合わせて、仕事が終わっても一緒にご飯を食べて、休日もずっと一緒に過ごしたので、実質2〜3年付き合ったレベルの付き合いの濃さだったと私は思っています。
そしてXデーがついにやってきてしまいました…私が仕事してるときに、成田が上司から呼ばれたんです。私はまだ入社したばかりだったので「はて?なんで成田呼ばれたんだろう?」と疑問に思っていました。これがまさか転勤の合図だとはつゆ知らずだったのです…
そして私より早く休憩を終えていた成田から、私へ1通のLINEが入っていました。それは成田が地方に転勤する辞令をもらったということです。恐怖の遠距離恋愛のはじまりでした。(ちなみに私は過去に遠距離恋愛に失敗しています🥹)
成田が転勤になるなんて、夢にも思っていませんでした。なので成田から転勤連絡がきた時は、めちゃくちゃびっくりしましたね。
引っ越し当日は、悲しみに暮れながらも、成田を東京駅まで見送りに行きました。「でも俺、東京にたくさん会いに来るから☺️」「そしたらまたいっぱい会えるから大丈夫☺️」と言ってくれて安心した記憶があります。ただ喜んだのも束の間。
そこから1ヶ月後に別れはやってきました。1ヶ月前までは「あいかちゃんしゅきしゅき〜!」「あいかちゃんと離れるの無理すぎる〜!」と言ってくれていたんです。完全に「しゅきしゅきモード」でした。ただ1ヶ月後に「別れたいモード」に変わっていましたね。どんだけ情緒不安定なんだよ…と今なら突っ込みます。
男が一度別れを決めたら、私の経験上もう戻ってくることはありません。それがいい男であればあるほど、変に期待をもたせてキープしたりせずに、あっさり期待をさせずに振る傾向があるなと思います。
成田からはこんなLINEが届きました。「ずっと考えてて、話したいことがあるんだけど、電話できる?」と成田からラインで言われたんです。だから私は「話したいことがあるんだけど〜」という切り出し方が今でも苦手です🥺
「話したいことがあるんだけど〜」って切り出されて、めっちゃいい事を言われる未来が1mmも見えないですもん。もはや「話したいことがあるんだけど〜」って切り出されただけで、HP99/100削られます。めちゃくちゃ苦手な言葉。
「ずっと思ってて言えなかったんだけど〜」とかも苦手。勝手に1人で考えるな、まず私に相談しろ!と今なら思いますね。
成田からは「俺たちも結婚したいね!俺の周りも結婚したりしはじめてきたし」と言われたこともありました。私はその時、こんな美形な成田と結婚なんておこがましいと思いつつも「け、結婚…!?い、いいね!結婚したい…かも」くらいの微妙な返答しかできなかった記憶があります。激推しを目の前にすると、上手く話せなくなってしまったんですね。
でも数ヶ月後、成田から切り出された言葉は「俺たち別れよう」でした。超絶シンプル。遠回しに言われても、シンプルに言われても「別れよう」という言葉は、メンタルえぐられます🥹
だって「別れよう」って、自分の人生にあなたはもう必要ないということだもんね。これはめっちゃ傷つく。どうでもいい人から何言われても何も感じないけど、大切な人から必要とされないってめちゃくちゃ悲しいです。
この一件から「結婚しようね」「可愛いね」「好きだよ」という言葉が、私は少し苦手になりました。もちろん言葉で愛情表現するのはいいと思いますが、行動が伴っていないと、なんの意味もないどころか、相手に期待させておいて、奈落の底へ突き落としうるからです。
私は人の言葉の裏を読んだり、疑ったりせずに、とにかく素直に受け取る性格でした。なので「『1年後には結婚しようね!』って言ってもらえた!ようやく私も世界一好きな人と結婚できるんだ」と舞い上がった記憶があります。ただその夢ははかなく散りました…
元々、親が幸せな家庭を築けていなかったので、私は結婚願望が全くありませんでした。ただ成田に「俺たち結婚したいね!」と言われから「大好きな人と結婚するの悪くないかも🤔」とふつふつと思い始めたんです。でも成田は私に期待させて、どっかに遠くに行ってしまいました…
成田に振られた次の日は、仕事がおやすみでした。その日は朝5時まで、過去の成田とのいろんな思い出を回想して、ぜんぜん眠れませんでした。食欲も皆無。その日は何も食べずに床にふしました。
