AI時代のエネルギー効率:政策立案者が知っておくべき電力の基本
電気エネルギーや仕事量を測定するためには、さまざまな単位が使用されており、それぞれ特定の状況で便利に使われます。代表的な単位には、kWh(キロワット時)、MJ(メガジュール)、Cal(カロリー)、HP(馬力)などがあります。これらの単位はエネルギーや仕事を測定するために使用され、それぞれ異なる用途や目的に応じて使い分けられます。
1.kWh(キロワット時)
kWhは電力量を測定するために広く使われる単位です。
1 kWh = 3.6 MJ(メガジュール)
1 kWh ≒ 860.421 kcal(キロカロリー)
1 kWhは1kWの電力を1時間にわたって使用するエネルギー量を表します。電気の消費や発電量を表すのに非常に適しており、家庭で使用する電力や工場での電力消費などを計算するのに使用されます。
2.MJ(メガジュール)
MJはエネルギーや仕事の国際単位系(SI)での標準的な単位です。
1 MJ = 1,000,000 ジュール(J)
エネルギーの総量を測定する際に使われ、特に工業や科学の分野で頻繁に利用されます。電気、熱、化学エネルギーなどの測定にも適しています。
3.Cal(カロリー)
Cal(カロリー)はエネルギーを熱量として表す単位です。
1 cal = 4.184 J
食品のエネルギー量や、人体が必要とするエネルギー量を測るのに使われます。特に栄養学でよく使用されますが、物理学でも熱エネルギーの変換などで使用されます。
4.HP(馬力)
HP(馬力)は仕事率(パワー)を測る単位です。
1 HP ≒ 745.7 W(ワット)
HPはモーターやエンジンの出力を表す際に使われることが多く、主に自動車や機械分野で利用されます。1馬力は、1秒間に550ポンドフィートの仕事を行う能力を意味し、これはおよそ746ワットに相当します。
単位を使い分ける理由
異なる単位を使い分けるのは、状況や目的に応じてエネルギーや仕事量の表現方法が変わるためです。
1.kWhは日常的な電力消費を測るのに便利です。特に家庭や企業の電気料金はkWhで計算されます。
2.MJはエネルギーの総量を把握するのに適しており、エネルギー効率や変換プロセスの計算に役立ちます。
3.Calは人間の消費するエネルギーや食品のエネルギー価値を示す際に使用されます。特に栄養学の分野で重宝します。
4.HPはエンジンやモーターの出力を測る際に使われ、主に機械的なパワーの評価に利用されます。
単位変換方法
例えば、電気エネルギーを異なる単位で表現するには、次のような変換式が使われます。
1 kWh = 3.6 MJ
1 MJ ≒ 0.2778 kWh
1 HP ≒ 745.7 W
1 cal = 4.184 J
これらの単位変換を理解しておくことで、エネルギーの測定や消費の効率を正確に把握することができます。これらの単位の違いは、日常生活や学習の中で理解しておくと非常に役立ちます。
また、SI単位では、人名に由来する単位記号(W:ジェームズ・ワット、A:アンドレ=マリ・アンペール、V:アレッサンドロ・ボルタ)は大文字で表記します。正しい単位の使い方を身につけることで、情報の正確な伝達や理解が可能になります。
燃料のエネルギーはどれくらい電気に変換されているか?
