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生成AIと著作権――日本の文化庁指針と海外判例から考える、創作の未来と実務的アクション
創造の地平線を拓く――生成AIと著作権の新潮流
2024年12月9日、OpenAIが動画生成AI「Sora」を世に送り出した。続いて12月17日にはGoogleから「Veo 2」が登場し、わずか1週間ほどで動画生成AIが新たな局面に突入した感がある。
これら革新的なツールは、すでに普及しつつあったテキスト・画像生成AIから一歩進み、動画という複雑な表現領域へ踏み込み始めた。創作のあり方が再び大きく変わろうとしている今、改めて「生成AIと著作権」の問題が浮き彫りになってきたといえる。
そもそも生成AIは、これまで人間が時間と労力をかけて生み出してきたコンテンツを「学習材料」とし、そこから新しい表現を自動生成する仕組みだ。著作権保護下にある作品が無断でトレーニングデータとして用いられていないのか? 生成物が既存著作物と酷似していないか? さらに、AI出力物自体は著作物なのか否か? こうした問いは未解決のまま積み上がっている。
日本では2024年3月に文化庁が「AIと著作権に関する考え方」(以下「考え方」)を公表し、問題整理を試みた。一方、海外では多数の訴訟が起き、初期的な判例が蓄積中だ。
I. 創作の新地平――「Sora」「Veo 2」に見る生成AIの進化
OpenAIの「Sora」は、高品質な動画をプロンプト入力だけで生み出す動画生成AIだ。続くGoogle「Veo 2」も、異なるアプローチで映像世界を手軽に構築できる技術を示した。
これらは2022年代後半に台頭した画像・テキスト生成AIからさらに進んだ段階であり、創作工程の大部分が自動化される時代を予感させる。ビジネス、エンタメ、広告、教育、報道——そのすべてにおいて、動画制作のハードルが飛躍的に下がり、個人から大企業まで多様なプレイヤーが短期間でオリジナル映像を量産できるようになるだろう。
だが、その「オリジナル映像」は本当に独立した作品なのか? トレーニングデータとして用いられた既存動画や映像作品の著作権者は黙ってこれを受け入れるべきなのか? 創作の民主化と表現の多様化が進む一方、法的ルールや倫理的基準が追いついていないのが現状である。
II. 基礎問題――生成AIと著作権が交錯する理由
著作権法は「創造的な表現」を行った人間の権利を保護する。この「創造的表現」は、従来、人間が思考し、手を動かして制作することが前提だった。
一方、生成AIは、無数の既存コンテンツ(テキスト、画像、動画、音楽など)を学習データとして取り込み、その特徴を内部モデル化する。その結果、プロンプトに応じて新たなコンテンツを自動生成するのだ。
ここで生じる問題は多層的である。
データセットの無断利用問題
学習に用いる著作物は、必ずしも権利者許諾が得られていない可能性がある。既存作品を勝手に解析・吸収していないだろうか。生成物の類似性・依拠性問題
AIが生み出すコンテンツが、特定の著作物と「本質的特徴」を共有している場合、それは事実上の複製や翻案とみなせるのか。AI生成物の著作物性
人間の創意が介在しない自動生成物は、著作物として保護されない可能性が高い。では、その場合、誰の権利がどう守られるべきなのか。
こうした問いは、テキストや画像の段階でも既に提起されていたが、動画というさらなる複雑・高価値なメディアがAI出力の対象となった今、より鮮明にクローズアップされている。
III. 文化庁「考え方」の示す道筋――既存法理に基づく慎重な整理
2024年3月、日本の文化庁は「AIと著作権に関する考え方」(以下「考え方」)を公表した。
この文書は、新しい法制度を即座に整えるのではなく、あくまで現行著作権法の枠組みで生成AI関連の問題をどう整理し得るかを示す、いわば指針的な立場をとっている。
ここで示された解釈は、法的拘束力を持つものではないし、これが最終結論となる保証もない。だが、生成AIを巡る日本国内の議論にとって、一つの確固たる基準点となったことは間違いない。
「考え方」が触れるポイントは、大きく四つに分けて整理できる。
AI生成物の著作物性
生成AIが自律的に生み出したコンテンツは、必ずしも人間の「思想または感情の創作的表現」とは言いがたい。
そのため、原則的に著作物性を有しない可能性が高いとされている。
もっとも、人間がプロンプト設計や出力結果の修正・選別などを通して独自の発想や表現を反映すれば、その「人為的な創意」が認められる範囲で著作物性が認定されうる。