成田から振られて2日目の朝。目が冷めたときに、無意識に成田のLINEを開いてみても、成田からのメッセージはありませんでした。「あぁ、私、本当に振られたんだ…」という実感が少しだけわいてきました。
この日は、dアニメストアで"化物語"や"エヴァンゲリオン"や"けいおん"をみていましたね。(見ていたというよりも、映像が目に入ってきたと言う方が正しいかも。意識がもうろうとしていて、何も頭に入ってきてない…)そして全く食欲がなかったのですが、ウィダーインゼリーを半分だけ仕方なく食べました。
そこから食欲も気力も何もかも消えてしまって、タヒんだ魚の目で家と会社を往復するようになりました。あきらかに落ち込んでる負のオーラが出てしまって、さらに日に日に痩せ細っていくので「大丈夫?」とまわりから声をかけてもらいましたね🥹
もちろん声をかけてくれた人たちには感謝ですが、いくら慰めてもらっても成田はかえってこないし「どうしたの?」と詮索されることすら嫌でした。
成田を溺愛していた私は、結局半年で7キロ一気に体重が落ちてしまいました。しかも成田から振られたショックで、振られた翌日から3〜4ヶ月の記憶が全くないんです。
これ心理学の" 健忘 "という防衛本能に近いものなんですが、人間はあまりにも辛いことがあった時に「これ以上つらい思いを感じると心が壊れる!」と危機感を感じて、辛さを感じたり、思い出せなくなるんですよね。
おそらく私の場合、解離性健忘になっています。(ちなみに母親から言われたケタ違いに酷いことも、思い出そうと思っても思い出せないんですよね。これも解離性健忘の一部。私的には思い出さなくていいなら、ぜひこのまま思い出したくない…🥺)
私が成田から振られたときは、遠距離ということもあって、電話で別れを告げられました。どれだけ理由を聞いても「仕事が忙しくて、前みたいにあいかちゃんと遊べなくなるから」「今は仕事に集中したいから」しか言わないんですよね。
振る側からすると"仕事を理由にして振る"のはラクだと思います。ただ振られる側としては、本当の原因が何かわからなくて、一生の心残りになるんですよね。理由がわからないと、不完全燃焼になるんです。私と同じ経験した子も多いんじゃないかな。
でも私は諦めが悪いので「前みたいにハイスペースで会おうと思ってないよ!お互いに都合があう日だけ会えばいいじゃん」「仕事に集中するのいいと思う!私も試験で忙しくなるしさ!たまに息抜きで会うだけでよくない?」と切り返してみました。ただ答えは『NO』でしたね🥺
つまり「仕事が忙しくなったから別れたい」という別れたい理由自体が"嘘"ということです。振られる時は、「好きじゃなくなった」「遠距離を乗り越えてまで会いたいと思えない」「他に好きな人ができた」とハッキリ理由を言ってもらえた方がスッキリするんですよね。
真相は分からないですが、相手に少しでも期待を持たせるような別れ方をするのは、別れた後も元恋人を苦しめる最悪の別れ方だなと思った出来事でした。
なぜ私が振られたのかは、成田本人のみぞ知るですが、「彼の複雑な家庭環境への理解が浅かった」「彼の唯一無二の理解者になれてなかった」「恋愛経験が少ない彼のプライドを立てつつリードできなかった」「甘えるだけで甘えさせる余裕がなかった」「私の方が仕事ができるから、一緒にいると男としてのプライドが傷ついた」「相手が気を遣っていて極上の癒しスポットになれなかった」「仕事しか共通言語がなかった」「彼が断れない性格なのを考えられていなかった」などが考えられると思います。
つまり『相手が求めるものを渡して、相手が要らないものを渡さない』という、男性から溺愛されるための基本ができてなかったんですね。だから振られてしまったんです。
ただもう一度、彼とやり直したいかと言われたら、絶対にNOです。私にもプライドがあるので、一度私を見放した人に「戻ってきてくれたの!うれしい!」という気持ちには1mmもなりません。自分を大切に。
ただ「あの時、なんで私のこと振ったの?今私めちゃくちゃあげまんになったのに勿体ないね😾」「未練の残る振り方するのセンスなさすぎぃ」と一言いいたい気持ちはありますw
ちなみに振られた当時は、成田と復縁したすぎて、3~4回占いをしました(爆笑) 電話占いでは「彼はいま運気が下がってるね!でも落ち着いたらあいかちゃんのこと思い出すから大丈夫」と言われて、めちゃくちゃ希望が持てたんですよね。(何の根拠もないのに喜ぶお花畑あいか🌷)