エネルギー変換の効率について、具体的に見てみましょう。例えば、一トンの石炭が持っている熱量を使って発電する場合、どれくらいのエネルギーが電気に変換され、どれだけが廃熱として失われるのでしょうか。
まず、日本の石炭火力発電における石炭1トンあたりのエネルギーが26,600MJであることを前提に、発電効率35%の条件でどれくらいのエネルギーが電気エネルギーとして利用され、どれくらいが廃熱として失われるかを計算します。
電気エネルギーとして利用されるエネルギー
26,600MJ × 0.35 = 9,310MJ
発電効率が35%であるため、石炭1トンあたりのエネルギーの35%が電気エネルギーに変換されます。
廃熱エネルギー
26,600MJ × 0.65 = 17,290MJ
廃熱として失われるエネルギーは残りの65%です。この廃熱は主に冷却水や空気中に放出されます。発電効率を高め、廃熱を有効利用するために、コジェネレーション(熱電併給)技術が取り入れられることもあります。
他の発電方式の効率
ディーゼル発電:効率は約40〜45%。石炭火力より高効率ですが、燃料コストが高い傾向があります。
原子力発電:効率は約30〜35%。大量の廃熱が発生し、冷却が必要です。
エネルギー効率を改善するための技術
超臨界圧石炭火力発電:高温・高圧の蒸気を使用し、発電効率を45%以上に向上させる技術です。
エンジン効率の向上:自動車用エンジンの熱効率は2019年にようやく50%を超えました。これは、世界中のエンジンメーカーが数十年にわたる技術開発競争を経て達成した成果であり、熱効率を1%向上させることがいかに困難であるかを物語っています。
ちなみに、上記の効率は熱効率を指します。発電過程では、発電機、昇圧機、変電所、送電網などの各段階でさらに多くのロスが発生するため、電気として利用できるエネルギーはさらに減少します。そのため、実際に利用可能な発電効率は、石炭や天然ガス、石油などの一次エネルギーが持つエネルギーに比べて大幅に低くなります。
コンピュータで使われる電気と廃熱の冷却について
コンピュータ内部で使用される電気エネルギーは、主に演算処理やデータ処理に使われ、その過程で熱エネルギーとして一部が失われます。これが廃熱であり、適切な冷却が必要です。
1.電気の使われ方と発熱
CPU(中央処理装置):高速な計算処理で大量の熱を発生。
GPU(グラフィックス処理装置):グラフィックス処理やAI計算で高熱を発生。
メモリ:動作時に電力を消費し、熱を発生。
2.冷却方法
(1) 空冷(エアクーリング)
ヒートシンク:金属の放熱板で熱を吸収・放出。
ファン:空気を循環させて熱を排出。
(2) 水冷(ウォータークーリング)
ウォーターブロック:直接熱を吸収。
ポンプ:冷却液を循環。
ラジエーター:冷却液から熱を放出。
(3) 液浸冷却
特殊な絶縁性液体にコンピュータを沈めて冷却。データセンターなどで採用。
3.エネルギー効率と廃熱の影響
PUE(Power Usage Effectiveness):データセンターのエネルギー効率を示す指標です。
PUE = データセンター全体の消費電力 ÷ IT機器の消費電力
理想的なPUEは1.0で、すべての電力がIT機器に使用されることを意味します。
富岳と生成AI用スパコンのPUE傾向の比較
1.富岳タイプのスパコンのPUE
富岳は世界有数のスーパーコンピュータであり、特にシミュレーションや計算科学に特化した設計を持っています。富岳のようなスパコンのPUEは非常に高い効率を誇り、具体的にはPUE値はおおよそ1.08〜1.10程度とされています。これは、富岳の冷却システムが非常に効率的であることを示しており、電力消費のほとんどが計算処理に使われ、冷却に必要な電力が最小限に抑えられていることを意味します。富岳のようなシステムでは、以下の冷却技術がPUE改善に寄与しています。
空冷と水冷のハイブリッド冷却:空冷のファンによる基本的な冷却に加え、効率的に熱を排出するために水冷も併用されています。
自然冷却の活用:日本の特定の地理的条件を活かし、外気を利用した冷却も取り入れられています。
2.生成AI用GPUやAIチップベースのスパコンのPUE