要するに、AI任せの自動生成から一歩踏み込み、人間の意思や工夫が作品に色濃く刻まれることで、初めて著作物として保護される道が開くわけだ。類似性・依拠性による侵害判断
AI生成物が既存著作物と非常によく似ていて、かつ生成段階で当該著作物へアクセス(依拠)していたと推定される場合、従来どおり著作権侵害が成立する。
この点は、人間同士の模倣・盗用問題と同様の理屈が適用されることを示す。
いわば「AIが絡んでも本質は変わらない」というスタンスであり、既存著作物へのアクセス可能性と高度な類似性が判断の要となる。学習段階での利用許諾問題
著作権法には、データ解析目的での利用を一定範囲で許す権利制限規定が存在する。
しかし、生成AI開発がその「データ解析」に該当するかどうかは、簡単には結論づけられないと「考え方」では言及している。
ここは非常にセンシティブな領域であり、現時点で明確な方向性を示さず、今後の事例蓄積や検討が必要だとしている。
この慎重な姿勢は、将来的な法改正や詳細なガイドライン整備につながる可能性を示唆している。ビジネス利用上の示唆
完全自動生成物が著作物性を有しなくても、既存の権利を侵害していなければ問題なく利用できる。
つまり、権利侵害がない限り、ビジネスシーンでAI生成のテキストや画像(さらには動画)を自由に用いることができるという実務的な指針を示している。
これは、企業や個人クリエイターにとって、「現行ルール下で何が許されるか」を理解する手がかりとなるだろう。
「考え方」はこのように、全面的な新ルール創設を避け、既存著作権法理の再確認と補足的解釈によって方向性を示している。
ここには「安易な断定を避け、社会の動向や判例の蓄積を待つ」という文化庁の戦略が見て取れる。
今後、実務の積み重ねや海外動向への注視によって、より明確な判断基準が形成される可能性は高い。
現時点で「考え方」は、あくまで出発点に過ぎないが、この出発点がなければ、生成AIと著作権をめぐる混乱はより深まっていただろう。
IV. 海外事例――訴訟と判例から見える実務的展望
日本の「考え方」が示す姿勢が暫定的な指針にとどまる一方、海外ではすでに具体的な紛争が司法の場で争われ、いくつかの初期的な判示や動向が明らかになっている。
国や地域ごとに法文化や規範が異なり、判例のスタンスもまちまちだが、大きな潮流として「学習そのもの」と「類似出力による侵害」の線引きを慎重に検討する流れが見受けられる。
アメリカ|具体的な複製例がなければ慎重姿勢
米国では、GitHub CopilotやMidjourneyに関する訴訟が注目を集めている。
前者は、オープンソースコードを学習した補完AIが、ライセンス条項に抵触するようなコード片を出力することの是非が問われており、後者はアーティスト作品を無断で学習した画像生成AIが著作権侵害に当たるかどうかが争われている。
興味深いのは、裁判所がしばしば「実質的複製」の有無に焦点を当てる点だ。
つまり、AIが膨大なデータを取り込んだとしても、出力物が特定の既存著作物を明確に再現(実質的なコピー)していない限り、直ちに侵害とは見なされない傾向がある。
学習行為そのものをただちに違法とすることに慎重な姿勢は、米国特有のフェアユース思想とも親和性がある。
これにより、企業やクリエイターは「具体的な再現行為」に該当しない限り、少なくとも当面は訴訟リスクが抑えられる局面が生まれ、実務上の展望として「依拠性立証の難しさ」が浮き彫りになっている。ヨーロッパ|国際的ガバナンス構築への模索
英国やドイツなど欧州各国でも、生成AIをめぐる訴訟が表面化し始めている。
中でもGetty Images vs. Stability AI訴訟は、ストックフォト大手とAI開発企業という明確な対立軸を提示しており、商用画像市場への影響が注目点になっている。
また、EUレベルでAI関連規制(AI Act)が進行中であり、包括的なAIガバナンスを打ち立てる試みが続いている。
これが著作権領域にも波及すれば、従来の個別事例判断から一歩進んだ統一的かつ明確なルール形成が期待される。
ヨーロッパは、歴史的に著作者人格権や文化的多様性の尊重を重視しており、こうした理念が生成AIガバナンスにも反映される可能性がある。中国|積極的な規制と判例による早期対応
中国では、ウルトラマン画像をめぐる紛争において、生成AI提供者に対する著作権侵害認定が世界初レベルで下されたことが大きな話題となった。