それでもスピリチュアル的なものを信じられない私は、もう一人電話復縁占いで有名な方に、成田と復縁できるか聞きました。すると彼は「彼はいま恋愛モードじゃないね。すごい仕事を一生懸命頑張ってるみたい。4月になったらLINEしてみて?」とより具体的なアドバイスをもらいました(スピリチュアル信じてないくせに、都合いい時だけ活用すなw)。
長くなるので割愛しますが、占い師の助言通り、4月の彼の誕生日月に送ったLINEは、堂々の未読スルーでした。
そこでもう一度同じ占い師に「以前、元彼と復縁するためには、4月にLINEを送るのがいいとお伺いしたんです。アドバイスをいただいた通りにLINEを送ってみました。もう3日も経っているのに、全く既読がつく気配がなくて…。ここから私はどうすればいいですか?」と聞いたんです。
すると占い師はこう答えました。「あー、彼はいま波動下がってるね。7月のはじめに、もう一度LINEを送るといいよ。その頃には彼の波動が上がってるから」と言われました。
「1回占い外してる気がするんだけど…でもこの人に頼るしかないから、もう一度信じてみるか…」と私は思いました。そして私は7月3日にLINEを送りました。
ただお察しのとおり、彼からのLINEはありませんでした。これが現実です。
もはや「成田と一生復縁できない!諦めろ!」と言って欲しかった私は、別の霊視ができるという占い師の元へ行ってみました。
「元彼と復縁できるか、復縁できないか見て欲しいです」と言って、鑑定士に元彼の写真を1枚だけ見せました。そして鑑定士から言われた言葉は「この人にとって、あなたはもう『過去の人』になってるね。復縁は無理。しかもこの人はめっちゃエネルギーが少ないから、一緒にいると運気吸い取られていくよ。離れられてよかったと思うけど」でした。
驚きの鑑定に耳を疑いながらも「タロット占いもやってみてもらえますか?(やっぱり信じられないw)もう元彼と復縁するのは100%無理ですか?」と聞くと、「100%無理だね」とハッキリ言ってくれました。まーじスッキリ。
この時の私の心情としては「復縁できないと言われてショック」よりも「100%無理って言われて幸せ!少しでも可能性があるから辛いんだよな」でした。完全にダメってわかってる時よりも「私が頑張れば何とかなるんじゃないかな🥺」とわずかな期待をしてる時が、1番苦しい説あるよね。
ちなみに霊視タロット占い?を初めてもらってから、たった3分で「成田と復縁できない」と言われてしまったので、私はその後話すことがなくなってしまいました。そこに追い討ちをかけるように「他に聞きたいことはありますか?」と聞いてくる占い師。
その時すでに元彼と別れた後、すでにいろんな男とやりとりしていた私は、一人ずついまやりとりしてる男と自分との相性を聞くことにしました。元彼と復縁できません!で終わるのは勿体ねぇ!!ここは色々いい情報聞いて持ち帰るぞ!という貧乏根性です(圧倒的切り替え力)
こんな感じで、私が所持している大量の彼氏候補リストは、なんと全員ダメと言われてしまいましたwまた1からの男収穫スタートです。
ふだんは自分軸が強いので、赤の他人に「この人はダメ!」と言われたからといって、私は自分の意見を変えるような人じゃないんです。
ただ特に今回の彼氏候補リストには「この人と付き合いたい🥺」と思う人がいなかったので「この人はダメだね」とハッキリ言ってもらえて、彼らとやりとりをキッパリやめるキッカケになりました。
もともと私はスピリチュアルを信じてない派ですが、自分でできることが何もなくなって、精神的に追い込まれた時に、スピリチュアルに頼る人が多いと思います。(例えば好きな人からブロックされたりね)
ただ私の経験上、占いが当たっていることは少ないと思います。もしくは誰にでも当てはまること言う占い師がほとんど。(心理学のバーナム効果ってやつだね)
「あいかさんは大胆に行動する時もあるけど、繊細な感性も持ってるよね。」とか誰にでも当てはまることを言うだけ。占いはただのエンタメだと思うといいと思います。
やっぱり、目に見えない謎の占いにお金を使うのであれば、地に足がついた知識や経験にお金を使って、しっかり自己投資して、自分の価値を高めていった方がいいと思います。正しい自己投資は私たちを裏切りません。
