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日本の自動車産業が日本経済を滅ぼす:『ものづくり日本』の幻想が抱える致命的欠陥(3)
本当の意味で経済や景気を理解するには、たとえ経済学の博士号を取得していても十分とは言い切れないかも知れません。しかし、一般的なレベルで景気を意識し始めるのは、小学校高学年頃からです。小学六年生にもなれば、ニュースなどを通じて『景気が良い』『景気が悪い』といった基本的な概念は理解できるようになります。中学生になると景気循環の仕組みを学ぶため、15歳頃には景気に好不調の波があることを認識するようになるでしょう。
つまり、この15歳に、1992年のバブル崩壊後の『失われた30年』を重ね合わせると、現在45歳以下の人々は日本の景気が上向いたという実感を一度も持ったことがないのです。松尾豊氏(1975年1月26日生まれ)は、まもなく50歳を迎えますが、この世代は思春期にバブル景気の強烈な印象を受けたため、50代以上にはバブルの再来を期待する者も少なくありません。松尾氏は『AIによって日本は失われた30年を取り戻せる』と主張し、政治家や官僚の期待を煽って資金を集めています。
彼はソフトバンクの取締役も務めていますが、同僚である孫正義氏は『ASI(人工超知能)によって人類の一万倍の叡智が実現できる』『ASIによって不老不死が可能になる』といった主張を掲げ、巨額の資金調達を目論んでいます。
これらの主張に根拠がないことは以前から幾度も指摘されてきましたが、『失われた30年』という概念自体が、日本経済の停滞を助長する要因となっているのです。彼らが『失われた30年』と語るとき、その裏には『取り戻せる』という前提があります。しかし、そもそも『取り戻せる』という発想自体が誤りです。分かり易く言えば、競馬で30年間毎年100万円の損失を出し続けてきた人が、『次のレースは確実に勝てるので、これまでの負けを取り戻せる』と考えるのと同じことです。
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私はこれまでにも大航海時代を例に挙げ、『今さらポルトガルが世界を制覇すると主張すれば、世界中の人々が笑うだろう』と説明してきました。同様に『失われた30年』が取り戻せないという現実を直視すれば、この概念そのものが滑稽であり、景気刺激策や政策立案に悪影響を及ぼしていることは明らかです。
縮小し続けることが確実視されている日本の自動車市場
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日本国内の新車販売台数は、2010年の年間約600万台から、2050年には年間200万台に落ち込むと予想されています。これは、少子高齢化に伴う運転人口の減少を前提にした予測です。ところが実際には、石油価格や電気料金の高騰、さらには日本人の平均所得の減少によって自動車の維持が難しくなることを考慮すると、2040年には年間100万台以下にまで落ち込んでも不思議ではありません。
日本で再生可能エネルギーが普及しない元凶
私は海外でソーラー発電事業も手掛けていますが、現在、世界標準となっているのはロンジ(LONGi)、ジンコソーラー(JinkoSolar)、トリナ・ソーラー(Trina Solar)の3社です。中国製ソーラーパネルが世界シェアの75%以上(2024年末の速報値は80%です)を占めているため、これらの企業のスペックが世界標準(IEC基準・TÜV規格〈ドイツ技術検査協会認証〉合格品)になるのは当然と言えます。
これらの企業は日本でも支社を展開していますが、日本で販売されているソーラーパネルの価格は為替などの影響を受け、私が中国で購入している価格の10倍にも達します。ソーラーパネルの主流はシリコン半導体であり、シリコンウェハーの配線などは同じ装置による自動組み立てが行われるため、世界標準のパネルと日本向けのパネルの品質に大きな差はないはずです。
近年では価格が大幅に割引されているものの、それでも日本での販売価格は私が購入している価格の5倍以上です。かつてソーラーパネルは、日本が世界シェアの90%を占める主要産業でしたが、現在ではわずか3%以下にまで落ち込みました。
つまり日本人は、世界でわずか3%のシェアしか持たない国内のソーラーパネルメーカーを存続させるために、高額なソーラーパネルを購入させられているのが現状です。世界シェアの3%しかないということは、日本のソーラーパネルメーカーが日本市場に依存し、高価格販売を続けるガラパゴス化に陥っていることを意味します。実際に日本と中国ではソーラーパネル生産における国際競争力に100倍近い差があり、これほど圧倒的な差がある限り、いかに努力を重ねても日本がソーラーパネル市場の主要プレイヤーになることはあり得ません。
