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孫正義はどこでAIの基礎を間違えたのか?
これまで何度も説明してきましたが、孫正義が主張する『AIが人類の叡智の一万倍を超える』という話は成り立ちません。このnoteを読んでくださっている皆さんであれば、孫正義の誇張した発言に惑わされ、関連銘柄に安易に投資することはないだろうと思います。
これは小学生でも理解できる話ですが、『1万倍』という主張をするなら、まず『1』の単位を明確に定義しなければ、意味をなしません。例えば重量ならグラムやオンスといった単位があり、1000gは1kgに換算できます。体積なら1Lの1000倍は1kLです。
情報量の表現方法もさまざまあります。日本語では、ひらがなや漢字など一文字を基本単位とすると、おおよそ10万文字で文庫本一冊分の情報量に相当します。世界中の文字をすべて数えると、兆の数億倍という膨大な量になる可能性もあります。しかし、新聞のように何百万部も印刷される重複情報や、誤った情報、無意味な情報を除けば、意味のある文字情報の総量は、兆の一万倍の一京よりも少ないと考えられます。
最古の文字の一つとして、約5000年前にシュメール人が使用した楔形文字が知られています。つまり、世界中の識者が5000年かけて蓄積してきた知識の総量は、一京文字未満と推測できます。ただし、Wikipediaなどに収録される情報はあくまで知識の集積であり、『叡智』そのものとは異なります。
叡智が単位として定義できない以上、『AIが人類の叡智の一万倍を超える』という孫正義の発言には、まったく根拠がありません。このように曖昧な条件で資金調達を行うのは、もはや投資詐欺のレベルと言わざるを得ません。
孫正義のAI進化に対する見解
孫正義は2016~2017年頃から『シンギュラリティ(技術的特異点)』という言葉を使い、人類の知能をAIが超える瞬間が来ると主張してきました。2017年のMWC(モバイル・ワールド・コングレス)の基調講演では、『今後30年以内にシンギュラリティが現実になる』と述べ、2047年までにAIが人間の知能を超えると予測しました。また、『この概念を完全に信じている。30年以内に必ず実現する』と断言し、30年後には1つのコンピューターチップがIQ1万(人間のIQの100倍以上)に相当する知能を持つとも語っています。当時、ソフトバンクが約3.2兆円で買収した英ARM社も、このAI時代への布石だと説明していました。
しかし、そもそもIQとは何なのかを理解していないように見える点は、孫正義らしいとも言えます。以下では、彼の発言のどこが誤っているのかを指摘します。
孫正義の具体的な発言内容
孫正義:『人間の脳の神経細胞の数は300億個。2018年には、コンピューターチップのトランジスタ数がそれを超え、さらに30年後にはその数は100万倍になる。コンピュータのIQ(知能指数)が10,000に達する“超知性”が誕生し、Singularity(シンギュラリティ)の時代が確実に訪れる。』
この発言には、技術的・論理的・概念的に複数の誤りや誇張が含まれています。
1.『人間の脳の神経細胞の数は300億個』
誤りの指摘
人間の脳には約860億個の神経細胞(ニューロン)があり、300億という数字は実際の1/3以下です。また、脳の情報処理能力はニューロンの数だけで決まるものではなく、約100兆個とも言われるシナプスの接続やグリア細胞の機能も重要です。
問題点
・数値が誤っており、基礎的な認識が間違っています。
・神経細胞の数だけで脳の能力を評価するのは単純化しすぎています。
2.『2018年には、コンピューターチップのトランジスタの数がそれを超え』
誤りの指摘
これは部分的には正しいですが、比較の仕方に問題があります。Intelのプロセッサ(2018年当時のCore i9など)には100億~200億個程度のトランジスタが搭載されていましたが、トランジスタとニューロンは機能が異なるため、単純な数の比較には意味がありません。
問題点
・トランジスタと神経細胞という異なるものを比較しています。
・トランジスタは基本的に0か1のスイッチですが、ニューロンは可塑性を持つ動的システムです。
3.『さらに30年後にはその数は100万倍になる』
誤りの指摘
2018年のチップのトランジスタ数を100億個とすると、『30年後(2048年)に100万倍』は10の24乗(1垓個)になります。しかし、ムーアの法則を単純に当てはめても、30年後にはせいぜい1000倍程度です。『100万倍』という数字は非現実的です。
問題点
・半導体技術の進化速度を過大評価しています。
・物理的限界を無視した非現実的な予測です。
4.『コンピュータのIQ(知能指数)が10,000まで達する』
誤りの指摘
IQは人間の知能を測る指標であり、コンピュータに当てはめるのは不適切です。そもそもIQは統計的指標であり、AIの能力を表すものではありません。
問題点
・IQをAIに適用すること自体が誤りです。
・『IQ10,000』という数値の根拠が示されていません。
結論:孫正義氏の発言には、次のような問題があります
・データの誤り(脳の神経細胞数、ムーアの法則の誤解)
・比較の誤り(トランジスタとニューロンの単純比較、IQの誤用)
・技術的な非現実性(半導体の限界を無視)
・誇張と無根拠な未来予測(『100万倍』『IQ 10,000』など)
孫正義氏のAIに対する認識は、2017年の時点ですでに完全に誤っており、その誤りにさらにバイアスがかかり続けています。その結果、近年のAIに関する発言は論理的に破綻しており、その内容の大半は誤解や誇張、あるいは根拠のない話に過ぎません。
さらに、孫正義とサム・アルトマンの対談では、AIの未来やその可能性について多くの議論が交わされました。彼らは、AIの指数関数的な成長が社会やビジネスに革新をもたらすと強調し、特に孫正義はスターゲート計画を通じてAIの大規模な計算資源の必要性を訴えました。アルトマンも、最先端のAI開発には莫大な計算資源が不可欠であり、大規模投資がAIの未来を切り開くと述べています。しかし、彼らの主張はAI技術の可能性というより、AI投資がいかに利益を生むかという金銭的な側面に偏っているように見受けられます。
もし金銭的利益の追求が主目的であるなら、AIを活用して為替や株価を高精度に予測する金融・証券向けのAIを開発する方が、より直接的かつ確実に利益をもたらすはずです。この点において、彼らの主張には論理的な一貫性が欠けていると言わざるを得ません。
AIの真の価値は、社会全体の利益や人々の生活の質の向上に寄与することにあります。単なる金銭的利益の追求ではなく、AI技術をどのように活用して社会的課題を解決し、持続可能な未来を築くかが、真に問われるべき課題です。
武智倫太郎