私も起業する時に、初期費用で200万円の一括自己投資をしましたが、今はその200万円以上のリターンがかえってきてます。その後も10倍、20倍になって返ってきているので、正しいお金の使い方が必要だと思いますね。
今でも30万円、100万円、200万円の自己投資は、息をするようにして、常にみんなに最新のクオリティ高い情報をお届けできるように、脳アプデしています。占いはエンターテイメントとして楽しむ分にはいいと思いますが、私はもう占いには1円も使いません🥹
対比になりますが、私は地に足がついたロジカルな溺愛論を教えるのが好きです。そもそもスピリチュアルで、彼の心を読めたり、彼の気持ちを自由自在に変えられるなら、みんなの恋愛が上手くいってるはずじゃないですか。
それなのに、何回も占いに通ったり、何度もヒーリングを受けたり、謎のブレスレッドを何度も販売してる時点で、恋愛を上手くいかせる効果がないんですよね。相手の不安に漬け込んで、お金を巻き上げる、不安ビジネスだと思っています(あくまで個人の意見です🙏)
溺愛彼氏ウルトラ爆誕期
私を見つけてくれてありがとう!ここからは、いつも私の話に出てくる2年半付き合ってる溺愛彼氏とのお話です。もっと濃いグレーな話は、メルマガでしています。メルマガに登録してお待ちください。(https://utage-system.com/r/4S25U28Tmn90/register)
今まで付き合った彼氏の中で、ダントツで溺愛素質の高い自慢のわんこ系彼氏です。
彼とはSNSで出会いました。彼は超社交的で人間大好き〜♪みたいな性格なので「今度会いましょう!お店予約しておきます。新宿で会うのはどうですか?(一部略)」という感じでいきなり誘われましたw「ヤバい…コミュ強きたぁあああ!でも仕事の都合上、断るわけにはいかない。これは行かないと!」と思って、当日新宿東口のアルタ前に行きました。
そこから3時間ほど、仕事の話で盛り上がって「この後ごはん行こうぜ!」と誘われたので、そのままな近くの新宿のトンカツ屋に入りました(今でもこの時のセンスはいじっています🥺なぜ初回デートがトンカツ屋なの!?)「やばい!楽しくて喋りすぎて腹めっちゃすいた!何食べたい?じゃあトンカツ行こうぜ」といわれた記憶があります。
そこで話がめちゃくちゃ弾んで、私は男としてというより、人として「この人、めっちゃ博識で面白いかも!」「いろんな知識に富んでいてお友達になりたい!」と思いました。
そして彼と解散して、帰りの電車でお礼LINEを送ろうとしたら、すでに彼からこんなLINEが届いていました。ここから次に会う約束をして、彼氏からの猛烈アプローチがはじまりました。たぶん通算10回以上は告白されたwいつも言ってるとおり、トーク力大事だよね。女だと少しトーク力があるだけで「え!この子、他の女の子と全然ちがう🥺」って驚かれる。
いつも繰り返し言ってるんだけど、溺愛を叶えるためには『外見でぶっ刺して内面でベタ惚れさせる』ことが必須。もちろん外見磨きするのはいいけど、外見だけ可愛くて、喋ったら面白くない子は、長期的な需要はないんだよね。これはメイドカフェで痛いほど学んだ教訓。
メイドカフェにくるお客さんは、最初可愛い子に話しかけるけど、話してみてつまんないなと思ったら、ソッコー話が面白い別の女の子に目移りする。マジで秒速だよ。お客さんはお金払ってメイドカフェに行ってるわけだし、わざわざ話が面白くない子と話す義務もないけど、めちゃくちゃ残酷だよね。
それに私の周りのハイスペ男子も「可愛い子はいくらでも替えがきく。それに可愛いにそこまで価値はない。長く付き合うなら『話が面白い子』しかムリだね」と言ってたよ。話はそれたけど、好きな人から長期的に溺愛される恋愛を叶えたいなら、絶対にトーク攻略はマストだね。
彼氏から当時受けた猛烈アプローチを全部お見せしたいのは山々だけど、LINEしか証拠を見せられないので、一部彼氏からの激アツアプローチのスクショをお見せします。
結局、彼氏から告白されて"3ヶ月"くらい引き伸ばして付き合うことにしました。彼の溺愛レベルの高さや「何としてもあいかを振り向かせたい!」という圧倒的な燃えたぎる情熱に惹かれたからです。じゃあなんで告白されてから3ヶ月も告白の返事を引き延ばしたのか?