それにもかかわらず、日本の経済産業省や国内メーカー、産業技術総合研究所、大学などは、ペロブスカイト太陽電池の技術によって市場を逆転できると主張し、莫大な公的研究費を無駄に投入し続けています。ペロブスカイト太陽電池の研究は世界中で進められていますが、日本には十分な設置場所がありません。国内では、ソーラーパネルの適地が不足しているため、ビルの壁面やガラスに貼り付けたり、曲げられる特性を活かしてビニールハウスでの発電などを想定した研究・開発が進められています。
さらに、自動車の表面で発電し、充電不要なBEVの開発も進められています。しかし、仮にこれが実現可能であるならば、そもそもハイブリッド車の開発自体が無駄であったことになります。
しかし、単位面積あたりに降り注ぐ日射量は有限であり、パネルを太陽に向けてできる限り垂直に設置しなければ、発電効率は大きく低下します。屋根は太陽に向けて設計されていますが、ビルの壁やガラス窓などは日照条件が悪く、期待される発電量を大幅に下回るのです。
今後も続くSOGソーラーパネル発電
ソーラー発電に適した国々では、SOG(ソーラーグレードの結晶シリコン)を使用したソーラー発電のコストが、火力発電を大幅に下回り、1円/kWhを切る水準に達しています。仮にSOGより安価なソーラーパネルを導入したとしても、工事費・架台・電線・インバーター・メンテナンス・保険などの付随コストを考慮すると、パネル価格をさらに下げても発電コスト全体への影響は限定的です。つまり、次世代のパネルを開発する以前から、SOGを生産し続けることが最適解であることは明白でした。
しかし、SOGの製造には膨大な電力が必要であり、電気代の高い日本での生産は経済的合理性を欠いています。さらに、より高純度が求められるセミコンダクター用単結晶シリコンの分野においても、日本はすでに中国には対抗できない状況にあります。
そのため、日本のシリコンメーカーであるトクヤマは、水力発電による安価な電力が期待できるマレーシアでの工場移転を計画しています。しかし、これは過去に失敗したプロジェクトの再挑戦にすぎません。最大の問題は、中国のSOG(世界シェア90%)より品質が劣るにもかかわらず、高コストでの生産を目指している点です。品質が低く、価格が高いトクヤマのシリコンを果たしてどこが買うのかという疑問が残ります。過去の失敗から十分に学ばず、同様のプロジェクトを繰り返すことは、日本企業が抱える深刻な課題と言えるでしょう。
BEVが世界標準になることは自明の理
日本国内の政策や報道の自由度ランキングが世界70位という後進国以下の水準とされる状況の中、日本の自動車産業や再生可能エネルギーに関して、いまだに根本的に誤った報道が散見されます。
たとえば『トヨタのハイブリッドが世界の主流になる』といった誤解や、『ペロブスカイト太陽電池で日本が再生可能エネルギーの主要プレイヤーになれる』という幻想です。
実際には、中国におけるBEVとソーラーパネル導入の取り組みは極めて順調で、日本の25分の1以下のエネルギーコストでBEVを普及させる体制が整っています。同様の傾向はインドでも見られ、ハイブリッド自動車が市場に受け入れられるのは、ほんの数年間に限られると予想されます。したがって、日本の自動車業界や再生可能エネルギー業界、バッテリー業界がハイブリッド車にこだわることは得策とは言えません。
現時点における中国の車載バッテリーの世界市場シェアは、CATLが約37%、BYDが約15.8%、その他の中国企業(CALB、Gotion High-Techなど)が約10%を占めており、合計すると62.8%に達し、すでに市場の6割を超えています。さらに、2025年中には7割を超えることが確実視されています。
次世代バッテリーの特許出願件数においても、中国は他国を圧倒しており、日本企業が束になっても太刀打ちできる状況ではありません。
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『勝てない相手とは戦わない』ことが弱者戦略の基本なのです。
こうした現実を無視し、『失われた30年を取り戻す』といった非現実的な主張を繰り返して、すでに国際競争に敗れた自動車産業や再生可能エネルギー産業を支援し続けることは、日本経済の完全破綻を早めるだけなのです。
武智倫太郎