一方、生成AIやディープラーニング向けのスパコンは、GPUやAIチップをベースとした設計が主流になってきています。これらのシステムは、計算能力が非常に高い一方で、従来のCPUベースのスパコンに比べて大幅に多くの電力を消費します。GPUやAIチップは、膨大な並列計算能力を持つため、特に機械学習や生成AIのトレーニングや推論に特化したスパコンで活用されています。
近年の傾向として、生成AI用のシステムにおけるPUEは、富岳のようなCPUベースのスパコンよりもやや高めに推移することが一般的です。具体的には、PUE値は1.1〜1.2の範囲にあることが多いです。これは、GPUやAIチップが発熱量が多く、冷却にかかるコストが大きいためです。
生成AI用スパコンでは、以下の要素がPUEに影響を与えています。
高発熱のGPUやAIチップ:特にAIの大規模なトレーニングでは、GPUやAIチップが高負荷で動作するため、大量の熱を発生します。これを冷却するために、冷却システムの効率が重要になります。
水冷システムの利用:高発熱の部品に対しては、水冷システムがより一般的に導入され、空冷と比べて効率的に冷却が行われています。AI専用のハードウェアがあるデータセンターでは、水冷のラジエーターや液冷システムを採用して、PUEを下げる努力がされています。
AIチップの効率的な冷却技術:AI専用の半導体メーカーが開発している新しい冷却技術も進化しており、これによりPUEが改善される傾向もあります。
3.PUEの近年の傾向
富岳タイプのPUE:従来型のCPUベースのスパコンは、比較的低いPUE値を維持しており、1.08〜1.10の範囲内で動作しています。これらのシステムは、発熱が比較的少ないCPUを使用しており、冷却効率の向上に重点を置いた設計が進んでいます。
生成AI用スパコンのPUE:AI専用のシステムは、計算能力の高さに応じて大量の電力を消費するため、PUEはやや高くなる傾向があります。PUEは1.1〜1.2の範囲内で推移しており、冷却効率を向上させるために水冷技術や液冷技術が導入されています。また、AIの進化に伴って、AI専用ハードウェアの開発が進んでおり、今後さらにPUEの改善が見込まれます。
4.結論
富岳のようなCPUベースのスパコンは、冷却効率が高く、PUEが1.08〜1.10と非常に低いのが特徴です。一方で、生成AIに特化したGPUやAIチップベースのスパコンは、高性能である反面、PUEが1.1〜1.2とやや高めです。これは、高発熱のハードウェアの冷却に多くの電力が必要であるためです。しかし、AI技術の進化や冷却技術の改善により、今後は生成AI用スパコンのPUEもさらに低下する可能性があります。
PUE 1.2 という値は、データセンター全体の消費電力のうち、20%がIT機器以外(冷却、照明など)に使われ、80%が計算処理に使われていることを意味します。
1GW(1,000 MW)のデータセンターの場合
全体の消費電力:1 GW(1,000 MW)
PUE 1.2:これは、1 GWのうち、IT機器以外の消費電力が0.2 GW(200 MW)、IT機器が0.8 GW(800 MW)を使用していることを示します。
各電力の比率
計算に使われる電力(IT機器):1,000 MWのうち800 MW(80%)
冷却などに使われる電力(その他):1,000 MWのうち200 MW(20%)
排熱:計算に使われた800 MWのほとんどが最終的に熱として排出されるため、排熱量は800 MW近くに達します。
つまり、計算に使われる電力の80%と、冷却などに必要な電力の20%を合計すると100%になります。これは、発電や計算で使用されたエネルギーが最終的にほとんど熱として排出されることを意味し、上記の計算自体が無意味だったという結論になります。
但し、この計算を基にすると、OpenAIのサム・アルトマンが言及した35GW規模のデータセンターを運用するには、日本が石炭火力発電で使用する一般炭の年間約1億トンを燃焼する際に発生する膨大な熱が空気中に放出されることになります。
ちなみに、富岳の消費電力は約30 MWです。つまり、サム・アルトマンが必要だと主張している35 GWの電力は、富岳を約1,166台稼働させることが可能な電力に相当します。これほど膨大な計算力を投入しなければ彼のビジョンが達成できないということは、必要な計算量とエネルギー量から考えて、アルトマンのビジョンを実現することは現実的ではないとわかります。
武智倫太郎
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