それは他にもマッチングアプリや友達の紹介で仕入れた京大卒外資系コンサルタントや東大卒経営者…などたくさんのハイスペ彼氏候補がいたからですw
まぁ隠しても仕方ないんで、正直に書きます。綺麗ごとばっかり書いても面白くないしね。綺麗事は他の発信者にお任せします。私はリアルな発進がしたいので。それに彼氏と付き合う前は、一途である必要はないと思うんですよね。むしろいろんな男とやりとりして「この子はやくアプローチしないと他の男に奪われそう!」「めっちゃモテるじゃん!俺も頑張らなきゃ
」と思わせた方が猛烈に求められるからおすすめ😈
そんなわけで、私は他の男たちからも「結婚を前提に付き合ってほしいです!」「今まであいかちゃんみたいな面白い子に出会ったことない。俺と結婚して楽しい家族作ろうよ!」と告白されていましたが、全員保留にしていました。
「全員と付き合うわけにもいかないしなぁ…」と思った私は、誰と付き合うか決断するまでに3ヶ月も時間をかけたんです。いつもは即断即決即行動するけど、自分の運命が大きく左右される彼氏選びには時間をかけたい。(告白保留されてる男性陣の気持ちにもなれ😾)ちなみにそれぞれの彼氏候補男性たちのポイントを書くと…
彼氏と出会ってから3ヶ月たったある日、突然Xデーはやってきました。それは今の彼氏に誘われて「打ちっぱなし(ゴルフ)」に行くことになった時のこと。
彼と打ちっぱなしをキャッキャ楽しんだ後に「今度あいかと映画みたいな」と言われて、彼のおうちにおじゃますることになりました。(みんなは付き合ってない男の家に行っちゃダメだよw)
そして2人でバチェラーを2人で見ていた時のこと。お手荒いから戻ってきた彼が「俺と付き合って!絶対に幸せにするから!」と告白してきました。すぐに告白を受け入れるわけにもいかない私。これからずっと一緒にいる人は厳しく審査し合いたいという気持ちがありました。
そこで「じゃあ私のどこが好きなの?(ウザテスト)」と切り返しました。「全部だけど、強いていうなら可愛くて、頭が良くて、話が面白いところ…etc.かな。だから俺と付き合って!」そんなに私を好きならいいかと思って「じゃあ結婚前提に付き合うならいいよ!そうじゃないなら時間のムダになるから付き合えない(生意気フレーズ😾)」と言いました。
すると彼は「結婚前提に付き合って欲しい!やった!うれしい!」と言って、私たちは出会いから3ヶ月経って付き合うことになったんです。余談ですが、結婚願望のある男性は、最初からバリバリ結婚願望があります。結婚願望がない男性は、天地がひっくり返らないと、誰と付き合っても結婚願望が生まれません。もし結婚したいなら、付き合う前の段階で、結婚願望のある男性とお付き合いすることがおすすめ。
ちなみに私の彼氏は「はやく結婚したい」「子だくさんな家庭にしたい」「絶対俺たちの子どもかわいい」「いつ結婚してくれるの?」とよく言うほど、結婚願望が鬼強いです。なんども言うけど、結婚願望が強い人は、こんな男性とお付き合いするのがおすすめ。
彼氏との思い出は多すぎるので、今回はほんの一部だけ紹介します。次の記事で続きをお話ししていきますね。
最後まで読んでくれてありがとうございました🥺次は「溺愛彼氏編」を書きますので、楽しみにお待ちいただけるとめちゃくちゃうれしいです。
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