ここでは、生成物が既存著作物と明確に類似していると判断できれば、学習過程がどうであれ侵害と結論づける実利的なアプローチが示されている。
中国はAIガバナンス整備に積極的であり、既にいくつかの法規やガイドラインを公表している点が他地域と異なる。
このような早期対応は、国内市場やビジネス環境を安定させる狙いもあると考えられる。
結局のところ、海外動向は国ごとの法文化や産業状況を反映して多様だが、「具体的な複製証明の難しさ」や「権利者利益と技術発展の均衡」という課題は共通している。
日本を含む各国・地域は、こうした海外の訴訟例・法整備動向を参考に、自らの法政策を練り上げていくことになるだろう。
実務的な視点からすれば、クリエイターや企業は、この国際的な状況を注視し、今後の指針や法的基準確立に備えて柔軟な戦略を立てる必要がある。
V. 次なる課題――動画生成AIが深める論点
動画生成AI「Sora」や「Veo 2」の登場は、テキストや静止画像の生成AIが生み出した課題を、さらに多元的かつ高度な次元へと拡張する。
動画というメディアは、映像フッテージ、音声、音楽、キャラクター、背景美術、映像効果、そして独特のカメラワークや編集手法など、多様な要素が有機的に結合して初めて完成する。このように密度と複雑性の高いコンテンツがAI出力の対象となることで、著作物性や侵害判断の基準は、より曖昧で判別困難なものになっていく。
たとえば、有名映画監督が確立した撮影技術や美術監督が作り上げた独自の照明・色彩設計が、AI生成映像に顕著に反映されている場合を想定してみよう。
これは単なるスタイルの類似に過ぎず著作権保護の対象外と考えるべきなのか、それとも、その映像言語自体が創作的表現として十分に独自性を帯び、著作物性が認められるべきなのか。
また、映像内に登場するキャラクターや設定要素が特定作品と酷似している場合、その部分的類似がどの程度侵害リスクを高めるのかも明確ではない。
このように、動画生成AIはいくつかの新たな懸念を投げかけている。
表現技法・映像スタイルと著作物性の境界はどこにあるのか
マルチメディア要素が混在する中で、どの要素が「本質的特徴」とみなされるのか
動画出力における「依拠性」「類似性」をどう検証し、権利侵害の成立を判断すべきか
いずれの点も、既存の「考え方」や海外判例の延長ではカバーしきれない複雑性を孕んでいる。
将来的には、動画生成に特有の問題を整理する新たなガイドラインや判例の蓄積が不可欠となるだろう。
言い換えれば、「Sora」や「Veo 2」が示す映像生成技術の進展は、著作権法及び関連指針のさらなる更新や拡張を強く求めているのである。
VI. 実務的指針――クリエイター、企業、政策立案者への示唆
生成AIを取り巻く法的・実務的な風景が刻々と変わる中、クリエイター、企業、そして政策立案者は、それぞれ自らの立場で実行可能な対策・対応を模索しなければならない。
―クリエイターへの示唆
創作者は、自作品を防御するために、著作権登録や識別情報(メタデータ)の埋め込みなど「証拠保全」の手段を積極的に検討すべきだ。
また、AIを創作支援ツールとして活用する場合、プロンプトの練り方や出力物の加工・編集プロセスなど、人間の創意を注入する明確なポイントを確保することで、万一の紛争時に「自分が付与した独自性」を立証しやすくなる。
これにより、著作物性の主張が強まり、自作品の保護可能性が高まる。
―企業への示唆
AIモデルを開発する企業は、学習データセットの構築段階から著作権リスクを念頭に置くべきである。
ライセンス取得や、権利者への許諾取得を検討し、少なくとも「権利クリアランスが不明瞭な素材」を排除するなど、トラブルの芽を早期に摘む努力が求められる。
さらに、生成物の利用にあたっては、社内ガイドラインやワークフローを整備し、法務やコンプライアンス部門による定期的なチェック体制を敷くとよい。
海外判例や文化庁の「考え方」を参照し、プロンプト履歴や生成結果を記録しておくことで、訴訟発生時のリスク管理にも役立つ。
―政策立案者・関係機関への示唆
政策決定者は、「考え方」をさらなる具体性をもって拡張・深化させ、FAQやケーススタディを積極的に公表して、現場レベルでの理解促進を図るべきだ。
例えば、特定業界向けのガイドライン策定やオプトアウト制度の整備、データセット利用に伴う報酬還元モデルの検討など、権利者保護とイノベーション推進を両立する仕組みを検討する必要がある。
また、国際的な会議や標準化団体への参加を通じ、海外事例や規制動向を取り入れて国際的な整合性を確保することも重要となる。
結局のところ、各ステークホルダーは、自らが果たすべき役割を冷静に見極め、現行の解釈指針や海外での判例動向をフォローアップしながら、柔軟かつ戦略的な対応策を講じることが求められている。
こうした行動が、まだ流動的な生成AIと著作権の領域に、一歩ずつ安定と明確さをもたらすことになるだろう。
VII. 実践への道筋――読後に取り組む具体的な手立て
ここまで述べてきたように、生成AIと著作権をめぐる世界は、まだ完成したルールも確固たる解決策もない状態といえる。
だが、目指すべき方向は見え始めている。新技術に際限なく後れを取るのではなく、自ら情報を取りに行き、リスクを最小化するための行動を選び取ることは可能だ。
読者がこの問題をフォローアップし、実際の行動へと移すための具体的なステップを、ここでいくつか提示しておこう。
1. 情報収集と知見の拡張
技術も法解釈も、日進月歩で変わっていく。
クリエイターであれば、業界ニュースや専門家のコラム、文化庁や海外の著作権関連サイトを定期的にチェックし、最新のガイドラインや事例を把握してほしい。
企業担当者は、社内研修や外部セミナー、専門家との対話を通じて組織全体の理解を深めることができる。こうした小さな積み重ねが、有事の際の対応力を左右する。
2. 権利保護と透明性の向上
クリエイターなら、自分の作品を守るために著作権登録手続きやメタデータ埋め込みといった対策を考えたい。
また、AIを用いて創作する際、人間が与えた創意がどの部分に宿るのかを明確化すれば、万が一の紛争でも著作物性を主張しやすくなる。
企業側は、利用するAIツールやデータセットの出所やライセンスを明示し、必要に応じてクリエイターやユーザーへ報酬を還元する仕組みを検討すると良い。
透明性を高めるほど、外部からの信頼が増し、トラブルが回避しやすくなるはずだ。
3. 対話と交渉の場づくり
この新領域は、クリエイター、企業、政策立案者、そしてユーザーを含めた多様な立場が交錯する複合空間である。
定期的な情報交換の場や対話の機会を設けることで、課題やアイデアを共有し、業界内や社会全体で一定のコンセンサスを形成しやすくなる。
特に動画生成AIのような未成熟分野では、こうした対話こそが秩序あるルール形成につながっていく。
4. 国際的な視野の確保
AIと著作権は、国境を軽々と越えてしまう問題である。
国際的なコンソーシアムや標準化団体、学会などに参加・関与することで、他国の法的枠組みや判例を参考にし、国内の施策へと生かすことができる。
世界の動きをウオッチしながら、自らが立つ場所をより明確にする。この視野の広さが、将来の競争力や信頼性を生むだろう。
たとえ法制度やルールがまだ完成していなくとも、今できるリスクヘッジや備えは数多く存在する。
読者は自分の立場やニーズに合わせ、上記のいずれか、あるいは複数のステップから着手してみてほしい。
こうした実践が、変動する環境下で自らを守り、ひいては創造活動そのものを豊かにする基盤となるはずだ。
エピローグ――新潮流をどう受け止めるか
動画生成AIという新たな波が押し寄せる今、著作物を素材にした学習・生成が、より広範かつ高次元な形で進行する未来が、遠くないうちにやってくるだろう。
この大きな変革期において、文化庁の「考え方」は現行法の範囲内での理解手がかりを与え、海外の判例は特定事例での判断基準の一端を示唆している。とはいえ、いまだ決定打となるようなルールは整っておらず、世界は試行錯誤の段階にある。
だからこそ、読者自身が受け身の姿勢を捨て、最新情報を積極的につかみにいく必要がある。
クリエイターは権利主張や創作手法の工夫で、自分の表現を守り輝かせることができる。
企業はリスク管理や透明性向上の努力で、社会的信頼を築きながらイノベーションを進められる。
政策立案者は国際的な動向や産業界からのフィードバックを踏まえ、ガバナンスの在り方を模索していくことが求められる。
この新潮流を前に、誰もが傍観者ではいられない。
行動し、学び続けることで、生成AIによる創造の地平線を、より公正で豊穣なものへと拓いていくことは十分に可能だ。
そのための第一歩は、まさにここから始まる。
【免責事項】
本記事は弊社独自の見解と考察に基づいて執筆されたものであり、所属する団体、関連する企業、取引先、またはその他の関係者の公式見解や方針を反映するものではございません。
本記事の内容はあくまで参考情報であり、法的助言や専門的判断を代替するものではないことをご留意ください。